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相続登記で使えない!?自筆証書遺言の書き方と8つの注意点
その遺言、相続登記で使えますか?自筆証書遺言の落とし穴
「費用もかからないし、手軽だから」と、ご両親が自筆で書いてくれた遺言書。大切な想いが詰まったその一枚が、いざ相続という時になって、法務局で「この遺言書では不動産の名義変更(相続登記)はできません」と突き返されてしまう…。このように、作成した遺言書が相続登記で使えないケースは実務上見受けられます。
自筆証書遺言は、紙とペンと印鑑さえあれば誰でも作成できる、最も手軽な遺言の形式です。一方で、法律で定められた厳格なルールや、専門家でなければ気づきにくい実務上の注意点があります。
形式的な不備があれば、遺言そのものが無効になってしまうことも。せっかく遺してくれたご家族の想いを無駄にしないため、そして、残された家族が手続きで途方に暮れることがないように、正しい知識を身につけることが不可欠です。この記事では、数々の相続登記を手がけてきた司法書士の視点から、自筆証書遺言の作成で絶対に押さえておくべきポイントと、思わぬ失敗を避けるための注意点を具体的に解説していきます。もし、親に遺言の話を切り出すことにためらいを感じている方も、この記事をきっかけに、正しい知識を持って対話を始めてみてはいかがでしょうか。
最低限のルール:自筆証書遺言の法的な形式要件とは
まず、遺言書にはいくつかの種類がありますが、自筆証書遺言が法的に有効と認められるためには、民法で定められた最低限のルール(形式要件)を守る必要があります。まずは、この基本ルールを正確に理解する必要があります。
①全文・日付・氏名を自筆で書く
遺言書の基本中の基本は、以下の3点を必ず自分で手書きすることです。
- 遺言書の本文すべて
- 作成した日付
- ご自身の氏名
パソコンで作成したり、誰かに代筆してもらったりしたものは、原則として無効となります。
特に「日付」は重要です。「令和6年8月吉日」のような曖昧な書き方では、日付が特定できないため無効と判断される可能性があります。必ず「令和6年8月4日」のように、年月日が特定できるように記載してください。
氏名については、戸籍上の氏名を書くのが最も確実です。通称やペンネームでも、本人と特定できれば有効とされる場合もありますが、無用なトラブルを避けるためにも、戸籍通りの氏名を記載しましょう。
なお、法改正により、遺言書に添付する財産目録については、パソコンでの作成や預金通帳のコピーを添付することが可能になりました。ただし、その財産目録の全ページに署名と押印が必要です。この点についてのより詳しい情報は、相続法改正に関する解説もご参照ください。
②押印は必須!実印でなくても良い?
署名の下には、必ず押印が必要です。この押印がないだけで、遺言書は無効になってしまいます。
使用する印鑑は、必ずしも実印である必要はなく、認印でも法律上は問題ありません。しかし、インク浸透印(シャチハタなど)は、印影が変形しやすく、誰でも同じものを入手できる可能性があるため、避けるべきです。遺言者の意思を明確にし、偽造を防ぐためにも、朱肉を使うタイプの印鑑(できれば実印か銀行印)を使用することを強くお勧めします。印影が欠けたり、かすれたりしないよう、鮮明に押印することも大切です。
③訂正方法にも厳格なルールがある
遺言書を書き間違えた場合、修正テープや二重線で消すだけではいけません。訂正方法にも法律で定められた厳格なルールがあります。
- 間違えた箇所を二重線で消す。
- 二重線の近くに正しい文字を書き加える。
- 訂正した箇所に押印する。(遺言書本文で使用した印鑑と同じもの)
- 遺言書の余白に「〇字削除、〇字加入」などと書き加え、そこに署名する。
この手順を一つでも間違うと、訂正そのものが無効とされ、最悪の場合、遺言全体の有効性が争われる原因にもなりかねません。もし訂正箇所が多くなってしまった場合は、面倒でも全文を書き直すのが最も安全で確実な方法です。

【司法書士の実体験】表現が曖昧で登記がきないケース
法律で定められた形式要件を守ることは、もちろん大前提です。しかし、私たちの実務の現場では、「形式は一見完璧なのに、いざ相続登記をしようとすると問題が噴出する」というケースに頻繁に遭遇します。
以前、こんなご相談がありました。亡くなったお兄様が遺した自筆証書遺言を手に、弟のAさんが事務所を訪れたのです。
遺言書は便箋に書かれ、日付、お兄様の署名、押印もきちんと揃っていました。内容は「府中のマンションを弟Aに相続させる」というもの。一見すると、何の問題もなさそうに見えました。
しかし、プロの目で詳しく拝見すると、いくつかの看過できない懸念点が浮かび上がってきたのです。
- 不動産の表示が曖昧:マンションの所在地が書かれていましたが、登記情報と照合すると、微妙に表記が異なっていました。これでは、法務局が「どの不動産のことか特定できない」と判断するリスクがあります。
- 相続人の特定が不十分:受取人であるAさんについて、「A(名前)」としか書かれていませんでした。同姓同名の人がいる可能性もゼロではなく、「弟のA」といった続柄や、住所・生年月日がなければ、人物の特定として弱いのです。
- 紛らわしい一文:遺言の最後に「弟Aにお世話になった方へのお礼を任せます」という一文がありました。これは故人の感謝の気持ちでしょうが、法的に見ると「財産の帰属先を曖昧にする」と解釈されかねない、非常に危うい表現でした。
このままでは、法務局に登記申請をしても「この遺言では登記できません」と却下される可能性が非常に高い。私は、家庭裁判所での「検認」手続きを進めると同時に、法務局へ事前照会を行いました。
もちろん、ただ「この遺言で通りますか?」と聞くのではありません。「不動産の表記は若干違うが、他の情報から客観的に特定は可能である」「相続人についても、氏名と『相続させる』という文言から、法定相続人である弟Aさん以外に考えられない」といった根拠を組み立て、書面で法務局の見解を求めたのです。
幸い、このケースでは私たちの主張が認められ、無事に相続登記を完了できましたが、一歩間違えれば、故人の想いが実現できないところでした。このように、法律の条文知識だけでは乗り越えられない「実務の壁」が存在するのです。
相続登記を見据えた「不動産」の正しい書き方
相続財産に不動産が含まれる場合、自筆証書遺言の成否を分ける最大のポイントが「不動産の特定」です。ここでつまずくケースが非常に多いため、特に注意が必要です。
登記事項証明書(登記簿謄本)の通りに書くのが鉄則
「自宅を長男に相続させる」といった書き方や、普段使っている住所(住居表示)を書いただけでは、相続登記はできません。法務局は、遺言書に書かれた不動産が、登記記録上のどの不動産を指すのかを客観的に判断する必要があるからです。
その唯一の正解が、不動産の「登記事項証明書(登記簿謄本)」に書かれている情報を一言一句そのまま書き写すことです。なぜなら、登記の手続きはすべて登記事項証明書に基づいて行われるからです。

具体的には、以下の項目を正確に転記します。
- 【土地の場合】
- 所在
- 地番
- 地目
- 地積
- 【建物の場合】
- 所在
- 家屋番号
- 種類
- 構造
- 床面積
遺言を作成する前に、必ず法務局で最新の登記事項証明書を取得し、その内容を正確に遺言書に反映させることが、将来の相続登記をスムーズに進めるための鍵となります。なお、ご自身の所有不動産を網羅的に確認できる制度も始まりますので、併せて知っておくとよいでしょう。
登記事項証明書の取得については、法務局のウェブサイトで詳しい手続きを確認できます。
参照:各種証明書請求手続 – 法務局
マンション(敷地権付き区分建物)の注意点
マンションの場合は、さらに注意が必要です。一戸建てと異なり、建物(専有部分)と土地(敷地権)が一体として登記されているため、記載がより複雑になります。
登記事項証明書に記載されている、以下の項目を正確に書き写す必要があります。
- 一棟の建物の表示
- 専有部分の建物の表示(家屋番号を含む)
- 敷地権の表示(土地の符号、所在、地番、地目、地積、敷地権の種類・割合)
特に「敷地権の表示」を書き漏らしてしまうと、建物の部屋の権利は移転できても、その土地の権利が移転できず、不完全な相続登記になってしまいます。こうしたマンション特有の登記の複雑さは、専門家でなければ見落としがちなポイントです。
死後に必須!家庭裁判所での「検認」手続きとは
法務局の保管制度を利用していない自筆証書遺言が見つかった場合、その遺言書を使って相続手続きを進める前に、必ず家庭裁判所で「検認」という手続きを経る必要があります。手書きの遺言による相続手続きでは避けて通れないプロセスです。
ここで重要なのは、検認は遺言の内容が有効か無効かを判断する手続きではない、ということです。検認の目的は、あくまで相続人全員に対し遺言書の存在とその内容を知らせ、検認日時点での遺言書の状態(形状、加除訂正の状態、日付、署名など)を明確に記録することで、その後の偽造や変造を防ぐことにあります。
検認手続きの概要については、裁判所のウェブサイトにも説明があります。
参照:遺言書の検認 | 裁判所
検認手続きの流れと必要書類
検認手続きは、大まかに以下の流れで進みます。申立てから検認期日まで、通常1〜2ヶ月程度の時間がかかります。
- 申立て:遺言者の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に、検認の申立書と必要書類を提出します。
- 必要書類の収集:申立書に加え、主に以下の書類が必要です。
- 遺言者の出生から死亡までの連続した戸籍謄本
- 相続人全員の現在の戸籍謄本
- (その他、事案に応じて追加書類が必要な場合も)
- 検認期日の通知:裁判所から相続人全員に、検認を行う日時と場所が通知されます。
- 検認の実施:指定された日時に、申立人が遺言書を持参して家庭裁判所へ出頭します。申立人が遺言書を持参して家庭裁判所へ出頭し、裁判所で遺言書が開封され、形状や内容が確認されます。申立人以外の相続人の出席は各人の判断に委ねられます。
- 検認済証明書の交付:検認が終わると、遺言書に「検認済証明書」が合綴されます。この証明書があって初めて、不動産の名義変更や預貯金の解約といった相続手続きを進めることができます。
特に「遺言者の出生から死亡までの連続した戸籍謄本」の収集は、本籍地の変更が多い方などの場合、複数の役所を辿る必要があり、一般の方には非常に時間と手間のかかる作業です。この戸籍収集の過程で、相続関係を正確に把握することが重要になります。
検認を怠った場合のリスク
封筒に入った遺言書を見つけた際に、家庭裁判所での検認を経ずに勝手に開封してしまうと、5万円以下の過料(行政上のペナルティ)に処せられる可能性があります。
しかし、それ以上に重大なリスクは、「検認済証明書」がなければ、その後の相続手続きが一切進められないという点です。不動産の名義変更(相続登記)も、銀行預金の解約・名義変更も、すべてストップしてしまいます。 検認をしないことによる法的な無効とは別に、実務上、その後の相続手続きに必要な書類が整わない、と理解しておきましょう。
【例外】検認が不要になる「法務局保管制度」
これまで述べた検認手続きの煩雑さや、遺言書の紛失・改ざんといったリスクを解消するために、2020年から「自筆証書遺言書保管制度」がスタートしました。
これは、作成した自筆証書遺言を法務局で預かってもらう制度です。この制度を利用する大きなメリットは以下の通りです。
- 形式要件のチェック:法務局が保管申請を受ける際に、日付や署名・押印の有無など、最低限の形式要件をチェックしてくれます。
- 紛失・改ざんの防止:原本が法務局で厳重に保管されるため、紛失したり、誰かに隠されたり、書き換えられたりする心配がありません。
- 検認が不要:この制度を利用して保管された遺言書は、相続開始後の家庭裁判所での検認が不要になります。
これから自筆証書遺言の作成を検討している、あるいはご両親にお願いしようと考えている方にとっては、自筆証書遺言書保管制度は非常に有力な選択肢となるでしょう。
まとめ:確実な相続登記のために、司法書士へ相談を
自筆証書遺言は、手軽に作成できるという大きなメリットがある一方で、法律上の厳格なルールと、相続登記という実務の観点から見た「記載の正確性」が求められる、非常にデリケートな書類です。
この記事で解説したポイントは以下の通りです。
- 基本要件の遵守:全文自書、正確な日付、署名、押印は絶対条件です。
- 不動産の特定:登記事項証明書通りに、一言一句正確に記載することが相続登記の鍵です。
- 曖昧な表現の排除:誰に、何を、どれだけ相続させるのか、第三者が読んでも解釈に迷わない明確な言葉で書く必要があります。
- 検認手続きの理解:法務局保管制度を利用しない限り、検認は必須の手続きです。
これらのルールを一つでも見落としてしまうと、せっかくの遺言書が「使えない」ものになりかねません。故人の最後の想いを確実に実現し、残されたご家族が円満に相続手続きを終えるためには、遺言書を作成する段階から専門家である司法書士に相談することで、形式面や相続登記で問題になりやすい記載を事前に確認しやすくなります。
当事務所では、ご家族の状況を丁寧にお伺いした上で、法的に有効かつ、将来の相続登記まで見据えた実務的に問題のない遺言書の作成をサポートいたします。相続登記・遺言書作成に関する無料相談も実施しておりますので、「うちの場合はどうだろう?」と少しでも不安に感じたら、どうぞお気軽にご連絡ください。
遺言書の作成から相続登記まで、専門家がしっかりサポートします。
下北沢司法書士事務所の無料相談フォーム
下北沢司法書士事務所 竹内友章

東京都世田谷区北沢にある下北沢司法書士事務所は、相続手続き、遺言作成、相続放棄、会社設立、不動産売却など、幅広い法務サービスを提供しています。代表の竹内友章は、不動産業界での経験を持ち、宅地建物取引士や管理業務主任者の資格を活かし、丁寧で分かりやすいサポートを心掛けています。下北沢駅から徒歩3分の便利な立地で、土日も対応可能です。お気軽にご相談ください。
固定資産税の督促状で相続人に。司法書士が教える初期対応
固定資産税の督促状が届いたときに、まず確認すべきことと避けるべき対応
ある日、これまで関わりのなかった自治体から『固定資産税の督促状』が届きます。「なぜ私が?」「払わなければいけないの?」このような通知を受け取ると、状況をすぐに理解できず不安を感じる方も少なくありません。特に、疎遠だったご親族の名前が書かれていて、そこで初めて自分が相続人だと知ったとしたら、その混乱は計り知れないでしょう。
しかし、どうか一度、深呼吸をしてください。今、あなたが一番してはいけないのは、焦って行動してしまうことです。
「役所からの通知だから、すぐに支払わないと大変なことになる」
「面倒なことに関わりたくないから、見て見ぬふりをしよう」
この二つの行動は、実はあなたの状況をかえって不利にしてしまう可能性があります。良かれと思って支払ったことで、気づかなかった多額の借金を背負うことになったり、無視し続けた結果、ご自身の財産が差し押さえられる事態に発展したりすることもあり得るのです。
この記事では、固定資産税の督促状が届いた場合に最初に確認すべきことを、司法書士の立場から具体的に解説します。まずはこの記事を最後まで読んで、ご自身の状況を正しく理解することから始めましょう。正しい手順を確認しながら進めることで、状況に応じた対応策を見つけやすくなります。
状況を整理する3ステップ|焦らず一つずつ確認しよう
パニック状態から抜け出し、冷静に現状を把握するために、具体的な3つのステップに沿って状況を整理していきましょう。複雑に見える問題も、一つずつ分解すれば、やるべきことが見えてきます。
ステップ1:督促状の内容を再確認する
まずは、手元にある督促状をもう一度、落ち着いて見てみましょう。漠然とした不安の正体を突き止めることが第一歩です。
- 誰の(被相続人): 亡くなった方の氏名が記載されています。
- どの不動産に対する: 土地や建物の所在地(地番・家屋番号など)が書かれています。
- いくらの税金か: 滞納している税額と、延滞金が記載されています。
「納税義務者」の欄に、亡くなった方の名前と並んで、ご自身の名前が書かれているかもしれません。これは、役所が戸籍などを調査し、あなたが法定相続人であることを把握したためです。決して間違いではありません。
そして、督促状に記載されている役所の連絡先(市区町村名、担当課、電話番号)を必ず控えておきましょう。後で連絡を取る際に必要になります。この段階では、まだ電話をかける必要はありません。まずは情報を集めることに集中してください。
故人が他にも不動産を持っていないか心配な場合は、所有不動産記録証明制度などを活用して調査することも考えられます。
ステップ2:故人との関係と他の相続人を思い出す
次に、ご自身と亡くなった方との関係性を整理してみましょう。「亡くなったのは、父の弟だから自分は甥にあたる」「故人には子供がいたはずだけど、今はどこにいるか分からない」など、わかる範囲で構いません。

