「家族信託は万能じゃない?」アパートオーナー様が知るべき税金の落とし穴
「認知症になると、アパートの管理や修繕、売却ができなくなるらしい」「その対策として、家族信託という方法が良いと聞いた」
最近、賃貸アパートを経営されているオーナー様から、このようなご相談をいただくことが増えました。確かに、家族信託は認知症による資産凍結を防ぐための、とても有効な手段の一つです。大切な資産をご家族のために守り、活かし続けることができる素晴らしい仕組みといえるでしょう。
しかし、万能に見える家族信託にも、特に賃貸アパートのオーナー様にとっては、思わぬ「落とし穴」が存在することをご存知でしょうか。
それは、税金に関する非常に重要なルールです。
具体的には、アパート経営に欠かせない外壁塗装や給排水設備の更新といった大規模修繕を行った結果、その年の不動産所得が赤字になってしまった場合。通常であれば、その赤字を給与所得など他の黒字の所得と相殺(損益通算)して、払いすぎた税金の還付を受けることができます。ですが、家族信託にすると、この損益通算が一切できなくなってしまうのです。
「え、どうして?」「それじゃあ、修繕費で出た赤字は全部自分で被らないといけないの?」そんな不安な声が聞こえてきそうです。
ご安心ください。この記事では、なぜ家族信託をすると損益通算ができなくなるのか、その仕組みと理由を専門家の視点から丁寧に解説します。そして何より、この大きなデメリットを回避するための具体的な対策を3つ、分かりやすくお伝えしていきます。
この記事を最後までお読みいただければ、税務上のリスクをしっかりと理解し、安心して家族信託の準備を進めることができるようになります。大切な資産とご家族を守るために、一緒に知識を深めていきましょう。高齢者詐欺対策と家族信託も合わせてご覧ください。
そもそも「損益通算」とは?不動産所得における税金の基本
家族信託の落とし穴についてお話しする前に、まずは「損益通算」という税金の基本的な仕組みについて、簡単におさらいしておきましょう。特に、会社員として給与を受け取りながらアパート経営をされている「サラリーマン大家さん」にとっては、非常になじみ深い制度かもしれませんね。
所得税は、個人の一年間のすべての所得を合計して計算されます。所得には給与所得、事業所得、不動産所得など、いくつかの種類があります。
「損益通算」とは、これらの所得のうち、ある所得で赤字(損失)が出た場合に、その赤字分を他の黒字の所得から差し引くことができる仕組みのことです。
例えば、アパート経営をしているAさんのケースで考えてみましょう。
- 給与所得:500万円
- 不動産所得:▲100万円(100万円の赤字)
この場合、もし損益通算がなければ、Aさんは給与所得の500万円に対して所得税が課税されます。しかし、損益通算ができると、給与所得の黒字500万円から不動産所得の赤字100万円を差し引くことができます。
500万円(給与所得) – 100万円(不動産所得の赤字) = 400万円
その結果、課税対象となる所得が400万円に減り、納めるべき所得税や住民税も安くなるのです。給与から天引き(源泉徴収)されている場合は、確定申告をすることで払いすぎていた税金が戻ってくる(還付される)ことになります。
このように、損益通算はアパートオーナーにとって、予期せぬ出費があった年の税負担を軽減してくれる、とても重要な制度なのです。この基本的な考え方を頭に入れた上で、次の章の本題に進んでいきましょう。不動産と税金についてもご興味があればご覧ください。

家族信託の税務上の罠「損益通算の禁止」とは?
