家族信託で空き家特例が使えない?3000万円控除の注意点

【実例】信託を選ぶべきか?空き家特例と天秤にかけたA様のケース

「認知症対策として家族信託を組みたいが、税金で損をするかもしれない…」
近年、家族信託のご相談が増える中で、このようなジレンマを抱える方が少なくありません。特に、ご実家が将来空き家になる可能性がある場合、「空き家特例の3000万円控除」が使えなくなるという問題は、多くの方にとって大きな懸念点となっています。

先日ご相談に見えたA様も、まさにその一人でした。大田区にお住まいの一人暮らしの叔父様を案じ、認知症による資産凍結を防ぐために家族信託を検討されていました。

「叔父が認知症になったら、自宅の修繕や将来の施設入居のための売却ができなくなると聞きました。裁判所が関わる成年後見制度は避けたいので、家族信託はとても魅力的です」

私はA様に家族信託のメリットや仕組みをご説明し、A様も前向きに検討を進めていました。しかし、私は専門家として、見過ごせないデメリットについてもお伝えする必要がありました。

「A様、一つ重要な点があります。もし叔父様が亡くなられて、相続でご実家が空き家になった場合、A様が売却する際には『空き家特例』で最大3000万円まで譲渡所得が控除される可能性が高いです。しかし…現状の法律では、家族信託を組むと、この空き家特例が使えなくなってしまうのです。信託契約が終わってからご実家を売却すると、税金面で不利になる可能性があります」

A様の表情が少し曇りました。認知症対策と節税、どちらを優先すべきか。この問いは、多くの方が直面する難しい選択です。

「では、叔父が生きているうちに売却した場合はどうなりますか?」

「その場合は『居住用財産の3000万円控除』という別の特例が使える可能性があり、空き家特例の話とは切り離して考えられます。あくまで、叔父様が亡くなった後に、相続した空き家を売る場合の問題です」

A様はしばらく考えた後、こうおっしゃいました。

「先のことは断定できませんが、おそらく叔父は将来介護施設に入り、自宅は売却することになると思います。税金の特例が使えない可能性があるのは確かに気になりますが、それよりも、叔父が元気なうちから財産管理をスムーズに進められることの方が、私たち家族にとっては重要です。信託で進めたいと思います」

この決断を受け、後日、私も叔父様のご自宅に伺い、ご本人にご説明の上で信託契約の意思確認をしっかりと行い、契約書の作成と不動産の信託登記を完了させました。

家族信託には多くのメリットがありますが、A様のケースのようにデメリットも存在します。私たち専門家は、良い面だけでなく、潜在的なリスクや不利益もしっかりとご説明し、ご家族にとって最善の選択は何かを一緒に考えることが使命だと考えています。この記事では、まさにA様が直面した「家族信託と空き家特例」の問題について、その理由と具体的な対策を詳しく解説していきます。

まず結論:家族信託を組むと「空き家特例」は原則使えません

早速ですが、本記事の結論からお伝えします。2026年7月現在、親や親族が亡くなった後に、家族信託契約に基づいて引き継いだ実家(空き家)を売却しても、原則として「空き家特例(3000万円特別控除)」を適用することはできません。

これは、単なる噂や一部の専門家の見解ではなく、国税庁が公式にその見解を示しているためです。令和4年12月20日に公表された文書回答事例において、国税庁は「信託契約における残余財産の帰属権利者として取得した家屋は、本特例の適用対象とはならない」と明確に回答しています。

なぜ、認知症対策として利用される家族信託で、税制上このような問題が生じるのでしょうか。その理由を確認していきます。

参照:国税庁「別紙 信託契約における残余財産の帰属権利者として取得した被相続人居住用家屋の譲渡に係る所得税の取扱いについて」

なぜ?法律が「相続または遺贈」に限定しているから

空き家特例が使えない理由は、ひとえに法律の条文にあります。

この特例を定めている「租税特別措置法」という法律では、特例の対象となる人を「相続または遺贈により」被相続人居住用家屋(=亡くなった親などが住んでいた家)を取得した個人に限定しています。