相続には法律で定められた順位があります。例えば、亡くなった方に子供がいれば、その子供が第一順位の相続人です。子供がいない場合は、第二順位であるご両親、ご両親も亡くなっていれば第三順位の兄弟姉妹へと権利が移ります。そして、兄弟姉妹が先に亡くなっていれば、その子供である甥や姪が代わって相続人(代襲相続人)になるのです。
この問題は、あなた一人だけで抱え込む必要はありません。他に相続人となる可能性のあるご親族がいるはずです。わかる範囲で構いませんので、思い当たる方の名前や連絡先を書き出してみてください。今はまだ、慌てて連絡を取る必要はありません。まずは情報を整理することが大切です。場合によっては、戸籍調査をすることで初めて知る相続人がいる可能性もあります。
ステップ3:絶対にやってはいけない行動を再認識する
ここで、取り返しのつかない失敗を防ぐために、絶対にやってはいけない「NG行動」を改めて確認しましょう。これは、相続放棄ができなくなるリスクを避けるために重要な確認事項です。
【最重要】故人の預金から税金を支払う
この点は特に注意が必要です。「故人のお金で払うのだから問題ないだろう」と考えてしまいがちですが、これは法律上「相続財産を処分した」とみなされます。その結果、不動産や預貯金といったプラスの財産も、借金などのマイナスの財産もすべて引き継ぐ意思があるとされ(法定単純承認)、後から「やはり相続放棄したい」と思っても、原則として認められなくなってしまいます。ご自身のポケットマネーで立て替える場合は基本的に相続放棄に影響はないですが、外観上は一見、誰のお金で払ったか見分けがつきにくいものです。やはり状況を整理してから行動した方がよいでしょう。
その他、以下のような行動も避けてください。
- 督促状を完全に無視する: 最終的には、あなたの給与や預貯金が差し押さえられる可能性があります。
- 価値がありそうな遺品を勝手に持ち帰る: 形見分けのつもりでも、財産価値のあるものを持ち帰ると、相続を承認したとみなされるリスクがあります。
専門家に相談して方針が決まるまでは、「何もしない」こと、つまり現状を維持することが最善の策なのです。例えば、死亡退職金のように、相続財産に含まれないものもありますので、自己判断は禁物です。
【司法書士の現場から】Aさんのケースを見てみよう
先日、当事務所にご相談に来られたAさん(杉並区在住)も、あなたと全く同じ状況で深い不安を抱えていらっしゃいました。Aさんの事例は、同じような状況で対応を考える際の参考になります。
ある日、Aさんの元に新宿区役所から一通の通知が届きました。開けてみると、固定資産税の督促状。Aさんは新宿区に不動産を持っておらず、全く心当たりがありません。よく見ると、そこには疎遠だった叔母Bさんの名前が記載されていました。Aさんは、Bさんの相続人として請求を受けていたのです。
「役所からお金を請求されるなんて怖い…。金額もそれほど大きくないし、いっそ払ってしまおうか…」
そう考えたAさんでしたが、念のためにと当事務所にお電話をくださいました。私はお会いして、まずこうお伝えしました。
「Aさん、すぐに支払うのは待ってください。それは一番危険な選択かもしれません。もし叔母様に借金があった場合、この税金を支払うことで、Aさんがすべての借金を背負うことになりかねないのです。そうなると、相続放棄という選択肢が使えなくなってしまう可能性があります。」
私の言葉に、Aさんは、支払う前に確認すべき点があることを理解されました。「では、どうすれば…?」
「まずは、他のご親族、Aさんから見て叔父様やお従妹さんたちと連絡を取ってみて、叔母様の晩年のご様子を伺ってみるのが良いでしょう。」
「そうですよね。でも実は、叔父のことが少し苦手で…連絡しづらいんです。」
「お気持ちお察しします。では、まず役所の担当者に連絡してみるのも一つの手です。行政としても相続手続きが進まないと困るわけですから、他の相続人の状況を少しだけ教えてくれるかもしれません。」
その後、Aさんのご依頼を受け、私が正式に戸籍調査を進め、他の相続人の皆様と連絡を取りました。幸い、叔母様には大きな借金はなく、最終的には新宿区のマンションを売却し、滞納していた固定資産税などの経費を差し引いた上で、売却代金を相続人の皆様で公平に分けることができました。もちろん、固定資産税も相続人の皆様で公平に負担することになりました。
もし、Aさんが最初に焦って税金を一人で支払っていたら、どうなっていたでしょう。後から他の相続人にその分を請求するのも気まずいですし、遺産の分配も複雑になっていたはずです。あの一歩手前で立ち止まり、ご相談いただけたことが、Aさんにとって最善の結果に繋がったのです。このケースのように、相続人が多いケースでは、専門家が間に入ることでスムーズに進むことがよくあります。
今後の選択肢と、あなたが次にとるべき行動
ここまで、状況整理の方法と具体的な事例を確認しました。ここからは、あなたの状況に応じた今後の選択肢と、次にとるべき行動について解説します。相続の全体像については、相続の方法と特徴で体系的に解説しています。
選択肢1:相続放棄を検討する
亡くなった方に、固定資産税の滞納以外にも借金がある可能性が高い場合、あるいは不動産に価値がなく、これ以上関わりたくないと考える場合には、「相続放棄」が有効な選択肢となります。
相続放棄をすれば、借金を含むすべての財産を引き継ぐ義務がなくなります。しかし、その代わり預貯金や不動産といったプラスの財産も一切相続できなくなります。
ここで最も注意すべきは、「自分が相続人になったことを知った時から3ヶ月以内」という厳格な期限です。今回のあなたのように、督促状が届いて初めて相続の事実を知ったのであれば、その日が期限の計算を始める日(起算点)となる可能性が高いです。しかし、時間は刻一刻と過ぎていきます。3ヶ月の熟慮期間を過ぎてしまうと、状況は複雑になります。
財産の調査に時間がかかり、3ヶ月以内に判断できない場合は、家庭裁判所に期間の延長を申し立てることも可能です。相続放棄は家庭裁判所での手続きが必要であり、期限も厳格なため、この選択肢を少しでも考えるなら、一日も早く専門家へ相談することをおすすめします。
選択肢2:相続して、不動産の活用や売却を考える
亡くなった方にめぼましい借金がなく、不動産に価値がありそうな場合は、「相続」する道も考えられます。
先のAさんの事例のように、他の相続人と協力して不動産を売却し、滞納していた固定資産税や諸経費を支払った後、残ったお金を法律に従って分配する方法です。この場合、まずは故人の財産全体(他にどんなプラスの財産やマイナスの財産があるか)を正確に調査する必要があります。

そして、他の相続人全員で話し合い(遺産分割協議)を行い、全員の合意のもとで手続きを進めることになります。もし借金と財産の両方がある場合の遺産分割は、慎重な判断が求められます。財産調査や相続人間の調整は非常に手間がかかるため、この場合も専門家のサポートがあった方がスムーズかつ円満に進められるでしょう。
まず専門家に相談し、道筋を立ててもらう
おそらく、ここまで読んでも「自分の場合は相続放棄すべきか、相続すべきか、やっぱり判断できない…」と感じている方がほとんどではないでしょうか。それは当然のことです。
だからこそ、結論を急がず、まずは専門家に相談して状況を整理することが重要です。
私たち司法書士にご相談いただければ、以下のようなお手伝いができます。
- 戸籍を収集し、他に誰が相続人なのかを法的に確定させる
- どのような財産や負債があるのか、財産調査をサポートする
- あなたの状況で考えられる法的な選択肢と、それぞれのメリット・デメリットを整理する
- 手続きに必要な範囲で、他の相続人への連絡方法や必要書類の準備をサポートする
法律的な手続きはもちろんですが、相続は親族間の感情的な問題が絡むことも少なくありません。当事務所の代表司法書士は、心理カウンセラーの資格も有しており、あなたの不安な気持ちに寄り添いながら、法的な問題解決のサポートをすることができます。
何から手をつけてよいか分からない場合は、専門家と一緒に手続きの優先順位を整理することが大切です。まずは無料相談で状況をお聞かせください。お話を伺うことで、状況や今後の対応を整理しやすくなります。
まとめ:一人で判断せず、まずは専門家に相談しましょう
突然の固定資産税の督促状。それは、あなたにとって予想していなかった通知だったかもしれません。しかし、この記事をここまで読んでくださったあなたは、もうパニック状態からは抜け出しているはずです。最後に、大切なことをもう一度確認しましょう。
- 焦って支払わない、そして無視しないこと
- 「知った時から3ヶ月」という期限を意識すること
- 相続すべきか、放棄すべきか、一人で判断しないこと
この複雑で、精神的にも負担の大きい問題を、たった一人で乗り越える必要はありません。私たちのような専門家は、法律上の選択肢を整理し、必要な手続きを進めるためのサポートを行います。どの選択肢が適しているか、手続き上の影響や見通しを確認しながら、判断に必要な情報を整理します。
あなたは一人ではありません。不安がある場合は、状況を整理するために専門家へ相談することをご検討ください。早めに相談することで、今後の対応を具体的に整理しやすくなります。相続専門の司法書士に相談することで、手続きだけでなく気持ちの面でもスムーズに進めることができます。
下北沢司法書士事務所 竹内友章

東京都世田谷区北沢にある下北沢司法書士事務所は、相続手続き、遺言作成、相続放棄、会社設立、不動産売却など、幅広い法務サービスを提供しています。代表の竹内友章は、不動産業界での経験を持ち、宅地建物取引士や管理業務主任者の資格を活かし、丁寧で分かりやすいサポートを心掛けています。下北沢駅から徒歩3分の便利な立地で、土日も対応可能です。お気軽にご相談ください。
後見監督人との悩み解決法|司法書士が教える正しい対応
「後見監督人が理不尽…」その悩み、あなただけではありません
「一生懸命やっているのに、後見監督人の対応が高圧的でつらい…」
「質問しても、はっきりしない返事ばかりでどう動けばいいか分からない…」
ご家族のためにと親族後見人になったあなたが、専門家であるはずの後見監督人との関係で、このような理不尽さや孤独を感じているのではありませんか。そのお悩み、決してあなた一人だけのものではありません。
司法書士として多くの成年後見のご相談をお受けする中で、真面目な方ほど監督人との関係に悩み、疲弊してしまうケースを数多く目の当たりにしてきました。これは、あなただけの問題ではなく、制度が抱える構造的な側面もあるのです。
この記事では、感情的に対立して消耗するのではなく、冷静に、そして戦略的に問題を解決していくための「正しい対応法」を具体的にお伝えします。後見人としてのあなたの負担を少しでも軽くし、本来の目的である「ご本人のためのサポート」に集中できるよう、専門家として、そして一人の人間として、あなたの隣で一緒に考えていきたいと思います。
司法書士が経験した、後見監督人との向き合い方
以前、別のお客様からのご紹介でAさんという方のご相談に乗ったことがあります。Aさんはお母様の成年後見人を務めていらっしゃいました。認知症が進んだお母様のためにと成年後見制度を利用したものの、監督人である司法書士との関係に深く悩んでおられたのです。
とても真面目なAさんは、お母様のお金を使うたびに「これは正当なのだろうか」と不安になり、その都度、監督人に質問をしていました。しかし、返ってくるのは「監督人が判断することではありませんが、ご本人の希望や経済状況を鑑みて適正に判断してください」といった、結局どうしていいか分からない曖昧な答えばかり。
その結果、Aさんは後から問題になることを恐れ、お母様に必要なものでもご自身の預貯金から支払うようになってしまっていました。「これからどうやって後見業務を進めていけばいいのか…」と、途方に暮れていらっしゃったのです。
私はAさんにこのようにお伝えしました。
「まず、介護ベッドや車いすなど、ご本人の生活に必要なものは常識の範囲で自信を持って購入して大丈夫です。監督人が気になるなら、『〇〇を買っていいですか?』と許可を求めるのではなく、『〇〇を買います』と事後に報告する形にしてみましょう。もし判断に迷うことがあれば、ご自身の意見を添えて『こうしたいのですが、いかがでしょうか』と相談してみてください。それでも曖昧な答えしか返ってこない時は、『では、このように進めます。もし問題があるなら、どうすれば良いか具体的に指示してください』と、YESかNOで答えられるように話を絞り込んでいくのが有効です。本当に話が進まず困ったときは、家庭裁判所に直接相談するという選択肢もありますよ」と。
Aさんのように真面目な方ほど、「法律を知らないから」と気後れしてしまいがちですが、過度に心配する必要はありません。ご本人のためを思うあなたの常識的な感覚と、その理由を伝えることができれば、それで十分なのです。
後見人として「本人が施設移転を拒否…費用不足時の対処法」でお困りの方は、施設移転を拒否された場合の費用不足への対処法も参考にしてください。
まず知るべき「後見監督人」の役割と限界
後見監督人との無用な対立を避け、冷静に対処するためには、まず彼らの法的な立ち位置を正しく理解することが不可欠です。彼らは一体何をする人で、何ができないのでしょうか。
この点を押さえるだけで、あなたが感じている「理不尽さ」の背景が見え、感情的な反発を「構造の理解」へと変えることができます。より詳しい役割の違いについては、後見監督人と成年後見人の役割の違いの記事もぜひご覧ください。
後見監督人の主な仕事は「チェック」と「報告」
後見監督人の役割は、一言でいえば後見人の業務を「監督」することです。決して、後見人の業務を代行したり、何でも相談に乗ってくれるサポーターというわけではありません。主な仕事は以下の3つに集約されます。
- 後見人が作成した財産目録や収支報告書などをチェックする
- 後見業務がご本人のために適切に行われているかを監督する
- 監督した結果を家庭裁判所に報告する
つまり、彼らは後見人の「上司」ではなく、家庭裁判所の「目」として機能している、とイメージすると分かりやすいかもしれません。そのため、一つひとつの支出に事前許可を与える立場にはないのです。
なぜ監督人の対応は理不尽に感じるのか?
では、なぜ彼らの対応が冷たく、理不尽に感じられるのでしょうか。それには、成年後見制度の構造が関係しています。
後見監督人の多くは、私たち司法書士や弁護士といった法律の専門家です。そして、彼らは後見人に対してではなく、家庭裁判所に対して責任を負っています。もし後見人の業務に問題があれば、監督不行き届きとして裁判所から責任を問われる可能性があるのです。
この立場から、以下のような対応が生まれやすくなります。
- リスク回避的な言動:断定的なことを言わず、責任を回避しようとする。
- 曖昧な指示:最終的な判断を後見人に委ねることで、自身の責任範囲を限定しようとする。
- 形式的な対応:親族と深く関わりすぎず、あくまで報告書ベースでのやり取りを好む。
これは監督人個人の人柄だけの問題ではなく、「裁判所に報告する」という職務の特性から、慎重な対応になりやすい面があると考えられます。この背景を理解するだけでも、少し冷静に相手の言動を受け止められるようになるのではないでしょうか。専門家である成年後見人とのコミュニケーションにおいても、こうした構造的な課題は存在します。
明日からできる!後見監督人との関係改善3ステップ
監督人の立場を理解した上で、次はこちらからアプローチを変えてみましょう。感情的にならず、建設的な関係を築くための具体的な3つのステップをご紹介します。これは精神論ではなく、誰でも今日から実践できる具体的な行動です。