さて、ここからがこの記事の核心です。なぜ、認知症対策として有効なはずの家族信託を利用すると、先ほどご説明した「損益通算」というメリットが使えなくなってしまうのでしょうか。
それは、「信託された不動産から生じた損失は、税務上なかったものとみなす」という特別なルールが法律で定められているからです。少し難しく聞こえるかもしれませんが、ご安心ください。一つずつ丁寧に解説していきますね。
このルールは、過去に信託の仕組みを悪用して不当に税金を安くしようとする「租税回避スキーム」が問題となったため、その対策として設けられました。具体的には、租税特別措置法という法律に根拠があります。健全な制度利用を守るためのルールではありますが、結果として、賃貸アパートのオーナー様にとっては注意すべき大きな制約となっているのです。家族信託が失敗しないためには、こうした税務上のルールもしっかりと理解しておくことが大切です。
信託不動産の赤字は「なかったもの」として扱われる
「損失はなかったものとみなされる」とは、具体的にどういうことでしょうか。先ほどのAさんの例で、アパートを家族信託していた場合を考えてみましょう。
Aさんは所有するアパートの大規模修繕を行い、その年の不動産所得が300万円の大きな赤字になりました。一方で、給与所得は変わらず500万円の黒字です。
【信託していない場合】
損益通算ができるので、課税所得は「500万円 – 300万円 = 200万円」となります。
【家族信託をしている場合】
信託不動産から生じた赤字300万円は、税金の計算上「0円」として扱われます。つまり、「なかったもの」とされてしまうのです。
そのため、給与所得の500万円と相殺することはできず、課税所得は「500万円 – 0円 = 500万円」のまま。Aさんは、500万円全額に対して所得税を納めなければなりません。
同じ状況でも、家族信託をしているか否かで、課税対象となる所得に300万円もの差が生まれてしまうのです。これは、オーナー様の手元に残るキャッシュに直接影響する、非常に大きな違いだということがお分かりいただけるかと思います。
複数の信託契約間でも損益通算はできない
複数の収益物件をお持ちのオーナー様が、特に注意すべき点があります。それは、損益の計算は「信託契約ごと」に独立して行われるということです。
例えば、アパートAとマンションBという2つの物件をお持ちのオーナー様が、長男を受託者として「アパートAの信託契約」を、長女を受託者として「マンションBの信託契約」を、それぞれ別々に結んだとします。
その年、アパートAの経営が大規模修繕で100万円の赤字になり、一方でマンションBは安定経営で200万円の黒字だったとしましょう。信託をしていなければ、この2つの不動産所得を合算し、「-100万円 + 200万円 = 100万円」の黒字として申告できます。
しかし、信託契約が別々の場合、アパートAの赤字とマンションBの黒字を相殺(損益通算)することはできません。
アパートAの赤字は「なかったもの」とされ、マンションBの黒字200万円に対してそのまま課税されてしまいます。良かれと思って組んだ信託が、かえって税務上の不利益を生んでしまう可能性があるのです。こうした信託契約の設計には専門的な調整作業が不可欠です。
司法書士が解説!損益通算禁止リスクを回避する3つの対策
ここまで読んで、「家族信託にはそんな大きな税務リスクがあるのか…」と不安に思われたかもしれません。ですが、ご安心ください。これらのリスクは、事前にきちんと理解し、計画的に対策を検討することで、影響を抑えられる可能性があります。
私たち司法書士は、信託契約や登記の専門家として、必要に応じて税理士とも連携しながら、お客様の状況に合わせた信託契約の設計をお手伝いしています。ここでは、その実務経験から導き出した、具体的で実践的な3つの対策をご紹介します。

対策①:大規模修繕など赤字が見込まれる計画は信託契約「前」に実行する
最もシンプルで、かつ効果的な対策は「タイミングを調整する」ことです。
もし、近い将来に外壁塗装や屋上の防水工事、給排水管の更新といった大規模修繕を計画しているのであれば、その計画を実行し、修繕費の計上と損益通算をすべて終えた「後」に家族信託契約を開始するのです。
順番を工夫するだけで、損益通算による税金の還付・軽減というメリットをしっかりと受け取った上で、その後に認知症対策としての家族信託のメリットも享受することができます。
もちろん、「いつ認知症になるか分からないから、対策は一日でも早く始めたい」というお気持ちもよく分かります。だからこそ、ご自身の健康状態やアパートの築年数、修繕計画などを総合的に考慮し、専門家と相談しながら最適なタイミングを見極めることが非常に重要になります。計画的に準備することで、将来の税務上・手続上のリスクを抑えやすくなります。
対策②:赤字不動産と黒字不動産を「一つの契約」でまとめて信託する
複数の収益物件をお持ちのオーナー様に有効な、少し高度な対策です。
先ほど、「信託契約が別々だと、その契約間での損益通算はできない」とご説明しました。これを逆手にとると、「同じ一つの信託契約の中であれば、損益通算は可能である」ということになります。
そこで、将来的に大規模修繕などで赤字になる可能性が高い築古のアパートと、安定して黒字を生み出している築浅のマンションを、「同じ一つの信託契約」にまとめて信託するという方法が考えられます。