一方で、家族信託ではどうでしょうか。親(委託者)が亡くなったことで信託契約が終了し、子(残余財産帰属権利者)が実家を引き継ぐ場合、その法的な原因は「信託契約」です。これは、法律上「相続」や「遺贈」とは明確に区別される行為なのです。

相続と家族信託による財産承継の違いを比較した図解。相続は民法に基づき空き家特例の対象となるが、家族信託は信託契約に基づき対象外となることを示している。

つまり、たとえ親の死亡をきっかけに財産が移転するという点では同じように見えても、その根拠となる法律行為が異なるため、空き家特例の「相続または遺贈により」という要件を満たせない、というのが現在の法解釈となります。この点が、家族信託と空き家特例が両立できない最大の理由です。より詳しい用語については、自益信託などの基本用語もご参照ください。

「みなし相続」の注意点|相続税と所得税はルールが違う

ここで多くの方が疑問に思われるのが、「信託で財産をもらっても相続税がかかるのだから、相続と同じ扱いではないのか?」という点です。

確かにその通りで、相続税法には「信託契約によって財産を取得した場合は、遺贈によって取得したものとみなす」という規定があります。これを「みなし相続(みなし遺贈)」と呼びます。この規定があるため、信託で引き継いだ財産にも相続税が課税されるのです。

ただし、この点については税目ごとの取扱いを分けて考える必要があります。この「みなし相続」のルールは、あくまで相続税法の中だけの話なのです。

今回問題となっている空き家特例は、譲渡所得税(所得税)の特例であり、これを定めた租税特別措置法には、相続税法のような「みなし相続」の規定がありません。

つまり、

  • 相続税の計算上は、信託による取得も「相続」とみなされる。
  • 所得税の特例(空き家特例)の適用上は、信託による取得は「相続」とはみなされない。

という、税金の種類によって適用されるルールが異なるという点に注意が必要です。この「税法ごとのルールの違い」が、多くの方を混乱させる原因となっています。

そもそも「空き家特例」とは?制度の概要と要件を再確認

では、そもそも今回問題となっている「空き家特例」とは、どのような制度なのでしょうか。その重要性を理解するためにも、制度の概要と要件を改めて確認しておきましょう。

正式名称を「被相続人の居住用財産(空き家)に係る譲渡所得の特別控除の特例」といいます。これは、社会問題化している空き家問題を解消する目的で創設された制度です。

相続した実家を売却した際に得た利益(譲渡所得)から、最大で3,000万円を控除できるという非常に大きな税金の優遇措置です。仮に3,000万円の利益が出た場合、この特例を使えるかどうかで、所得税・住民税合わせて約600万円(税率20.315%で計算)もの税額差が生まれる可能性があります。このように税額への影響が大きい可能性があるため、家族信託を検討する際には重要な確認事項となります。

参照:国税庁「No.3306 被相続人の居住用財産(空き家)を売ったときの特例」

司法書士から空き家特例について説明を受ける夫婦。専門家への相談を通じて、税金に関する疑問を解消している様子。

特例を受けるための主なチェックリスト

この特例を受けるためには、様々な要件をクリアする必要があります。ご自身の状況が当てはまるか、以下のリストで確認してみましょう。

  • 【重要】相続または遺贈によって家を取得したこと
  • 亡くなった方が、亡くなる直前までその家に一人で住んでいたこと
  • 昭和56年5月31日以前に建築された家屋であること(※譲渡時に一定の耐震基準を満たす必要があります)
  • マンションなどの区分所有建物ではないこと
  • 相続の開始があった日から3年を経過する日の属する年の12月31日までに売却すること
  • 売却代金が1億円以下であること
  • 売却する相手が、親子や配偶者など特別な関係にある人ではないこと

この中でも、一番最初の「相続または遺贈によって家を取得したこと」という要件が、家族信託を利用した場合にクリアできない点であることを改めてご理解いただけたかと思います。

家族信託と空き家特例を検討する際の3つの対応方法

「家族信託では空き家特例が使えない」という事実を知り、不安に思われた方も多いでしょう。しかし、諦める必要はありません。認知症による資産凍結リスクに備えつつ、税金の負担も考慮した「出口戦略」は存在します。ここでは、状況に応じた3つの具体的な戦略をご紹介します。

戦略①:親が元気なうちに売却する(居住用財産3000万円控除の活用)