ステップ1:できるだけやり取りを「記録」する
まず、自己防衛と状況整理の第一歩として、監督人との全てのやり取りを記録する習慣をつけましょう。
- 電話:日時、相手の名前、話した内容の要点をメモする
- メールやFAX:全て保管しておく
- 郵送物:届いた書類は日付を書いてファイリングする
ノートやスマートフォンのメモアプリで構いません。時系列で記録を残しておくことで、「言った・言わない」といった水掛け論を防ぐことができます。さらに、この記録は、後々、家庭裁判所などに相談する際に、客観的な状況を説明するための強力な「証拠」となります。あなた自身を守るためにも、ぜひ今日から始めてみてください。特に金銭の動きは重要で、後見申立て前の財産管理の段階から記録は重要になります。
ステップ2:相談は「〇〇したいが問題ないか」と具体的に
監督人から明確な回答を引き出すには、質問の仕方を工夫することが非常に効果的です。
【悪い例】「どうすればいいですか?」
これでは、相手に判断を丸投げしていることになり、曖昧な答えが返ってきやすくなります。
【良い例】「母の生活のために介護ベッドを購入したいと考えています。費用は約10万円です。この支出について、後見業務として何か法的な問題はありますでしょうか?」
このように、「自分の意思と具体的な計画」を示した上で、法的な問題の有無を問う形にしてみましょう。こうすることで、監督人は単純な「イエス・ノー」で答えやすくなり、もし「ノー」なのであれば、その具体的な理由を説明する責任が生じます。主導権をこちらが握ることで、相手を動かすことができるのです。例えば、病院から連帯保証を求められたといった専門的な判断が必要な場面でも、この質問形式は有効です。
ステップ3:連絡は「事後報告」を基本にする
監督人との信頼関係を築く上で、「報告」の仕方も大切なポイントです。日常的な食費や消耗品の購入といった細かな支出まで、お伺いをたてるのはいささかやりすぎです。
もちろん、ご本人の居住用不動産の売却などの重要な財産処分は、家庭裁判所の許可が必要になるため、必ず事前に確認しましょう。しかし、常識の範囲内で行える日々の業務については、ある程度まとめて「事後報告」するスタイルに切り替えてみましょう。
例えば、毎月の収支報告の際に「今月は本人の衣類代として〇円支出しました」と報告するのです。これにより、あなたは「自分で適切に判断できる後見人」として監督人に認識され、無用な干渉を減らすことができます。これは、あなたの主体性を示すと同時に、監督人の業務負担を軽減することにも繋がり、結果として良好な関係を築きやすくなるのです。
それでも改善しない場合の「正しい詰め方」
コミュニケーションの改善を試みても、なお状況が変わらない…。そんな時は、より一歩踏み込んだ対処法を考える必要があります。ここで言う「詰め方」とは、感情的に相手を問い詰めることではありません。法的な手続きに則って、冷静に、しかし着実にこちらの要求を伝えていく方法です。

まずは家庭裁判所の書記官に相談する
やはりどう考えも監督人の対応がおかしい、または後見人としての仕事がまわらず困っている時は、家庭裁判所への相談を考えても良いかも知れません。本来であれば、監督人がいるときは後見人は裁判所と直接やりとりすことはないのですが、いたしかたがないでしょう。とはいえ、「解任申立て」のような大げさな手続きをいきなり考える必要はありません。
まずは、後見事件を担当している部署に電話をし、「〇〇(被後見人名)の後見事件について、監督人の対応で困っていることがある」と伝えて、担当の書記官につないでもらいましょう。
相談する際は、ステップ1で記録した内容が役立ちます。以下のポイントを整理して、冷静に伝えましょう。
- これまでの経緯(いつから、どのようなことで困っているか)
- 具体的なやり取りの内容(記録したメモを元に)
- 現在、具体的に何ができずに困っているか
家庭裁判所は、後見制度全体の監督機関です。親族後見人からの相談が届けば、裁判所から監督人に対して状況確認や指導が入ることがあります。これだけで、監督人の態度が大きく改善されることもあると思います。一人で抱え込まず、公的な機関に状況を共有し、必要な助言を受けるという視点を持つことも大切です。裁判所への説明の仕方に不安があれば、成年後見の理由書作成のポイントも参考になるかもしれません。
最終手段としての「後見監督人解任申立て」
家庭裁判所に相談してもなお改善が見られず、ご本人の利益が著しく害されていると感じる場合には、最終手段として「後見監督人の解任申立て」という手続きがあります。
ただし、これは非常にハードルが高い手続きであるとご理解ください。「対応が気に入らない」「コミュニケーションが取りづらい」といった主観的な理由だけでは、解任が認められることはまずありません。解任が認められるのは、以下のような客観的な事実がある場合に限られます。
- 不正な行為:財産の横領など
- 著しい不行跡:監督業務の放棄など
- その他後見の任務に適しない事由
申立てを行うには、これらの事実を証明する客観的な証拠(記録したメモやメールなど)が不可欠です。安易に申し立てるべきではありませんが、万が一の際の選択肢として知っておくことは重要です。この段階に至った場合は、手続きが複雑になるため、必ず専門家にご相談ください。
【立ち止まって考える】そもそも成年後見制度は必要でしたか?
後見監督人とのトラブルを経験し、大変な思いをされた今だからこそ、少し立ち止まって考えてみていただきたいことがあります。それは、「そもそも、あなたのご家族にとって成年後見制度は本当に唯一の選択肢だったのでしょうか?」ということです。
先ほどのAさんのケースを振り返ると、実はお母様には成年後見制度を使わなければ解決できないような、差し迫った法的な課題はありませんでした。Aさんはその真面目さから、「認知症になったら、成年後見制度を使わなければならない」と思い込んでいらっしゃったのです。
しかし、「認知症=成年後見」は必ずしも正解ではありません。大切なのは、ご本人にとってどのような課題があり、その課題を解決するために最も利益となる制度は何か、という視点で判断することです。
例えば、判断能力がしっかりしているうちであれば、将来に備えて任意後見契約を結んだり、家族信託といった他の選択肢を検討することもできます。制度の利用で苦しむ前に、ぜひ一度、その必要性を根本から見直してみることをお勧めします。
既に制度を利用してしまった方は認知症などが回復しない限り・・つまり現実的にはこのまま続けるしかありませんが、もしかしたらご親類の方等、別の方のケースで約にたつ視点になるかも知れません。
まとめ:成年後見制度の利用は、専門家にご相談を
後見監督人との関係が難しい、そもそも成年後見制度は必要だったのかなど、いざ制度利用してから課題や問題に直面することは珍しくありません。こういう問題を起こらなくしたり、小さくしたりするコツは初動から専門家に相談して、段取りを整理しながら進めることです。う。
私たち司法書士は、法律の専門家であると同時に、ご家族の悩みに寄り添うパートナーでもあります。もし、現在の対応に不安や負担を感じている場合は、どうぞお気軽にご相談ください。法律的なサポートはもちろん、心理カウンセラーの資格を持つ司法書士として、あなたのお話を丁寧に伺いながら、状況に応じた対応方法を一緒に検討します。
詳しい事務所の考え方については、なぜ司法書士が心理カウンセラーの資格をとったのか?もご覧いただけると幸いです。
早めに相談することで、状況を整理し、次に取るべき対応を検討しやすくなります。
下北沢司法書士事務所 竹内友章

東京都世田谷区北沢にある下北沢司法書士事務所は、相続手続き、遺言作成、相続放棄、会社設立、不動産売却など、幅広い法務サービスを提供しています。代表の竹内友章は、不動産業界での経験を持ち、宅地建物取引士や管理業務主任者の資格を活かし、丁寧で分かりやすいサポートを心掛けています。下北沢駅から徒歩3分の便利な立地で、土日も対応可能です。お気軽にご相談ください。
民事信託で第二受託者は必要ない?決めないリスクと対処法
民事信託で第二受託者を決められない…その悩み、あなただけではありません
「親のために民事信託を組みたいけれど、自分の次に財産管理を任せられる人がいない…」
「兄弟は海外にいるし、自分の子どもに負担はかけたくない。第二受託者を決められずに、計画が止まってしまっている」
民事信託(家族信託)の準備を進める中で、このような「後継者問題」に頭を悩ませていらっしゃる方は、実は非常に多いのです。ご自身の万が一のことまで考え、何十年にもわたる財産管理の道筋を完璧に描こうとすれば、後継者選びでつまずいてしまうのは、むしろ自然なことと言えるかもしれません。
私たち司法書士は、ご家族の歴史や想いに触れる機会が多くあります。だからこそ、そのお悩みの深さがよくわかります。しかし、ここで知っておいていただきたいのは、「完璧な準備ができないからといって、信託を諦める必要は全くない」ということです。
この記事では、第二受託者を決められないというお悩みに対し、具体的なリスクと、現実的な解決策を一緒に考えていきます。一人で抱え込まず、まずは専門家と一緒に、ご自身の状況を整理してみませんか。この記事が、あなたの不安を解消し、大切なご家族を守るための一歩を踏み出すきっかけになれば幸いです。
結論:第二受託者は「必須」ではない。でもリスクは知っておこう
さっそく結論からお伝えします。民事信託の契約において、第二受託者(後継受託者)を定めることは法律上の義務ではありません。つまり、必ずしも設定しなくてはならない、というわけではないのです。
まずは、第二受託者を定めない選択肢もあり得ることを確認しておきましょう。適任者が見つからないからといって、信託そのものを諦める必要はないのです。
ただし、ここで一つ大切なことがあります。それは、「第二受託者を設定しないことによるリスクを正しく理解した上で、ご自身の意思で『設定しない』という選択をすること」です。何も考えずにただ設定しないのと、リスクを理解した上で設定しないのとでは、意味が全く異なります。
なぜなら、予期せぬ事態が起きたときに、せっかく組んだ信託が目的半ばで終わってしまったり、かえってご家族に負担をかけてしまったりする可能性があるからです。信託の目的を実現し、家族の負担を抑えるために、まずはどのようなリスクがあるのかを確認していきましょう。これは、他の制度との比較検討においても重要な視点となります。

第二受託者を決めない場合に起こりうる3つのリスク
もし第二受託者を定めていない状況で、初代の受託者に万が一のことがあった場合、具体的にどのようなことが起こるのでしょうか。主なリスクを3つに絞って解説します。
リスク1:信託が強制的に終了してしまう
信託法では、受託者がいなくなってから1年間、新しい受託者が就任しない場合、その信託は終了すると定められています。つまり、受託者が亡くなった後、後継者が決まらないまま1年が経過すると、信託契約はその目的を果たせず、強制的に終わってしまう可能性があるのです。
リスク2:財産管理が一時的にストップする
受託者が亡くなったり、病気で任務ができなくなったりすると、新しい受託者が就任するまで、信託財産の通常の管理・処分が滞る「空白期間」が生じる可能性があります。例えば、親の介護費用を信託口座から引き出していた場合、新しい受託者が決まるまでお金を下ろせなくなってしまいます。この状態が長引けば、施設の支払いや日々の生活費に困るなど、深刻な事態を招きかねません。
リスク3:新しい受託者選びで家族が揉める
第二受託者の定めがない場合、新しい受託者を選ぶには原則として「委託者(親など)」と「受益者(親など)」の合意が必要です。しかし、その時点で委託者や受益者が認知症などで判断能力を失っていたら、合意はできません。その場合は、利害関係者が家庭裁判所に申し立てて、新しい受託者を選んでもらうことになります。
この手続きは時間がかかるだけでなく、誰が新受託者にふさわしいかで親族間の意見が対立し、思わぬトラブルに発展するケースも少なくありません。受託者には大きな責任が伴うため、その選任は慎重に行う必要があります。
では、第二受託者が実際に就任するのはどんな時?3つのケース
「もしも」の備えと言われても、具体的にどのような状況で第二受託者の出番が来るのか、イメージが湧きにくいかもしれません。ここでは、第二受託者が実際に就任する典型的な3つのケースをご紹介します。
ケース1:初代受託者の「死亡」
これは最も一般的で分かりやすいケースです。初代受託者が亡くなった場合、事前に定められた第二受託者がその任務を引き継ぎ、信託契約に基づいた財産管理を継続します。この定めがないと、先ほどのリスクで説明したような財産管理の空白期間や、信託終了の可能性が生じます。
ケース2:初代受託者の「判断能力の低下」
認知症や病気、不慮の事故などによって、初代受託者が財産を管理する能力を失ってしまうケースです。信託契約書に「受託者が後見開始の審判を受けた時」などと定めておくことで、スムーズに第二受託者へバトンタッチできます。特に、認知症になると不動産売却などの法律行為ができなくなるため、このような事態への備えは非常に重要です。
ケース3:初代受託者の「辞任・破産」
初代受託者が自身の都合で任務を続けられなくなる場合もあります。例えば、海外転勤で物理的に管理が難しくなったり、高齢や健康上の理由で辞任を申し出たりするケースです。また、万が一受託者が自己破産した場合も、受託者の任務は終了します。このような予期せぬ事態でも、第二受託者を定めておけば、信託財産を滞りなく守り続けることができます。

適任者がいない…第二受託者を決められない時の3つの現実的な対処法
リスクは分かったけれど、それでもやはり適任者が見つからない…という方もいらっしゃるでしょう。そのような場合でも、検討できる対応策があります。ここでは、専門家の視点から3つの現実的な対処法をご紹介します。ご自身の状況に最も合うのはどの選択肢か、考えてみてください。
選択肢1:第二受託者を定めず「信託を終了させる」と割り切る
一つ目の方法は、あえて第二受託者を定めず、「初代受託者に万が一のことがあった時点で、信託の目的は達成されたとみなし、信託を終了させる」と契約書に明記する方法です。
例えば、「親が認知症になった場合に備えて、子どもが財産管理をする」という目的で信託を組んだとします。もし、親が亡くなる前に子ども(初代受託者)が先に亡くなってしまった場合、その時点で信託を終了させ、残った財産は通常の相続財産として扱う、と割り切る考え方です。
この方法は、信託の目的が主に「親の生前の財産管理」に限定されている場合には合理的な選択肢となり得ます。ただし、信託終了後の財産は、信託契約で定めた残余財産受益者や帰属権利者に帰属するため、終了後の財産の帰属先を契約書で明確にしておく必要があります。また、障害を持つ子の生活を長期的に支えるための信託(福祉型信託)など、初代受託者の後も財産管理を継続させたい場合には、この方法は向きません。
選択肢2:候補者は決めず「選任方法」だけを定めておく
「今すぐには決められないけれど、将来的に誰かに引き継いでほしい」という場合に有効なのが、この方法です。信託契約書に「Aさんを第二受託者とする」と個人名を指定するのではなく、「新しい受託者の選び方」のルールだけを決めておくのです。
具体的には、以下のような定め方が考えられます。
- 「受益者との合意によって、新しい受託者を選任する」
- 「特定の親族(例:長男の子)の中から、受益者が指名する」
この方法のメリットは、将来の状況変化に柔軟に対応できる点です。今はいなくても、数年後には頼れる人が現れるかもしれません。一方で、いざという時に親族間で合意ができなかったり、専門家に依頼する費用が発生したりといったデメリットも考慮する必要があります。それでも、信託契約における意思確認の重要性を踏まえ、将来の不確実性に対応する次善の策として有効な選択肢です。
選択肢3:司法書士や信託会社など「家族以外の専門家」を候補にする
どうしても親族の中に適任者が見つからない場合には、信託会社などの信託業務を行える機関の活用や、司法書士・弁護士・税理士などの専門家への相談を通じて、家族以外の関与方法を検討することがあります。
メリットは、専門的な知識と経験に基づき、中立的な立場から財産管理に関与してもらえる可能性がある点です。特に、信託財産が高額で管理が複雑な場合や、親族間の関係性があまり良好でない場合には、第三者である専門家が入ることでスムーズに進むこともあります。
一方で、当然ながら専門家への報酬(費用)が発生するというデメリットがあります。他の制度との費用比較も行いながら、費用対効果を慎重に検討する必要があります。どの専門家に相談するべきかを含め、信頼できるパートナーを見つけることが重要です。
【事例】第二受託者を決めかねていたAさんのケース
ここで、実際に当事務所にご相談いただいたAさんの事例をご紹介します。Aさんは、さいたま市にお住まいのお父様のために民事信託を検討されていましたが、第二受託者をどうするかで悩んでいらっしゃいました。
打ち合わせの中で、私はAさんにこう尋ねました。
「もしAさんがお父様の財産管理をできなくなった時のために、第二受託者を設定することもできます。どなたか候補はいらっしゃいますか?」
するとAさんは、少し困った表情でこうおっしゃいました。
「妹はいるのですが、海外に移住していて日本にはいません。私の娘もいますが、祖父のことであまり負担をかけたくなくて…。一度、娘に相談してみようとは思っているのですが…」
Aさんのお気持ちは、とてもよく分かります。そこで、私はこうお伝えしました。
「第二受託者は、必ず決めておかなければならないものではないので、いなくても大丈夫ですよ。そもそもご家族やご親族の中で信託を組む場合、候補者が少なくて第二受託者まで決められない、ということは珍しくありません。それに、契約書に名前を書いたからといって、その方が必ず就任しなければならない義務もありません。『もしもの時は、まずこの人に声をかけてみよう』という、最初に相談する相手が決まっている、くらいの感覚でお考えいただいて大丈夫です。」
この説明を受けて、Aさんは第二受託者の位置づけを理解されました。
「なるほど、そういうことなんですね。それなら、妹にしようと思います。私がすぐどうこうなるわけではないでしょうし、妹もその頃には日本に帰ってきているかもしれません。妹はしっかり者なので、いざという時も任せやすいです。」
このお話を経て、Aさんの心の負担は軽くなったようでした。最終的に、海外にお住まいの妹さんを第二受託者として信託契約を無事に組成することができました。たとえ遠方に住んでいても、信頼関係があれば候補者となり得るのです。
まとめ:一人で抱え込まず、まずは専門家と考えを整理しませんか
この記事では、民事信託における第二受託者の問題について解説してきました。
- 第二受託者の設定は法律上の義務ではないこと
- ただし、設定しない場合は「信託の強制終了」「財産管理の停止」「親族トラブル」などのリスクがあること
- 適任者がいない場合でも「信託を終了させると割り切る」「選任方法だけ決めておく」「専門家を候補にする」といった対処法があること
第二受託者を決められないという悩みは、決して特別なことではありません。むしろ、ご家族の将来を真剣に考えているからこそ直面する、大切な悩みです。
大切なのは、完璧な答えを一人で出そうと抱え込まないことです。私たち司法書士のような専門家は、単に法律の知識を提供するだけではありません。お客様一人ひとりのご家庭の状況や想いを丁寧にお伺いし、様々な選択肢のメリット・デメリットを整理しながら、ご家庭の状況に応じた選択肢を整理し、現実的な対応方法を検討する役割も担います。
「うちの場合はどうなんだろう?」「どの選択肢が合っているんだろう?」少しでもそう感じたら、ぜひ一度お話をお聞かせください。無料相談の場などを活用し、まずは専門家と一緒に考えを整理することから始めてみませんか。
下北沢司法書士事務所 竹内友章

東京都世田谷区北沢にある下北沢司法書士事務所は、相続手続き、遺言作成、相続放棄、会社設立、不動産売却など、幅広い法務サービスを提供しています。代表の竹内友章は、不動産業界での経験を持ち、宅地建物取引士や管理業務主任者の資格を活かし、丁寧で分かりやすいサポートを心掛けています。下北沢駅から徒歩3分の便利な立地で、土日も対応可能です。お気軽にご相談ください。
家族信託で空き家特例が使えない?3000万円控除の注意点
【実例】信託を選ぶべきか?空き家特例と天秤にかけたA様のケース
「認知症対策として家族信託を組みたいが、税金で損をするかもしれない…」
近年、家族信託のご相談が増える中で、このようなジレンマを抱える方が少なくありません。特に、ご実家が将来空き家になる可能性がある場合、「空き家特例の3000万円控除」が使えなくなるという問題は、多くの方にとって大きな懸念点となっています。
先日ご相談に見えたA様も、まさにその一人でした。大田区にお住まいの一人暮らしの叔父様を案じ、認知症による資産凍結を防ぐために家族信託を検討されていました。
「叔父が認知症になったら、自宅の修繕や将来の施設入居のための売却ができなくなると聞きました。裁判所が関わる成年後見制度は避けたいので、家族信託はとても魅力的です」
私はA様に家族信託のメリットや仕組みをご説明し、A様も前向きに検討を進めていました。しかし、私は専門家として、見過ごせないデメリットについてもお伝えする必要がありました。
「A様、一つ重要な点があります。もし叔父様が亡くなられて、相続でご実家が空き家になった場合、A様が売却する際には『空き家特例』で最大3000万円まで譲渡所得が控除される可能性が高いです。しかし…現状の法律では、家族信託を組むと、この空き家特例が使えなくなってしまうのです。信託契約が終わってからご実家を売却すると、税金面で不利になる可能性があります」
A様の表情が少し曇りました。認知症対策と節税、どちらを優先すべきか。この問いは、多くの方が直面する難しい選択です。
「では、叔父が生きているうちに売却した場合はどうなりますか?」
「その場合は『居住用財産の3000万円控除』という別の特例が使える可能性があり、空き家特例の話とは切り離して考えられます。あくまで、叔父様が亡くなった後に、相続した空き家を売る場合の問題です」
A様はしばらく考えた後、こうおっしゃいました。
「先のことは断定できませんが、おそらく叔父は将来介護施設に入り、自宅は売却することになると思います。税金の特例が使えない可能性があるのは確かに気になりますが、それよりも、叔父が元気なうちから財産管理をスムーズに進められることの方が、私たち家族にとっては重要です。信託で進めたいと思います」
この決断を受け、後日、私も叔父様のご自宅に伺い、ご本人にご説明の上で信託契約の意思確認をしっかりと行い、契約書の作成と不動産の信託登記を完了させました。
家族信託には多くのメリットがありますが、A様のケースのようにデメリットも存在します。私たち専門家は、良い面だけでなく、潜在的なリスクや不利益もしっかりとご説明し、ご家族にとって最善の選択は何かを一緒に考えることが使命だと考えています。この記事では、まさにA様が直面した「家族信託と空き家特例」の問題について、その理由と具体的な対策を詳しく解説していきます。
まず結論:家族信託を組むと「空き家特例」は原則使えません
早速ですが、本記事の結論からお伝えします。2026年7月現在、親や親族が亡くなった後に、家族信託契約に基づいて引き継いだ実家(空き家)を売却しても、原則として「空き家特例(3000万円特別控除)」を適用することはできません。
これは、単なる噂や一部の専門家の見解ではなく、国税庁が公式にその見解を示しているためです。令和4年12月20日に公表された文書回答事例において、国税庁は「信託契約における残余財産の帰属権利者として取得した家屋は、本特例の適用対象とはならない」と明確に回答しています。
なぜ、認知症対策として利用される家族信託で、税制上このような問題が生じるのでしょうか。その理由を確認していきます。
参照:国税庁「別紙 信託契約における残余財産の帰属権利者として取得した被相続人居住用家屋の譲渡に係る所得税の取扱いについて」
なぜ?法律が「相続または遺贈」に限定しているから
空き家特例が使えない理由は、ひとえに法律の条文にあります。
この特例を定めている「租税特別措置法」という法律では、特例の対象となる人を「相続または遺贈により」被相続人居住用家屋(=亡くなった親などが住んでいた家)を取得した個人に限定しています。
一方で、家族信託ではどうでしょうか。親(委託者)が亡くなったことで信託契約が終了し、子(残余財産帰属権利者)が実家を引き継ぐ場合、その法的な原因は「信託契約」です。これは、法律上「相続」や「遺贈」とは明確に区別される行為なのです。

つまり、たとえ親の死亡をきっかけに財産が移転するという点では同じように見えても、その根拠となる法律行為が異なるため、空き家特例の「相続または遺贈により」という要件を満たせない、というのが現在の法解釈となります。この点が、家族信託と空き家特例が両立できない最大の理由です。より詳しい用語については、自益信託などの基本用語もご参照ください。
「みなし相続」の注意点|相続税と所得税はルールが違う
ここで多くの方が疑問に思われるのが、「信託で財産をもらっても相続税がかかるのだから、相続と同じ扱いではないのか?」という点です。
確かにその通りで、相続税法には「信託契約によって財産を取得した場合は、遺贈によって取得したものとみなす」という規定があります。これを「みなし相続(みなし遺贈)」と呼びます。この規定があるため、信託で引き継いだ財産にも相続税が課税されるのです。
ただし、この点については税目ごとの取扱いを分けて考える必要があります。この「みなし相続」のルールは、あくまで相続税法の中だけの話なのです。
今回問題となっている空き家特例は、譲渡所得税(所得税)の特例であり、これを定めた租税特別措置法には、相続税法のような「みなし相続」の規定がありません。
つまり、
- 相続税の計算上は、信託による取得も「相続」とみなされる。
- 所得税の特例(空き家特例)の適用上は、信託による取得は「相続」とはみなされない。
という、税金の種類によって適用されるルールが異なるという点に注意が必要です。この「税法ごとのルールの違い」が、多くの方を混乱させる原因となっています。
そもそも「空き家特例」とは?制度の概要と要件を再確認
では、そもそも今回問題となっている「空き家特例」とは、どのような制度なのでしょうか。その重要性を理解するためにも、制度の概要と要件を改めて確認しておきましょう。
正式名称を「被相続人の居住用財産(空き家)に係る譲渡所得の特別控除の特例」といいます。これは、社会問題化している空き家問題を解消する目的で創設された制度です。
相続した実家を売却した際に得た利益(譲渡所得)から、最大で3,000万円を控除できるという非常に大きな税金の優遇措置です。仮に3,000万円の利益が出た場合、この特例を使えるかどうかで、所得税・住民税合わせて約600万円(税率20.315%で計算)もの税額差が生まれる可能性があります。このように税額への影響が大きい可能性があるため、家族信託を検討する際には重要な確認事項となります。
参照:国税庁「No.3306 被相続人の居住用財産(空き家)を売ったときの特例」

特例を受けるための主なチェックリスト
この特例を受けるためには、様々な要件をクリアする必要があります。ご自身の状況が当てはまるか、以下のリストで確認してみましょう。
- 【重要】相続または遺贈によって家を取得したこと
- 亡くなった方が、亡くなる直前までその家に一人で住んでいたこと
- 昭和56年5月31日以前に建築された家屋であること(※譲渡時に一定の耐震基準を満たす必要があります)
- マンションなどの区分所有建物ではないこと
- 相続の開始があった日から3年を経過する日の属する年の12月31日までに売却すること
- 売却代金が1億円以下であること
- 売却する相手が、親子や配偶者など特別な関係にある人ではないこと
この中でも、一番最初の「相続または遺贈によって家を取得したこと」という要件が、家族信託を利用した場合にクリアできない点であることを改めてご理解いただけたかと思います。
家族信託と空き家特例を検討する際の3つの対応方法
「家族信託では空き家特例が使えない」という事実を知り、不安に思われた方も多いでしょう。しかし、諦める必要はありません。認知症による資産凍結リスクに備えつつ、税金の負担も考慮した「出口戦略」は存在します。ここでは、状況に応じた3つの具体的な戦略をご紹介します。
戦略①:親が元気なうちに売却する(居住用財産3000万円控除の活用)
最も現実的で効果的な対策が、親御様が元気なうちに、信託契約に基づいてご実家を売却することです。
この場合、問題となっている「空き家特例」ではなく、「居住用財産の3,000万円特別控除」という、別の特例を使える可能性があります。この特例は、マイホームを売ったときに使えるもので、家族信託を組んでいても、受益者である親御様が要件を満たせば適用可能です。
「居住用財産の3,000万円控除」は、「空き家特例」よりも要件が緩やかで、建物の築年数に関する制限もありません。親御様が施設に入所する場合でも、「住まなくなってから3年目の年末まで」に売却すれば適用できる可能性があります。
この方法は、親御様の存命中に資産を現金化することで、認知症による資産凍結リスクに備えながら、税金の控除を受けられる可能性がある方法です。
戦略②:実家だけ信託から外し「遺言」で引き継ぐ
もし、どうしても空き家特例の適用を最優先したい、という場合は、実家の不動産だけを信託財産に含めず、預貯金などの他の財産だけを信託するという方法も考えられます。
そして、信託から外した実家については、別途遺言書を作成し、特定の子に相続させるように指定しておくのです。
【メリット】
- 実家は「相続」によって引き継がれるため、他の要件を満たせば空き家特例を利用できる可能性があります。
【デメリット】
- 親御様の認知症が進行した場合、生前に実家を売却することが困難になります。遺言書があっても、生きている間の契約行為は本人の意思能力が必要なため、結局「資産凍結」のリスクが残ってしまいます。
この方法は、「最大限の節税」と「確実な資産管理」のどちらを優先するか、ご家族の価値観や状況に応じた慎重な判断が求められます。
戦略③:そもそも譲渡益が出るか確認する
最後に、少し視点を変えた戦略です。それは、「そもそもご実家を売却した場合に、3,000万円もの利益(譲渡所得)が出るのか?」を確認することです。
譲渡所得は、単純に「売却価格」ではありません。「売却価格」から「取得費(購入時の価格や手数料)」と「譲渡費用(売却時の仲介手数料など)」を差し引いて計算します。
譲渡所得 = 売却価格 - (取得費 + 譲渡費用)
もし、ご実家が都心部ではなく、購入時の価格もそれなりに高かった場合、売却しても利益が出ない、あるいは利益がごくわずかというケースも少なくありません。利益が出なければ、そもそも譲渡所得税はかからず、空き家特例の必要性も低くなります。
まずは、親御様がご実家を購入した当時の売買契約書を探し、取得費を確認してみましょう。もし見つからない場合でも、売却価格の5%を「概算取得費」として計算することができます。現在の不動産のおおよその査定額と照らし合わせ、大きな利益が見込めないのであれば、不要な心配をせず、安心して認知症対策としての家族信託を進めるという判断も十分に合理的です。
まとめ:家族信託では目的の優先順位を整理することが重要です
ここまで、家族信託を組むと空き家特例が使えなくなる理由と、その対策について解説してきました。税金の問題は非常に重要ですが、忘れてはならないのは、そもそもなぜ家族信託を検討し始めたのか、という原点です。
多くの場合、その目的は「親の財産を認知症による資産凍結から守り、安心して生活を送れるようにすること」であるはずです。だとすれば、税金の特例が使えないというデメリットがあったとしても、資産管理を円滑に進めるという家族信託本来のメリットの方が大きいと判断されるケースは少なくありません。冒頭のA様も、まさにそうでした。
もちろん、ご家庭の状況や資産背景、そして何よりもご家族の価値観によって、最適な選択は異なります。「認知症対策」と「節税」、どちらを優先すべきか。あるいは、その両立を目指す道はないか。
一つの正解がないからこそ、安易に自己判断するのは危険です。様々な制度のメリット・デメリットを比較検討し、ご家族の状況に合わせたオーダーメイドの対策を考える必要があります。私たち司法書士は、法律や税務の知識を駆使して、様々な専門家と連携しながら、皆様の課題と多角的に向き合います。一人で悩まず、まずは一度、専門家にご相談ください。
ご家族の状況に合わせた最適なプランを一緒に考えます。
まずはお気軽にご相談ください。
家族信託について専門家に相談する
下北沢司法書士事務所 竹内友章