最も現実的で効果的な対策が、親御様が元気なうちに、信託契約に基づいてご実家を売却することです。

この場合、問題となっている「空き家特例」ではなく、「居住用財産の3,000万円特別控除」という、別の特例を使える可能性があります。この特例は、マイホームを売ったときに使えるもので、家族信託を組んでいても、受益者である親御様が要件を満たせば適用可能です。

「居住用財産の3,000万円控除」は、「空き家特例」よりも要件が緩やかで、建物の築年数に関する制限もありません。親御様が施設に入所する場合でも、「住まなくなってから3年目の年末まで」に売却すれば適用できる可能性があります。

この方法は、親御様の存命中に資産を現金化することで、認知症による資産凍結リスクに備えながら、税金の控除を受けられる可能性がある方法です。

戦略②:実家だけ信託から外し「遺言」で引き継ぐ

もし、どうしても空き家特例の適用を最優先したい、という場合は、実家の不動産だけを信託財産に含めず、預貯金などの他の財産だけを信託するという方法も考えられます。

そして、信託から外した実家については、別途遺言書を作成し、特定の子に相続させるように指定しておくのです。

【メリット】

  • 実家は「相続」によって引き継がれるため、他の要件を満たせば空き家特例を利用できる可能性があります。

【デメリット】

  • 親御様の認知症が進行した場合、生前に実家を売却することが困難になります。遺言書があっても、生きている間の契約行為は本人の意思能力が必要なため、結局「資産凍結」のリスクが残ってしまいます。

この方法は、「最大限の節税」と「確実な資産管理」のどちらを優先するか、ご家族の価値観や状況に応じた慎重な判断が求められます。

戦略③:そもそも譲渡益が出るか確認する

最後に、少し視点を変えた戦略です。それは、「そもそもご実家を売却した場合に、3,000万円もの利益(譲渡所得)が出るのか?」を確認することです。

譲渡所得は、単純に「売却価格」ではありません。「売却価格」から「取得費(購入時の価格や手数料)」と「譲渡費用(売却時の仲介手数料など)」を差し引いて計算します。

譲渡所得 = 売却価格 - (取得費 + 譲渡費用)

もし、ご実家が都心部ではなく、購入時の価格もそれなりに高かった場合、売却しても利益が出ない、あるいは利益がごくわずかというケースも少なくありません。利益が出なければ、そもそも譲渡所得税はかからず、空き家特例の必要性も低くなります。

まずは、親御様がご実家を購入した当時の売買契約書を探し、取得費を確認してみましょう。もし見つからない場合でも、売却価格の5%を「概算取得費」として計算することができます。現在の不動産のおおよその査定額と照らし合わせ、大きな利益が見込めないのであれば、不要な心配をせず、安心して認知症対策としての家族信託を進めるという判断も十分に合理的です。

まとめ:家族信託では目的の優先順位を整理することが重要です

ここまで、家族信託を組むと空き家特例が使えなくなる理由と、その対策について解説してきました。税金の問題は非常に重要ですが、忘れてはならないのは、そもそもなぜ家族信託を検討し始めたのか、という原点です。

多くの場合、その目的は「親の財産を認知症による資産凍結から守り、安心して生活を送れるようにすること」であるはずです。だとすれば、税金の特例が使えないというデメリットがあったとしても、資産管理を円滑に進めるという家族信託本来のメリットの方が大きいと判断されるケースは少なくありません。冒頭のA様も、まさにそうでした。

もちろん、ご家庭の状況や資産背景、そして何よりもご家族の価値観によって、最適な選択は異なります。「認知症対策」と「節税」、どちらを優先すべきか。あるいは、その両立を目指す道はないか。

一つの正解がないからこそ、安易に自己判断するのは危険です。様々な制度のメリット・デメリットを比較検討し、ご家族の状況に合わせたオーダーメイドの対策を考える必要があります。私たち司法書士は、法律や税務の知識を駆使して、様々な専門家と連携しながら、皆様の課題と多角的に向き合います。一人で悩まず、まずは一度、専門家にご相談ください。

ご家族の状況に合わせた最適なプランを一緒に考えます。
まずはお気軽にご相談ください。

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下北沢司法書士事務所 竹内友章

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