東京都世田谷区北沢にある下北沢司法書士事務所は、相続手続き、遺言作成、相続放棄、会社設立、不動産売却など、幅広い法務サービスを提供しています。代表の竹内友章は、不動産業界での経験を持ち、宅地建物取引士や管理業務主任者の資格を活かし、丁寧で分かりやすいサポートを心掛けています。下北沢駅から徒歩3分の便利な立地で、土日も対応可能です。お気軽にご相談ください。
家族信託の落とし穴|賃貸アパートの赤字は損益通算不可?
「家族信託は万能じゃない?」アパートオーナー様が知るべき税金の落とし穴
「認知症になると、アパートの管理や修繕、売却ができなくなるらしい」「その対策として、家族信託という方法が良いと聞いた」
最近、賃貸アパートを経営されているオーナー様から、このようなご相談をいただくことが増えました。確かに、家族信託は認知症による資産凍結を防ぐための、とても有効な手段の一つです。大切な資産をご家族のために守り、活かし続けることができる素晴らしい仕組みといえるでしょう。
しかし、万能に見える家族信託にも、特に賃貸アパートのオーナー様にとっては、思わぬ「落とし穴」が存在することをご存知でしょうか。
それは、税金に関する非常に重要なルールです。
具体的には、アパート経営に欠かせない外壁塗装や給排水設備の更新といった大規模修繕を行った結果、その年の不動産所得が赤字になってしまった場合。通常であれば、その赤字を給与所得など他の黒字の所得と相殺(損益通算)して、払いすぎた税金の還付を受けることができます。ですが、家族信託にすると、この損益通算が一切できなくなってしまうのです。
「え、どうして?」「それじゃあ、修繕費で出た赤字は全部自分で被らないといけないの?」そんな不安な声が聞こえてきそうです。
ご安心ください。この記事では、なぜ家族信託をすると損益通算ができなくなるのか、その仕組みと理由を専門家の視点から丁寧に解説します。そして何より、この大きなデメリットを回避するための具体的な対策を3つ、分かりやすくお伝えしていきます。
この記事を最後までお読みいただければ、税務上のリスクをしっかりと理解し、安心して家族信託の準備を進めることができるようになります。大切な資産とご家族を守るために、一緒に知識を深めていきましょう。高齢者詐欺対策と家族信託も合わせてご覧ください。
そもそも「損益通算」とは?不動産所得における税金の基本
家族信託の落とし穴についてお話しする前に、まずは「損益通算」という税金の基本的な仕組みについて、簡単におさらいしておきましょう。特に、会社員として給与を受け取りながらアパート経営をされている「サラリーマン大家さん」にとっては、非常になじみ深い制度かもしれませんね。
所得税は、個人の一年間のすべての所得を合計して計算されます。所得には給与所得、事業所得、不動産所得など、いくつかの種類があります。
「損益通算」とは、これらの所得のうち、ある所得で赤字(損失)が出た場合に、その赤字分を他の黒字の所得から差し引くことができる仕組みのことです。
例えば、アパート経営をしているAさんのケースで考えてみましょう。
- 給与所得:500万円
- 不動産所得:▲100万円(100万円の赤字)
この場合、もし損益通算がなければ、Aさんは給与所得の500万円に対して所得税が課税されます。しかし、損益通算ができると、給与所得の黒字500万円から不動産所得の赤字100万円を差し引くことができます。
500万円(給与所得) – 100万円(不動産所得の赤字) = 400万円
その結果、課税対象となる所得が400万円に減り、納めるべき所得税や住民税も安くなるのです。給与から天引き(源泉徴収)されている場合は、確定申告をすることで払いすぎていた税金が戻ってくる(還付される)ことになります。
このように、損益通算はアパートオーナーにとって、予期せぬ出費があった年の税負担を軽減してくれる、とても重要な制度なのです。この基本的な考え方を頭に入れた上で、次の章の本題に進んでいきましょう。不動産と税金についてもご興味があればご覧ください。

家族信託の税務上の罠「損益通算の禁止」とは?
さて、ここからがこの記事の核心です。なぜ、認知症対策として有効なはずの家族信託を利用すると、先ほどご説明した「損益通算」というメリットが使えなくなってしまうのでしょうか。
それは、「信託された不動産から生じた損失は、税務上なかったものとみなす」という特別なルールが法律で定められているからです。少し難しく聞こえるかもしれませんが、ご安心ください。一つずつ丁寧に解説していきますね。
このルールは、過去に信託の仕組みを悪用して不当に税金を安くしようとする「租税回避スキーム」が問題となったため、その対策として設けられました。具体的には、租税特別措置法という法律に根拠があります。健全な制度利用を守るためのルールではありますが、結果として、賃貸アパートのオーナー様にとっては注意すべき大きな制約となっているのです。家族信託が失敗しないためには、こうした税務上のルールもしっかりと理解しておくことが大切です。
信託不動産の赤字は「なかったもの」として扱われる
「損失はなかったものとみなされる」とは、具体的にどういうことでしょうか。先ほどのAさんの例で、アパートを家族信託していた場合を考えてみましょう。
Aさんは所有するアパートの大規模修繕を行い、その年の不動産所得が300万円の大きな赤字になりました。一方で、給与所得は変わらず500万円の黒字です。
【信託していない場合】
損益通算ができるので、課税所得は「500万円 – 300万円 = 200万円」となります。
【家族信託をしている場合】
信託不動産から生じた赤字300万円は、税金の計算上「0円」として扱われます。つまり、「なかったもの」とされてしまうのです。
そのため、給与所得の500万円と相殺することはできず、課税所得は「500万円 – 0円 = 500万円」のまま。Aさんは、500万円全額に対して所得税を納めなければなりません。
同じ状況でも、家族信託をしているか否かで、課税対象となる所得に300万円もの差が生まれてしまうのです。これは、オーナー様の手元に残るキャッシュに直接影響する、非常に大きな違いだということがお分かりいただけるかと思います。
複数の信託契約間でも損益通算はできない
複数の収益物件をお持ちのオーナー様が、特に注意すべき点があります。それは、損益の計算は「信託契約ごと」に独立して行われるということです。
例えば、アパートAとマンションBという2つの物件をお持ちのオーナー様が、長男を受託者として「アパートAの信託契約」を、長女を受託者として「マンションBの信託契約」を、それぞれ別々に結んだとします。
その年、アパートAの経営が大規模修繕で100万円の赤字になり、一方でマンションBは安定経営で200万円の黒字だったとしましょう。信託をしていなければ、この2つの不動産所得を合算し、「-100万円 + 200万円 = 100万円」の黒字として申告できます。
しかし、信託契約が別々の場合、アパートAの赤字とマンションBの黒字を相殺(損益通算)することはできません。
アパートAの赤字は「なかったもの」とされ、マンションBの黒字200万円に対してそのまま課税されてしまいます。良かれと思って組んだ信託が、かえって税務上の不利益を生んでしまう可能性があるのです。こうした信託契約の設計には専門的な調整作業が不可欠です。
司法書士が解説!損益通算禁止リスクを回避する3つの対策
ここまで読んで、「家族信託にはそんな大きな税務リスクがあるのか…」と不安に思われたかもしれません。ですが、ご安心ください。これらのリスクは、事前にきちんと理解し、計画的に対策を検討することで、影響を抑えられる可能性があります。
私たち司法書士は、信託契約や登記の専門家として、必要に応じて税理士とも連携しながら、お客様の状況に合わせた信託契約の設計をお手伝いしています。ここでは、その実務経験から導き出した、具体的で実践的な3つの対策をご紹介します。

対策①:大規模修繕など赤字が見込まれる計画は信託契約「前」に実行する
最もシンプルで、かつ効果的な対策は「タイミングを調整する」ことです。
もし、近い将来に外壁塗装や屋上の防水工事、給排水管の更新といった大規模修繕を計画しているのであれば、その計画を実行し、修繕費の計上と損益通算をすべて終えた「後」に家族信託契約を開始するのです。
順番を工夫するだけで、損益通算による税金の還付・軽減というメリットをしっかりと受け取った上で、その後に認知症対策としての家族信託のメリットも享受することができます。
もちろん、「いつ認知症になるか分からないから、対策は一日でも早く始めたい」というお気持ちもよく分かります。だからこそ、ご自身の健康状態やアパートの築年数、修繕計画などを総合的に考慮し、専門家と相談しながら最適なタイミングを見極めることが非常に重要になります。計画的に準備することで、将来の税務上・手続上のリスクを抑えやすくなります。
対策②:赤字不動産と黒字不動産を「一つの契約」でまとめて信託する
複数の収益物件をお持ちのオーナー様に有効な、少し高度な対策です。
先ほど、「信託契約が別々だと、その契約間での損益通算はできない」とご説明しました。これを逆手にとると、「同じ一つの信託契約の中であれば、損益通算は可能である」ということになります。
そこで、将来的に大規模修繕などで赤字になる可能性が高い築古のアパートと、安定して黒字を生み出している築浅のマンションを、「同じ一つの信託契約」にまとめて信託するという方法が考えられます。
こうすることで、信託契約の「内部」で、アパートの赤字とマンションの黒字が相殺されます。結果として、信託全体としての所得がプラスであれば、損益通算の禁止ルールによるデメリットを回避できる可能性があるのです。まさに信託する不動産の組み合わせが重要になります。
ただし、この方法は注意点もあります。そもそも信託は、不動産オーナー認知症対策・将来の争族対策・不動産管理をスムーズにするなどの目的でするものです。2つの賃貸物件を1つの信託契約にまとめて、これらの目的が達成される信託組成になっているのか、元々の目的を忘れて損益通算ばかりにとらわれていないか確認する姿勢が必要になります。
対策③:信託契約の設計で工夫する(追加信託の活用)
これは、司法書士ならではの専門的な視点を活かした、より柔軟な対策です。
それは、「追加信託」という仕組みを活用する方法です。具体的には、まず最初に、経営が安定している黒字物件だけで家族信託契約を開始します。そして、大規模修繕の計画がある赤字見込みの物件については、その修繕と損益通算が完了した後に、既存の信託契約に「追加」で組み入れるのです。
この方法を実現するためには、最初の信託契約書を作成する段階で、あらかじめ「将来、他の不動産を追加で信託できる」という旨の条項を盛り込んでおくことが極めて重要です。
この対策には、将来の状況変化に対応しやすくなるという利点があります。まずは緊急性の高い資産凍結対策から始めつつ、状況の変化に合わせて柔軟に信託の内容を見直していくことができます。このような個別事情に応じた契約設計では、司法書士や税理士といった専門家が連携してご提案できる価値だと考えています。より詳しい手続きについては、「信託不動産の登記手続き」をご覧ください。
【当事務所の見解】信託財産から生じる損失の考え方
ここまでお読みいただき、家族信託における不動産所得の損失の扱いが、いかに特別で注意が必要か、ご理解いただけたかと思います。
私たち司法書士がお客様にご説明する際、特に大切にしているポイントがいくつかあります。それは、この「損失はなかったものとみなす」というルールが、実は不動産所得にだけ課せられた、かなり厳しいルールだということです。
例えば、同じ家族信託でも、信託した財産が上場株式などの有価証券だった場合、その売却で損失が出たとしても、配当所得と損益通算したり、翌年以降に損失を繰り越したりすることが認められています。しかし、賃貸不動産から生じる赤字だけは、それが一切許されないのです。
アパート経営をされていると、大口のテナントさんが退去してしまったり、今回のテーマである大規模修繕が必要になったりと、不動産所得が赤字になることは決して珍しいことではありません。だからこそ、この税務上のルールを知らずに信託を組んでしまうと、後で「こんなはずではなかった」と後悔することになりかねないのです。
もう一つ、実務家として補足しておきたい大切な視点があります。それは、大規模修繕の工事内容によって、税務上の扱いが変わってくる、という点です。
工事にかかった費用が、建物の価値を高めたり耐久性を増したりする「資本的支出」と判断されるか、それとも通常の維持管理のための「修繕費」と判断されるか。もし「修繕費」であれば、その年に一括で経費に計上するため、大きな赤字が出やすくなります。一方で「資本的支出」と判断されれば、一度資産として計上し、何年かに分けて減価償却費として費用化していくため、単年度での赤字は出にくくなります。
この判断は非常に専門的であり、税理士の先生との緊密な連携が不可欠です。私たちは、相続税申告など税務の専門家と連携しながら、お客様にとって最善の信託設計をご提案することを常に心がけています。
まとめ:家族信託は計画的に。税務の専門家と一緒に進めましょう
今回は、家族信託の税務上の大きな落とし穴である「損益通算の禁止」について、その仕組みと具体的な対策を詳しく解説しました。
改めて大切なポイントを振り返ってみましょう。
- 家族信託した賃貸アパートで大規模修繕などにより赤字が出ても、その赤字は給与所得など他の黒字所得と損益通算できない。
- このリスクは、修繕後に信託を開始する、複数の物件を一つの契約で信託するなど、計画的な対策で回避することが可能。
家族信託は、認知症による資産凍結を防ぎ、ご家族による柔軟な財産管理を実現するとても有効な手段です。しかし、その一方で、今回ご説明したような税務上の重要な注意点も存在します。
大切なのは、メリットだけに目を向けるのではなく、デメリットもしっかりと理解した上で、ご自身の状況に合わせた最適な判断をすることです。そして、そのためには専門家のサポートが不可欠です。
「うちの場合は、どの対策が一番良いのだろう?」「修繕の計画もあるし、一度相談してみたい」
もし少しでもご不安や疑問を感じたら、どうぞお気軽に私たち下北沢司法書士事務所にご相談ください。信託契約や登記の面を中心に、必要に応じて税理士などの専門家とも連携しながら、あなたとご家族に合った進め方を一緒に考えさせていただきます。制度ごとの費用比較なども含め、丁寧にお話を伺い、あなたにとって最良のご提案をいたします。
下北沢司法書士事務所 竹内友章

東京都世田谷区北沢にある下北沢司法書士事務所は、相続手続き、遺言作成、相続放棄、会社設立、不動産売却など、幅広い法務サービスを提供しています。代表の竹内友章は、不動産業界での経験を持ち、宅地建物取引士や管理業務主任者の資格を活かし、丁寧で分かりやすいサポートを心掛けています。下北沢駅から徒歩3分の便利な立地で、土日も対応可能です。お気軽にご相談ください。
成年後見人は会いに来ない?訪問頻度のリアルと個別対応の理由
「成年後見人は会いに来ない」は本当?ある司法書士の現場から
「成年後見人になったのに、一度も本人に会いにこない」
インターネットやメディアで、時折このような成年後見制度に対する批判的な声を目にすることがあります。大切なご家族を専門家に託そうと考えている方にとって、このような話は「本当に任せて大丈夫だろうか」「放置されてしまうのではないか」と、大きな不安を感じさせるものだと思います。
しばらく前に、YouTubeでどこかの地方テレビ局が成年後見制度について特集しているものを見ました。主に1つの事例をとりあげつつ、担当する成年後見人(多分、司法書士か弁護士さんだと思います)の対応を批判しながら制度全体の問題点を取り上げるものでした。その批判の1つに「成年後見人が本人に一度も会いにこない」というものがありました。司法書士として多くの成年後見業務に携わる私自身の現場感覚から申し上げますと、後見人が一度もご本人に会わない、ということは極めて稀なケースです。たとえご本人が他者との会話が難しい状態であっても、その方の財産を守り、生活を支える手続きを担う以上、直接お会いして状況を把握することは基本的な対応だと考えています。
ただ、実際の後見業務では、一般的な説明だけでは整理しきれない個別事情があるのも事実です。例えば、コロナ禍の真っただ中、私が後見人に就任した方で、施設側から「感染症対策のため、なるべく面会は控えてほしい」と強く要請されたことがありました。施設側の事情も十分に理解でき、約1年後のコロナが明けないタイミングでその方は亡くなりました。結果的に一度もお会いしませんでした。
また、医療上の都合で、無理に面会することがご本人や病院、ご家族にとってかえって大きな負担になってしまうケースもあります。このような時、杓子定規に「後見人だから会わなければならない」と押し通すことが、本当にご本人のためになるのでしょうか。
大切なのは、画一的なルールを当てはめることではなく、ご本人、そしてその方を支える周りの方々の状況も尊重しながら、最適な関わり方を見つけていくことだと私は信じています。この記事では、「後見人は会いに来ない」といわれる背景について、現場の実情に即してお話ししたいと思います。成年後見制度の全体像については、法定後見・任意後見で体系的に解説していますので、併せてご覧ください。
成年後見人の訪問、基本は「月に一度」が目安
では、成年後見人はどれくらいの頻度でご本人に会いに来るのが一般的なのでしょうか。多くの弁護士や司法書士といった専門職の間で、一つの目安とされているのが「月に一度」という頻度です。

なぜ「月に一度」?身上保護と財産管理の観点から
「月に一度」という目安には、成年後見人の2つの大きな仕事である「身上保護」と「財産管理」が深く関わっています。
身上保護とは、ご本人が安心して穏やかな生活を送れるように、生活環境や心身の状態に配慮することです。月に一度お会いすることで、
- お顔の色や表情から、健康状態に変化はないか
- 施設での生活に不満や困りごとはないか
- 衣類や日用品で不足しているものはないか
といった細やかな変化に気づくことができます。直接お会いして言葉を交わす時間は、ご本人の状態を把握する上で何よりも大切な情報源となるのです。
一方の財産管理は、ご本人の財産を守り、生活に必要な費用を適切に管理することです。例えば、施設で使うお小遣いが不足していないかを確認し補充したり、急な入院などで予期せぬ出費が必要になったりする場合にも、定期的に状況を把握していればスムーズに対応できます。このように、ご本人の生活実態に合わせた金銭の管理を行うためにも、月一回程度の訪問は理にかなっていると言えます。
法的義務はある?家庭裁判所への報告との関係
「成年後見人は月1回以上訪問しなければならない」といった法律上の明確な義務はありません。しかし、だからといって訪問しなくてもよい、ということにはなりません。
私たち後見人は、家庭裁判所に対して年に一度、ご本人の財産状況や生活の様子を報告する義務を負っています。そして近年、家庭裁判所が提出を求める報告書の書式が変わり、後見人がご本人とどのくらいの頻度で、どのような方法(直接面会、電話、オンラインなど)で交流しているかを具体的に記載する欄が設けられました。
これは、裁判所が後見人によるご本人との直接的な関わりを非常に重視していることの表れです。適切な報告書を作成するためには、当然ながら定期的にご本人とお会いし、その状況をきちんと把握しておく必要があります。この報告義務が、間接的に定期的な訪問を促す仕組みとして機能しているのです。場合によっては、裁判所が後見人の業務を監督するために後見監督人を選任することもあります。
家庭裁判所が使用している報告書の書式については、以下のウェブサイトで確認することができます。
訪問頻度が変動する「5つの個別事情」
「月に一度」はあくまで目安です。実際には、ご本人やご家族を取り巻く様々な状況によって、訪問頻度は柔軟に変わってきます。「訪問が少ない=仕事をしていない」と一概に言えないのは、ここに理由があります。ここでは、訪問頻度が変動する代表的な5つの事情について解説します。
1. ご本人の健康状態や意思疎通の可否
ご本人の心身の状態は、訪問頻度を決める最も大きな要因です。例えば、ご自身の希望や考えをはっきり伝えられる方であれば、必要なものを伺ったり、相談に乗ったりするために、訪問回数が自然と多くなることがあります。
一方で、重度の認知症であったり、寝たきりの状態であったりして、面会そのものがご本人の穏やかな生活を妨げてしまう可能性も考えられます。そのような場合は、無理に訪問回数を増やすのではなく、施設や病院のスタッフの方々と密に連携を取り、間接的にご本人の様子を把握する方が、結果的にご本人のためになることもあるのです。回数にこだわるのではなく、ご本人の状態に合わせた最適な方法で状況を見守ることが重要です。入院時の対応など、医療機関との連携も後見人の大切な仕事の一つです。
2. 生活環境(在宅、施設入所など)の違い
ご本人がどこで暮らしているかによっても、訪問の必要性は変わります。もしご自宅で一人暮らしをされているのであれば、生活に困っていることはないか、安全に暮らせているかといった安否確認の意味合いも強くなるため、訪問頻度は高くなる傾向があります。
これに対し、施設に入所されている場合は、日常的なご本人の様子を施設スタッフの方々から詳しく聞くことができます。そのため、後見人が直接訪問する回数は少なくなるかもしれませんが、その分、施設との良好な関係を築き、情報共有を密にすることが、適切な後見業務につながるのです。施設への入所や転居が関わる場面では、特にご本人やご家族とのコミュニケーションが重要になります。

3. 不動産売却など特別な財産管理の有無
後見業務には、日々の金銭管理だけでなく、特別な手続きが必要になる時期があります。例えば、後見が始まった直後の財産調査や、ご本人の生活費・施設費を捻出するための不動産売却、遺産分割協議への参加といった大きなイベントがある期間は、ご本人への報告や意思確認のために、月に数回お会いするなど、訪問頻度は格段に増えます。
逆に、こうした大きな手続きが一段落し、財産の状況が安定して毎月の収支管理が中心となる「安定期」に入ると、訪問頻度は目安通りか、ご本人の状況によっては数ヶ月に一度となるケースもあります。後見人の仕事には、このように波があることをご理解いただけると幸いです。
4. ご家族との関係性や協力体制
ご家族との連携も、訪問頻度を決める大切な要素です。ご家族がこまめにご本人に面会し、その様子を後見人に共有してくださるような協力的な関係が築けている場合、後見人としての訪問は、ご家族の面会と重複しないように調整することがあります。
反対に、ご家族が遠方にお住まいだったり、ご高齢でなかなか会いに行けなかったりする場合には、「家族の代わりに様子を見てきてほしい」というご要望をいただくことも少なくありません。私自身も、そうしたご親族の想いに応える形で、月に一度の訪問を続けているケースがあります。後見人はご家族にとっても頼れるパートナーでありたいと考えています。また、ご家族が遠方に住んでいても、後見人になることは可能です。
5. 感染症対策など社会的な制約
後見人の意向だけではどうにもならない、社会的な事情によって訪問が制限されることもあります。冒頭でも触れましたが、新型コロナウイルスの流行時には、多くの高齢者施設で面会が厳しく制限されました。
このような状況では、後見人として訪問したくても物理的にできなくなってしまいます。その場合は、電話やオンライン面会に切り替えたり、施設職員の方からこまめに様子を伺ったりすることで、ご本人の状況把握に努めます。これは「訪問しない」のではなく、「訪問できない」正当な理由の一例であり、後見人が職務を怠っているわけではないことをご理解いただければと思います。
後見人との良好な関係を築くためにできること
ここまで読んでいただき、成年後見人の訪問頻度が一律ではない理由がお分かりいただけたかと思います。それでは最後に、これから制度の利用を考える方が、後見人とのすれ違いを防ぎ、良い関係を築くためにできることをご紹介します。
申立て前:後見人候補者との面談で希望を伝える
成年後見の申立てをする前に、後見人の候補者となる司法書士や弁護士と直接話す機会を持つことを強くお勧めします。その面談の場で、ご家族として後見人に期待することを具体的に伝えてみましょう。
例えば、「月に一度は本人のもとへ足を運んでいただき、その時の様子を簡単で結構ですのでメールで教えていただけますか?」といった形です。事前にこうした希望を伝えておくことで、お互いの認識のズレがなくなり、後々の「こんなはずではなかった」というトラブルを防ぐことができます。これは、申立て前の準備として非常に重要です。
開始後:不安な時はまず後見人に直接尋ねてみる
後見が始まった後、もし訪問の頻度やご本人の様子が気になったり、不安に感じたりした時は、一人で抱え込まずに、まずは後見人に直接連絡を取ってみてください。
その際、感情的に「なぜ来てくれないのですか!」と問い詰めるのではなく、「最近、母(父)の様子はいかがでしょうか?」と、穏やかに尋ねてみるのが良いでしょう。専門職後見人は多くの案件を抱えていることもありますが、ご家族からのご連絡は、ご本人の状況を改めてお伝えする良いきっかけになります。
後見人は、ご家族と対立するための存在ではなく、ご本人を支える関係者の一員です。建設的なコミュニケーションが、信頼関係を深め、より良いサポートにつながっていきます。私たちは、ご家族が円満でいられるような後見を目指しています。
まとめ:訪問頻度は「回数」もさることながら「質」と「信頼関係」が重要
成年後見人の訪問頻度は「月に一度」が一般的な目安ですが、それは決して絶対的なルールではありません。ご本人の健康状態、生活環境、ご家族との関係など、様々な事情を考慮した上で、一人ひとりに合わせた柔軟な対応が行われています。
本当に大切なのは、訪問の「回数」という数字に一喜一憂することではなく、その後見人がご本人の状況をきちんと把握し、その時々で最も必要なサポートを提供しているかという「業務の質」です。そして、それを支えるのが、ご家族と後見人との間の「信頼関係」に他なりません。
この記事が、「後見人は会いに来ないのではないか」というあなたの不安を和らげ、成年後見制度を正しく理解する一助となれば幸いです。認知症への備えには、様々な制度の選択肢があります。もし具体的なご心配ごとがございましたら、どうぞお気軽に当事務所にご相談ください。
下北沢司法書士事務所 竹内友章

東京都世田谷区北沢にある下北沢司法書士事務所は、相続手続き、遺言作成、相続放棄、会社設立、不動産売却など、幅広い法務サービスを提供しています。代表の竹内友章は、不動産業界での経験を持ち、宅地建物取引士や管理業務主任者の資格を活かし、丁寧で分かりやすいサポートを心掛けています。下北沢駅から徒歩3分の便利な立地で、土日も対応可能です。お気軽にご相談ください。
相続税申告まで3ヶ月!間に合わない時の遺産分割協議テクニック
【残り3ヶ月】相続税申告に間に合わない…その焦り、あなただけではありません
「叔父(叔母)が亡くなってから、あっという間に数ヶ月。気づけば相続税の申告期限まで、もう3ヶ月しかない…」
あなたが今、このページを読んでいるということは、きっとこのような状況で強い焦りを感じているのではないでしょうか。他の相続人との話し合いは進まず、銀行や役所の手続きは複雑で、手続きに時間がかかり、申告期限までの余裕が少なくなっていきます。特に、甥・姪という立場で相続手続きを主導されている場合、そのプレッシャーは計り知れないものがあるでしょう。
「このままでは期限に間に合わないかもしれない」「もしペナルティを受けたら、どうしよう…」
その焦りや不安、決してあなただけが感じているものではありません。相続は、誰にとっても経験のないことばかり。ましてや、相続手続きの難しさは、精神的な負担につながることがあります。
でも、ご安心ください。まだ打つ手はあります。この記事では、単なる法律の解説ではなく、申告期限が迫る中で遺産分割協議を一気に加速させるための、具体的で実践的なテクニックをご紹介します。それは『端数カット・経費一括引き受け』という考え方です。この方法が、現在の課題を整理し、次に取るべき対応を考えるきっかけになるかもしれません。
気が付くのが遅れた・・?申告期限間際にありがちな2つの課題
相続税の申告期限が迫っている中、まだ遺産分割の話し合いを全くしていない。こういう状況の中、実は遺産分割協議の内容そのものの他にも課題があります。例えば具体的な相続金額の確定。遺産分割協議書において「Aは2分の1を相続する」のように割合で定めた場合、では実際にこの金額がいくらか確定しなければなりません。簡単なようで、ここで相続人同士の金額の認識がずれることがあります。そうするとトラブルの基になるのでみなさんに相続した預貯金がいくらになるか金額を記した「清算表」を作成して確認していただくのがベストですがそれはやはりある程度時間がかかります。また、割合だけを示した遺産分割協議書だと、銀行での手続きも大変になる場合があり、これも時間がかかる要因になります。
【解決策】『端数カット・経費一括引き受け』で協議を一気に加速させる
申告期限が迫る中で協議を進めやすくするために、司法書士が実務で使う方法の1つ。それが『端数カット・経費一括引き受け』です。
これは、手続きを主導するあなた自身が少しだけ多く負担を引き受ける代わりに、煩雑な計算や交渉をすべて省略し、合意形成のスピードを最優先させるという考え方です。一見すると損をしているように感じるかもしれませんが、「時間」という何物にも代えがたい価値を得て、無申告加算税などのペナルティを回避できると考えれば、非常に合理的な選択肢と言えるでしょう。
手法①:主要な相続人以外は「〇〇円」と金額を固定する(端数カット)
まず一つ目のテクニックは、手続きを主導するあなた以外の相続人が受け取る預貯金の金額を、「100万円」「200万円」といったキリの良い数字で確定させてしまう方法です。
例えば、法定相続分どおりに計算すると取り分が「123万4,567円」になる相続人に対して、「120万円ではいかがでしょうか」と提案するのです。これにより、以下のようなメリットが生まれます。
- 1円単位の端数計算や、相続開始後の利息計算が一切不要になる。
- 他の相続人は、自分の取り分が明確になり、納得しやすい。
- 後の清算手続き(銀行からの振込など)が非常にシンプルになる。
もちろん、法定相続分より少ない金額を提案することになるため、その分、手続きの手間をすべて引き受けることなどを誠実に説明する必要があります。しかし、この方法は、遺産分割協議書に預貯金の金額をどう書くかという問題を整理し、議論の停滞を防ぐ方法の一つとなります。
手法②:手続きの経費は主導者がすべて引き受ける(経費一括引き受け)
二つ目のテクニックは、葬儀費用、司法書士や税理士への報酬など、相続手続きにかかる一切の経費を、手続きを主導するあなたがすべて負担するというものです。
その代わり、他の相続人には経費を差し引く前の金額(前述の「120万円」など)をそのまま渡し、残りの財産はすべてあなたが相続するという形にします。これにより、他の相続人は次のようなメリットを感じるでしょう。
- 面倒な経費の計算や負担に関する話し合いから完全に解放される。
- 自分が受け取れる純粋な金額だけを考えればよいため、判断がしやすい。
手続きを主導するあなたにとっても、実は大きなメリットがあります。相続税の申告上、葬儀費用は相続財産から控除することができるため、あなたが全額を負担しても、その分、課税対象となる財産が減り、相続税額を抑える効果が期待できるのです。これは、専門家の視点から見ても非常に合理的な方法と言えます。
【実践編】この手法を使った遺産分割協議書の書き方(文例付き)
この『端数カット・経費一括引き受け』という手法は、私が実際に多くのご相談者様に提案し、期限が迫った状況を何度も乗り越えてきた実績のある方法です。
以前、ホームページをご覧になった中野区のAさんから、慌てたご様子でお電話をいただいたことがあります。
「おばが亡くなったのですが、相続税申告の期限が10ヶ月しかないことに気づかず、もう半年も過ぎてしまって…。いくつかの事務所に問い合わせたのですが、期限が近いからと断られてしまったんです。どうにかなりませんか?」
私はAさんとお会いし、まさにこの方法を提案しました。
「協議と清算手続きを早く進めるには、遺産分割協議書の書き方が鍵になります。まず、中心となるAさん以外の相続人の方には『金〇〇円を相続する』と金額をはっきり決めましょう。法定相続分より少し少ないくらいの金額が良いと思います。そして、葬儀費用や税理士報酬などの経費は、すべてAさんが負担する。こうすれば、各相続人の負担額を計算したり、説明したりする時間をすべてカットできます」
Aさんはこの提案に納得され、私はすぐに戸籍収集を開始。各相続人の方へ相続人になったことのお知らせと、相続額のご提案を手紙でお送りしました。申告期限が迫っていることも正直にお伝えしたところ、幸いにも皆様にご同意いただき、無事に期限内に申告を終えることができたのです。
この時に使ったような、実務上参考になる遺産分割協議書の文例をご紹介します。
文例:預貯金の金額指定と残余財産の包括的取得を明記する
この書き方のポイントは、特定の相続人の取り分を「金額」で確定させ、残りの財産は主導者(あなた)がすべて取得する、と明確に分ける点です。
第〇条 相続人Bは、以下の財産を取得する。
(1) 現金 金1,200,000円
第〇条 相続人A(あなたの名前)は、前条記載の財産を除く、被相続人(亡くなった方の名前)名義のその一切の財産(預貯金、不動産、有価証券等、債務を含むがこれらに限られない)を取得する。
このように記載することで、相続人Bの取り分が確定し、あなたは残りの財産を包括的に相続できるため、後から判明しなかった財産が出てきた場合でも、その財産はあなたが取得することになります。この「その他一切の財産」という一文は、手続きを簡略化する上で非常に重要です。
文例:葬儀費用や専門家報酬などの経費負担者を明記する
次に、経費負担について明確に定めます。これにより、他の相続人は経費について一切心配する必要がなくなり、合意を得やすくなります。
第〇条 被相続人の葬儀に関する費用、および本遺産分割協議とこれに関する相続手続きに要した一切の費用(司法書士、税理士等への報酬を含む)は、すべて相続人A(あなたの名前)が負担する。
この一文があることで、他の相続人は「後から何か請求されるのではないか」という不安から解放されます。遠方に住んでいるなど、これまで遺産分割協議書を郵送でやり取りする必要がある場合でも、話がシンプルになり、スムーズに進めやすくなるでしょう。
他の相続人への伝え方と注意点
どんなに優れた提案でも、伝え方一つで相手の受け取り方は大きく変わります。特に相続の話し合いでは、法律論だけでなく、感情面への配慮が不可欠です。心理カウンセラーの資格を持つ司法書士として、円満な合意形成のためのコミュニケーションのポイントと、この手法を使う上での注意点をお伝えします。

メリットを強調する「早く、手間なく、確実にもらえる」
この提案を他の相続人にする際は、あなたの都合ではなく、「相手にとってのメリット」を先に伝えることが重要です。
「この方法なら、面倒な計算や手続きはこちらで引き受けますので、皆さんには確定した金額を、できるだけ早く、手間を抑えてお渡しできるよう進めます」
「何より、全員で協力して申告期限を守ることで、無申告によるペナルティのリスクを抑えやすくなります」
このように、相手の負担が減り、利益が確定するという点を強調することで、感情的な対立を避け、合理的な判断を促すことができます。特に、普段あまり付き合いのない疎遠な親族が相続人にいる場合は、手続きの簡潔さが大きな魅力となるでしょう。遺産分割協議の話し合い方には、こうした少しの工夫が大切です。
それでも間に合わないときは「未分割申告」という選択肢も
ご紹介した手法を試しても、どうしても相続人全員の合意が得られず、申告期限が目前に迫ってしまった…。そんな時のための最終手段が「未分割申告」です。
これは、ひとまず法定相続分で財産を分けたと仮定して相続税の申告と納税を済ませておき、後日、遺産分割協議がまとまった時点であらためて申告をやり直す、という手続きです。あくまで緊急避難的な措置ですが、期限内に適切な申告を行うことで、無申告となるリスクを避けることができます。
ただし、この未分割申告には大きなデメリットがあります。それは、相続税額を大幅に軽減できる「配偶者の税額軽減」や「小規模宅地等の特例」といった重要な特例が、一旦使えなくなってしまうことです。(※申告期限から3年以内に分割が確定すれば、後から適用を受けることは可能です)
まずは期限内に遺産分割をまとめることを目指し、この方法は期限内申告を行うための対応策として覚えておくと良いでしょう。不動産の相続登記と相続税申告は密接に関係しており、どちらも期限を意識することが大切です。
まとめ:期限が迫った時こそ、専門家の知恵を頼ってください
相続税申告の期限が迫る中での遺産分割協議は、精神的にも時間的にも大きな負担がかかります。今回ご紹介した『端数カット・経費一括引き受け』は、協議が進まない状況を整理するための方法の一つとなり得ます。
しかし、この記事でご紹介した方法はあくまで一つのテクニックに過ぎません。相続の形は、ご家族の数だけ存在し、最適な解決策もそれぞれ異なります。
- 自分たちだけで進めるのは、もう限界かもしれない…。
- 他の相続人への伝え方や交渉に、どうしても不安がある…。
- そもそも、何から手をつけていいのか分からない…。
もしあなたがそう感じているなら、どうか一人で抱え込まないでください。期限が迫っている時こそ、専門家の知恵と経験を頼るべきです。私たち司法書士は、法律の専門家であると同時に、複雑に絡み合った人間関係を整理し、相続問題の相談相手として皆様の心の負担を軽くするお手伝いもできます。
下北沢司法書士事務所では、法律面と心理面の双方に配慮しながら、あなたとご家族に合った解決方法を一緒に検討します。初回のご相談は無料です。まずは、あなたの今の状況をお聞かせください。きっと、解決への道筋が見えてくるはずです。
下北沢司法書士事務所 竹内友章

東京都世田谷区北沢にある下北沢司法書士事務所は、相続手続き、遺言作成、相続放棄、会社設立、不動産売却など、幅広い法務サービスを提供しています。代表の竹内友章は、不動産業界での経験を持ち、宅地建物取引士や管理業務主任者の資格を活かし、丁寧で分かりやすいサポートを心掛けています。下北沢駅から徒歩3分の便利な立地で、土日も対応可能です。お気軽にご相談ください。
家族信託は証券会社の壁で頓挫する?株式・投資信託の壁を越える方法
なぜ?家族信託が「証券会社の壁」に阻まれる3つの本当の理由
「親の認知症に備えて、株式や投資信託を家族信託で管理したい」——そうお考えの方が、まず直面するのが「証券会社の壁」です。法律上は可能なはずなのに、いざ証券会社の窓口に相談すると、担当者から曖昧な返事をされたり、手続きが進まないケースが後をたちません。なぜ、このようなことが起こるのでしょうか。
単に「対応している金融機関が少ないから」という表面的な理由だけでは、この問題の本質は見えてきません。現場では、信託制度自体への理解が十分に進んでおらず、たとえ法的に有効な信託契約書があったとしても、金融機関側の事情で手続きが滞ってしまうのが実情です。ここでは、証券会社が家族信託に簡単には応じない、3つの根深い理由を解説します。
理由1:前例主義とマネーロンダリングへの警戒
金融機関、特に証券会社が家族信託に慎重になる第一の理由は、前例が少ないことへの抵抗感と、マネーロンダリング(資金洗浄)をはじめとする不正利用への強い警戒心です。
証券会社から見れば、信託契約によって財産の所有者(委託者)と管理者(受託者)が別人になるという仕組みは、非常に複雑です。たとえ信託契約書が存在しても、「受託者である家族が、本当に契約内容に沿って受益者(親)のために財産を適切に管理するのか」を継続的に監視することはできません。万が一、受託者が信託財産を私的に流用したり、悪意のある第三者による高齢者を狙った詐欺の温床になったりするリスクを考えると、前例の少ない取引には二の足を踏んでしまうのが金融機関側の本音なのです。

理由2:システム・事務手続きが対応していない
第二に、法的な問題以前に、証券会社によっては社内システムや事務手続きのフローが、家族信託という特殊な形態に対応しきれていないという物理的な壁があります。
通常の証券口座は、一人の名義人が所有し、取引を行うことを前提にシステムが構築されています。しかし、家族信託では「委託者」から財産を預かり、「受託者」がその財産を管理・運用するという二重の構造になります。この「委託者兼受益者〇〇 受託者△△」といった特殊な名義をシステム上で登録すること自体が困難な場合が多いのです。
さらに、以下のような実務上の問題も発生します。
- 特定口座が利用できない:多くの場合、信託された株式は「一般口座」での管理となり、確定申告の手間が大幅に増えます。
- NISA口座は対象外:NISA(少額投資非課税制度)は個人のための制度であり、信託財産として引き継ぐことはできません。
- 配当金の受取口座設定の煩雑さ:配当金を誰の口座で受け取るのか、その設定手続きが非常に複雑になります。
これらの問題は、窓口担当者個人の知識や裁量では解決できない「組織としての壁」です。相続手続きにおける金融機関とのやり取りの難しさと同様に、制度疲労ともいえる側面があるのです。
理由3:信託契約書のリーガルチェックという重い負担
第三の理由は、証券会社側にかかる「リーガルチェックの負担」です。仮に証券会社が信託口口座の開設を検討するとしても、顧客が持ち込む信託契約書をそのまま受け入れるわけにはいきません。
その契約書が法的に有効か、自社の内規に抵触しないか、そして将来的なトラブルのリスクを抱えていないかなど、法務部やコンプライアンス部が一件一件、詳細に審査する必要があります。この審査には、多大な時間と専門知識、そして人件費というコストがかかります。
特に、専門家が関与せず当事者だけで作成した契約書は、条文の不備や曖昧な表現が多く、証券会社が受け入れることはまずありません。金融機関が「専門家が作成した公正証書」を条件とすることが多いのは、このリーガルチェックの負担を少しでも軽減し、契約内容の信頼性を担保したいという背景があるのです。この金融機関との調整作業こそが、家族信託を成功させるための隠れた重要ポイントと言えるでしょう。
【相談事例】株式の信託を諦めたAさんのケース
ここで、当事務所で実際にあったご相談事例をご紹介します。この事例は、株式の信託がいかに現実的な課題を伴うか、そして専門家がどのように状況を整理し、解決へと導くかを示唆しています。
ご相談者のAさんは渋谷区にお住まいですが、埼玉県志木市でマンションにお住まいのお父様の財産管理について、まず遺言作成のご依頼をくださいました。その過程で、お父様の認知症リスクに備え、ご実家のマンションをスムーズに売却できるよう家族信託を検討することになりました。
信託の主な目的は不動産の管理でしたが、お父様が少額ながら株式を保有していることも判明しました。私はAさんとお父様に、次のような問いかけをしました。
「株式も今回の家族信託の対象になさいますか? もし対象にする場合、少し課題があります」
Aさんが「どんな課題ですか?」と尋ねるので、私は率直に現状をお伝えしました。
「株式を信託財産にすること自体は法的に問題ありません。ただ、現実問題として、株式を管理している証券会社が、受託者となるAさん名義での売却手続きなどに応じてくれるかは分かりません。不動産であれば登記によって受託者であることが公的に証明されるので問題ないのですが…。もしよろしければ、私から証券会社に連絡して、手続きが可能かどうか調整しましょうか?」
この説明に、Aさんは驚かれた様子でした。株式の信託には、不動産とは異なるハードルがあることを初めて認識されたのです。
お父様が保有する株式は、過去に何かの付き合いで購入したもので、ご本人もその経緯をよく覚えていませんでした。主な財産はあくまでマンションであり、株式の運用を積極的に続ける意向もありませんでした。
状況を整理した結果、Aさんはこう決断されました。
「分かりました。株は無理に信託にしなくても良いと思います。こんな少しだけ持っているのも面倒ですし、父が元気なうちに売却してしまおうと思います」
後日、Aさんはお父様の手伝いのもと、無事に株式を売却されました。このケースでは、信託の目的(不動産の円滑な売却)を明確にし、株式の相続手続きのような複雑さを回避することで、よりシンプルで現実的な解決策を選択できたのです。
放置は危険!判断能力低下後に待つ「塩漬け株」という最悪のシナリオ
「証券会社との交渉が面倒なら、とりあえずそのままにしておこう」——そう考えるのは非常に危険です。もし、何も対策をしないまま親の判断能力が低下してしまったら、どうなるでしょうか。
その先に待っているのは、証券口座が事実上凍結され、保有している株式や投資信託が売ることも買うこともできない「塩漬け株」という最悪のシナリオです。
例えば、急激な市場の変動で株価が暴落しても、損切りをしたくてもできません。逆に、介護施設の入居一時金など、まとまった現金が必要になったとしても、株式を売却して現金化することができなくなります。大切な資産について、必要なタイミングで売却や換金ができない可能性があります。
「その時は成年後見制度を使えばいいのでは?」と考える方もいるかもしれません。しかし、成年後見制度はあくまでご本人の財産を「保護」するための制度です。後見人が就任したとしても、本人財産を保護する観点から、リスクのある株式を積極的に売買・運用することは原則として慎重に扱われます。財産を柔軟に活用するという点では、家族信託と成年後見ではお金の使い方が大きく異なります。資産凍結という事態を避けるためには、判断能力がはっきりしている「今」、行動を起こすことが不可欠なのです。

証券会社への対応で検討したい3つの実践的対策
では、この「証券会社の壁」といえる実務上の課題に対応するために、私たちは具体的にどのような対策を取ればよいのでしょうか。ご家庭の状況や資産の内容によって最適な方法は異なります。ここでは、3つの実践的な対策を、それぞれのメリット・デメリットと共にご紹介します。
対策1:元気なうちに売却し、現金を信託する(シンプルで確実)
比較的シンプルで、実務上選択しやすい方法がこれです。親の判断能力がしっかりしているうちに、保有している株式や投資信託をすべて売却し、得られた現金を信託財産として信託口口座で管理します。
- メリット:
手続きが非常にシンプルです。信託口口座は多くの銀行で開設可能であり、「証券会社の壁」に悩まされることがありません。Aさんの事例のように、保有株式が少額であったり、今後の積極的な運用を望んでいない場合には、最も合理的な選択肢となります。 - デメリット:
売却によって利益が出た場合、譲渡所得税が課税されます。また、当然ながら今後の値上がりによる運用益は期待できなくなります。
対策2:家族信託に対応可能な証券会社へ移管する(上級者向け)
どうしても株式や投資信託を保有したまま信託したい、という場合の選択肢です。数は非常に少ないですが、家族信託に対応している証券会社も存在します。現在の証券会社から、対応可能な証券会社へ株式等を移管し、そこで信託口口座を開設する方法です。
- メリット:
株式を売却せずに信託できるため、譲渡所得税がかからず、継続的な運用が可能です。株主優待や配当金を受け取り続けることもできます。 - デメリット:
手続きの難易度が非常に高いのが最大のデメリットです。この方法を成功させるには、司法書士などの専門家による「念入りな事前調整」が不可欠です。具体的には、移管先の証券会社に対し、作成する信託契約書の内容で問題ないか、信託したい銘柄が取り扱い可能か、手数料はいくらかかるかなど、あらゆる論点を事前に確認し、クリアにしておく必要があります。この調整を怠ると、株式の名義変更手続きの途中で頓挫するリスクが極めて高くなります。
対策3:証券会社の「代理人登録」を活用する(限定的な対策)
家族信託の代替案として、多くの証券会社が用意している「代理人登録」や「取引代理人」といった制度を活用する方法もあります。これは、口座名義人本人に代わって、登録した代理人(多くは家族)が取引を行えるようにする手続きです。
- メリット:
家族信託に比べて手続きが簡単で、コストもほとんどかかりません。急な株価変動時など、本人が対応できない場合に備える一時的な対策として有効です。 - デメリット:
これはあくまで「代理」行為であるため、口座名義人本人の判断能力が低下したと証券会社が判断した場合、代理人であっても取引ができなくなる可能性があります。また、代理人の権限は売買注文などに限定されることが多く、出金や解約といった重要な手続きはできない場合がほとんどです。認知症が進行した後の抜本的な対策にはならず、任意後見契約など他の制度との組み合わせを検討する必要があります。どの制度が最適か、費用面も含めて総合的に判断することが重要です。

手続きを進めるうえで「専門家の事前調整」が重要になる
ここまで解説してきたように、「証券会社の壁」は単なる手続き上の問題ではなく、金融機関側のリスク管理、システム、コストといった複数の要因が絡み合った根深い問題です。信託制度自体がまだ広く理解されているとは言えず、たとえ法的に正当な信託契約書があったとしても、ご自身で証券会社と交渉しようとしても、担当者レベルでは判断できず、話が進まないケースがほとんどでしょう。
株式や投資信託を含む家族信託を円滑に進めるために重要なのは、事前の確認と調整です。司法書士のような専門家による、金融機関との「念入りな事前調整」に尽きます。
私たちは、ご家族からお話を伺い、最適な信託契約書の案を作成するだけでなく、その案をもとに証券会社の法務部や担当部署と直接交渉します。法的な論点はもちろん、金融機関側が懸念する実務上の問題点を一つひとつ丁寧に解消し、手続きがスムーズに進むよう道筋を整えていくのです。この地道な調整作業は、手続きを円滑に進めるうえで重要なプロセスです。
また、こうした手続きは、法律や制度の話だけでは前に進みません。家族信託は、ご家族の想いや歴史、時には相続における感情的な対立にも向き合う必要があります。心理カウンセラーの資格も持つ当事務所の司法書士は、法律面でのサポートはもちろん、ご家族の複雑な心境にも寄り添いながら、皆様が納得しやすい解決策を一緒に検討していきます。
「うちの場合はどうなんだろう?」と少しでも不安に思われたら、どうか一人で抱え込まないでください。まずは、あなたの状況をお聞かせいただくことから始めませんか。
(参考情報)
法務省からも信託制度に関する分かりやすい資料が公表されています。制度の概要を掴むための一助としてご参照ください。
法務省の信託制度パンフレット
下北沢司法書士事務所 竹内友章

東京都世田谷区北沢にある下北沢司法書士事務所は、相続手続き、遺言作成、相続放棄、会社設立、不動産売却など、幅広い法務サービスを提供しています。代表の竹内友章は、不動産業界での経験を持ち、宅地建物取引士や管理業務主任者の資格を活かし、丁寧で分かりやすいサポートを心掛けています。下北沢駅から徒歩3分の便利な立地で、土日も対応可能です。お気軽にご相談ください。
家族信託の受託者|個人資産を守る責任範囲と信託法21条
「私の個人資産も責任を負う?」受託者の不安にお答えします
「先生、叔父から家族信託の受託者を頼まれたのですが、率直に言ってリスクはありますか?」
先日、当事務所にご相談に来られた杉並区在住のAさんは、会社役員を務めておられる方で、物事の本質を的確に捉える力をお持ちでした。多くのご説明を重ねるよりも、この核心的な問いに誠実にお答えすることが最善だと感じました。
「はい。実は信託法上、受託者はご自身の個人資産も、ある意味で担保に入れているのと同じような状態になる可能性があります。」
Aさんの表情が曇ります。
「えっ、どういうことですか?」
「家族信託の受託者となると、信託財産から生じた借金などの債務について、信託財産だけで返済しきれない場合、ご自身の個人財産(固有財産)で支払う責任を負うのが原則なのです。」
「えっ…。」
この信託法の規定は、正直なところ、受託者にとって非常に厳しいものだと私も感じています。しかし、これが法律上の現実です。ただ、Aさんにはこう続けました。
「でも、ご安心ください。今回の信託契約を設計するにあたり、私も専門家として叔父様の生活状況や財産状況を詳しく確認しました。信託の内容と照らし合わせても、信託財産で返済しきれないほどの大きな債務を第三者に負うことは、まず考えられません。万が一、今予想できない事態が発生して信託財産の状況が悪化した際には、すぐに私にご相談ください。一緒に対応策を考えましょう。」
そして、最も重要なことをお伝えしました。
「今はまず、『原則として、受託者個人の財産も責任の範囲に含まれる』という事実を知っておくことが何より大切です。私のような専門家は、まさにこの『信託財産責任負担債務』のような法律の規定と、お客様の実際の財産状況を照らし合わせ、将来問題が起きないような信託を設計することに全力を注いでいます。Aさんのように、事前にリスクを理解しようとすることは、ご自身を守る上で非常に重要な一歩です。」
家族信託の受託者という大役は、時に連帯保証人になることと同じような責任を伴う場面があり得ます。この記事では、受託者の責任範囲を定めた「信託法21条」の内容を確認し、個人資産への影響を抑えるための具体的な知識と対策を、専門家の視点から解説します。
受託者の責任範囲を定める「信託法21条」とは
家族信託の受託者になるにあたり、避けては通れないのが「信託法」という法律です。その中でも、ご自身の財産への影響を理解するうえで重要なのが信託法第21条です。
この条文は、一言でいえば「受託者がどのような債務に対して、どの財産の範囲で責任を負うかを定めた法律」です。難しく聞こえるかもしれませんが、これは受託者の責任範囲を明確にすることで、信託に関わる人々(お金を貸した債権者や、利益を受け取る受益者など)を保護し、信託制度が円滑に機能するための重要な規定です。
信託法21条を正しく理解すること。それが、漠然とした不安を解消し、ご自身の資産を守るための確かな第一歩となります。
なぜ受託者の個人資産が関係するのか?法律の考え方
ここで多くの方が、「なぜ信託財産を管理するだけなのに、自分の個人資産まで関係してくるのか?」という疑問を抱くことでしょう。その理由は、信託の仕組みにあります。
信託が始まると、例えば不動産は委託者(親など)から受託者(子など)へ名義が変更されます。より詳しい手順については、信託不動産の登記手続をご覧ください。
対外的に見ると、その不動産の所有者は受託者個人です。そのため、受託者は信託されたアパートの修繕工事を発注したり、管理費を支払ったりと、自らの名で様々な契約や取引を行います。もし、これらの取引で生じた支払いが滞った場合、取引の相手方(工事業者など)は、契約者である受託者個人に支払いを請求することになります。
法律は、このように取引の安全性を確保し、相手方を保護するために、まず受託者個人が責任を負うことを原則としているのです。受託者は単なる「管理人」ではなく、信託財産に関する対外的な「責任主体」である、とご理解ください。
責任の範囲を分ける2つのキーワード「受益債権」と「信託財産責任負担債務」

信託法21条を理解する上で、絶対に押さえておきたい2つの重要なキーワードがあります。それが「受益債権」と「信託財産責任負担債務」です。この2つの違いを把握することで、受託者の責任範囲を整理しやすくなります。
- 受益債権(じゅえきさいけん)
- 誰が誰に主張する?:受益者(親など)が、受託者(子など)に対して主張する権利です。
- どんな関係?:信託の「内部」に関する権利関係です。
- 具体例:信託されたアパートの家賃収入を、受益者である親に渡すよう請求する権利など。
- 信託財産責任負担債務(しんたくざいさんせきにんふたんさいむ)
- 誰が誰に主張する?:第三者(金融機関、工事業者、固定資産税を課す自治体など)が、受託者(子など)に対して主張する権利です。
- どんな関係?:信託の「外部」との取引に関する債務です。
- 具体例:信託されたアパートの修繕費用の支払いや、固定資産税の納税義務など。
このように、誰との間で発生する権利・義務なのかによって、その性質は大きく異なります。そして、この違いが、受託者の責任が個人資産に及ぶかどうかの分かれ道になるのです。ちなみに、委託者と受益者が同一人物である信託形態を自益信託と呼びます。
【ケース別】あなたの個人資産に影響する債務・しない債務
それでは、前のセクションで解説した2つのキーワードを基に、具体的にどのような債務が受託者の個人資産に影響し、どのような債務が影響しないのかを詳しく見ていきましょう。ここが、あなたの不安を解消するための最も重要な部分です。
原則、信託財産のみで責任を負う「受益債権」とは?
まず、受託者にとって比較的リスクの低い「受益債権」から解説します。
受益債権とは、受益者が「信託契約に基づいて、信託財産から利益を受け取る権利」のことです。これは、あくまで信託の当事者である受益者と受託者の間の権利関係です。
具体的には、以下のようなものが挙げられます。
- 信託されたアパートの家賃収入を受益者に渡す義務
- 信託された金銭を、受益者の生活費や医療費として渡す義務
- 信託契約が終了した際に、残った信託財産を受益者(または契約で定められた帰属権利者)に引き渡す義務
これらの義務について、信託法21条2項1号では、受託者は「信託財産に属する財産のみをもって」履行する責任を負うと定められています。つまり、万が一信託財産が目減りしてしまい、契約通りの金額を支払えなくなったとしても、受託者は自身の個人資産から補填してまで支払う必要はない、ということです。責任の範囲が信託財産に限定されているため、「有限責任」と考えることができます。これは、成年後見制度との違いの一つでもあります。
要注意!個人資産も責任範囲となる「信託財産責任負担債務」の具体例
一方、受託者が最も注意しなければならないのが「信託財産責任負担債務」です。これは、信託財産の管理や運用に関連して、受託者が第三者に対して負うことになる債務全般を指します。
信託法21条1項では、どのような債務が「信託財産責任負担債務」に当たるかが定められています。また、同条2項では、受益債権など一定の債務については、受託者が信託財産に属する財産のみをもって履行責任を負うとされています。したがって、同項により責任が限定される場合や、信託債権者との間で責任限定の合意がある場合などを除き、受託者の固有財産が問題となるリスクがあります。
具体的にどのようなものが該当するのか、代表的なケースを見ていきましょう。
- 信託財産に関する管理費
例:信託不動産にかかるマンションの管理費・修繕積立金など。 - 受託者が信託事務のために行った借入れ
例:信託アパートの大規模修繕を行うために、受託者名義で金融機関から借り入れた費用。 - 信託事務処理で第三者に与えた損害
例:信託アパートの壁が崩落して通行人にケガをさせてしまった場合の損害賠償責任。
これらの支払いが信託財産から捻出できない場合、責任限定の合意がある場合などを除き、債権者が受託者の個人資産に対して請求や強制執行(差し押さえなど)を行うリスクがあります。だからこそ、受託者になる前に、信託財産にどのような債務やリスクが潜んでいるかを把握することが極めて重要なのです。。
司法書士が解説|受託者として個人資産を守るための3つのポイント

ここまで受託者の責任範囲とリスクについて解説してきましたが、過度に恐れる必要はありません。法律はリスクを定めるだけでなく、それを適切に管理し、回避するための方法も用意しています。ここでは、司法書士として、個人資産への影響を抑えるために確認しておきたい3つのポイントをお伝えします。これらを実践することが、家族信託の失敗を防ぐことにも繋がります。
ポイント1:契約前の財産調査とリスクの洗い出しを行う
受託者の個人資産への影響を抑えるためには、信託契約を締結する前の確認が重要です。安易に引き受けるのではなく、専門家と共に信託財産の内容を徹底的に調査することが不可欠です。収益青アートなら、
- 将来的に大規模な修繕費用など、高額な支出が発生する可能性はないか?
- 収益物件であれば、安定した収益が見込めるか?空室リスクはどの程度か?
- 孤独死のリスクのある居住者はいるのか(物件の価値が下がってしまうリスク要因はあるのか?)
こうした事前のデューデリジェンス(資産調査)を行うことで、「信託財産責任負担債務」がどの程度発生しうるかを予測し、対策を立てることが可能になります。例えば、財産目録を作成し、プラスの財産とマイナスの財産を一覧化することは非常に有効です。
ポイント2:大きな現状変更、多額のお金が必要な作業は慎重に
例えば賃貸アパート。入居者が退去した後の室内のクリーニングなど必要最低限な作業だけでなく、大規模なリノベーションなど収益不動産としての価値を上げるような投資も受託者の権限としてできるようにすることもできます。こういうことができるのが成年後見制度では実現不可能な、信託のメリットでもあります。しかし、負うべき責任を考えるとこういう大きなお金を支出する行為は慎重に考えた方が良いでしょう。
ポイント3:信託財産の分別管理と定期的な報告を行う
受託者に就任した後の実務においても、ご自身を守るために重要な義務があります。それは「分別管理義務(信託法34条)」と「報告義務(信託法37条)」です。
- 分別管理義務:信託財産は、受託者自身の個人資産とは明確に分けて管理しなければなりません。信託専用の銀行口座(信託口口座)を開設し、入出金をすべてそこで行うことが基本です。個人の財産と混同しないよう、明確に区分して管理する必要があります。
- 報告義務:年に一度など、定期的に信託財産の状況(収支や資産内容)を帳簿や報告書にまとめ、受益者や他の親族に共有することが求められます。
こうした地道な財産管理と報告は、親族からの信頼を維持するだけでなく、万が一トラブルが発生した際に、受託者として誠実に任務を果たしていたことを示す重要な資料になります。
まとめ:正しい知識があなたと家族の財産を守ります
この記事では、家族信託の受託者が負う責任の範囲、特に信託法21条が定める内容と、ご自身の個人資産を守るための対策について解説しました。
重要なポイントを振り返りましょう。
- 受託者の責任には、信託財産のみで責任を負う「受益債権」と、個人資産も範囲となる「信託財産責任負担債務」の2種類がある。
- 特に注意すべきは後者であり、信託財産に関する税金や借入れ、損害賠償などが該当する。
- しかし、①契約前の徹底した財産調査、②責任限定特約の活用、③就任後の分別管理と報告、という3つの鉄則を守ることで、リスクは適切にコントロールできる。
家族信託は、認知症対策や円滑な資産承継に非常に有効な制度ですが、受託者となる方への配慮を欠いた設計は、かえって家族に新たな負担を強いることになりかねません。
下北沢司法書士事務所では、単に法律の条文を当てはめるだけでなく、受託者候補の方の不安や懸念にも真摯に耳を傾け、法律と心理の両面から、ご家族全員が安心して未来を託せる信託契約の設計をサポートいたします。受託者を引き受けることに少しでも不安を感じたら、どうぞお気軽にご相談ください。正しい知識に基づいて、あなたとご家族の財産を守るための方法を一緒に検討していきましょう。
下北沢司法書士事務所 竹内友章

東京都世田谷区北沢にある下北沢司法書士事務所は、相続手続き、遺言作成、相続放棄、会社設立、不動産売却など、幅広い法務サービスを提供しています。代表の竹内友章は、不動産業界での経験を持ち、宅地建物取引士や管理業務主任者の資格を活かし、丁寧で分かりやすいサポートを心掛けています。下北沢駅から徒歩3分の便利な立地で、土日も対応可能です。お気軽にご相談ください。