こうすることで、信託契約の「内部」で、アパートの赤字とマンションの黒字が相殺されます。結果として、信託全体としての所得がプラスであれば、損益通算の禁止ルールによるデメリットを回避できる可能性があるのです。まさに信託する不動産の組み合わせが重要になります。
ただし、この方法は注意点もあります。そもそも信託は、不動産オーナー認知症対策・将来の争族対策・不動産管理をスムーズにするなどの目的でするものです。2つの賃貸物件を1つの信託契約にまとめて、これらの目的が達成される信託組成になっているのか、元々の目的を忘れて損益通算ばかりにとらわれていないか確認する姿勢が必要になります。
対策③:信託契約の設計で工夫する(追加信託の活用)
これは、司法書士ならではの専門的な視点を活かした、より柔軟な対策です。
それは、「追加信託」という仕組みを活用する方法です。具体的には、まず最初に、経営が安定している黒字物件だけで家族信託契約を開始します。そして、大規模修繕の計画がある赤字見込みの物件については、その修繕と損益通算が完了した後に、既存の信託契約に「追加」で組み入れるのです。
この方法を実現するためには、最初の信託契約書を作成する段階で、あらかじめ「将来、他の不動産を追加で信託できる」という旨の条項を盛り込んでおくことが極めて重要です。
この対策には、将来の状況変化に対応しやすくなるという利点があります。まずは緊急性の高い資産凍結対策から始めつつ、状況の変化に合わせて柔軟に信託の内容を見直していくことができます。このような個別事情に応じた契約設計では、司法書士や税理士といった専門家が連携してご提案できる価値だと考えています。より詳しい手続きについては、「信託不動産の登記手続き」をご覧ください。
【当事務所の見解】信託財産から生じる損失の考え方
ここまでお読みいただき、家族信託における不動産所得の損失の扱いが、いかに特別で注意が必要か、ご理解いただけたかと思います。
私たち司法書士がお客様にご説明する際、特に大切にしているポイントがいくつかあります。それは、この「損失はなかったものとみなす」というルールが、実は不動産所得にだけ課せられた、かなり厳しいルールだということです。
例えば、同じ家族信託でも、信託した財産が上場株式などの有価証券だった場合、その売却で損失が出たとしても、配当所得と損益通算したり、翌年以降に損失を繰り越したりすることが認められています。しかし、賃貸不動産から生じる赤字だけは、それが一切許されないのです。
アパート経営をされていると、大口のテナントさんが退去してしまったり、今回のテーマである大規模修繕が必要になったりと、不動産所得が赤字になることは決して珍しいことではありません。だからこそ、この税務上のルールを知らずに信託を組んでしまうと、後で「こんなはずではなかった」と後悔することになりかねないのです。
もう一つ、実務家として補足しておきたい大切な視点があります。それは、大規模修繕の工事内容によって、税務上の扱いが変わってくる、という点です。
工事にかかった費用が、建物の価値を高めたり耐久性を増したりする「資本的支出」と判断されるか、それとも通常の維持管理のための「修繕費」と判断されるか。もし「修繕費」であれば、その年に一括で経費に計上するため、大きな赤字が出やすくなります。一方で「資本的支出」と判断されれば、一度資産として計上し、何年かに分けて減価償却費として費用化していくため、単年度での赤字は出にくくなります。
この判断は非常に専門的であり、税理士の先生との緊密な連携が不可欠です。私たちは、相続税申告など税務の専門家と連携しながら、お客様にとって最善の信託設計をご提案することを常に心がけています。
まとめ:家族信託は計画的に。税務の専門家と一緒に進めましょう
今回は、家族信託の税務上の大きな落とし穴である「損益通算の禁止」について、その仕組みと具体的な対策を詳しく解説しました。
改めて大切なポイントを振り返ってみましょう。
- 家族信託した賃貸アパートで大規模修繕などにより赤字が出ても、その赤字は給与所得など他の黒字所得と損益通算できない。
- このリスクは、修繕後に信託を開始する、複数の物件を一つの契約で信託するなど、計画的な対策で回避することが可能。
家族信託は、認知症による資産凍結を防ぎ、ご家族による柔軟な財産管理を実現するとても有効な手段です。しかし、その一方で、今回ご説明したような税務上の重要な注意点も存在します。
大切なのは、メリットだけに目を向けるのではなく、デメリットもしっかりと理解した上で、ご自身の状況に合わせた最適な判断をすることです。そして、そのためには専門家のサポートが不可欠です。
「うちの場合は、どの対策が一番良いのだろう?」「修繕の計画もあるし、一度相談してみたい」
もし少しでもご不安や疑問を感じたら、どうぞお気軽に私たち下北沢司法書士事務所にご相談ください。信託契約や登記の面を中心に、必要に応じて税理士などの専門家とも連携しながら、あなたとご家族に合った進め方を一緒に考えさせていただきます。制度ごとの費用比較なども含め、丁寧にお話を伺い、あなたにとって最良のご提案をいたします。
下北沢司法書士事務所 竹内友章

東京都世田谷区北沢にある下北沢司法書士事務所は、相続手続き、遺言作成、相続放棄、会社設立、不動産売却など、幅広い法務サービスを提供しています。代表の竹内友章は、不動産業界での経験を持ち、宅地建物取引士や管理業務主任者の資格を活かし、丁寧で分かりやすいサポートを心掛けています。下北沢駅から徒歩3分の便利な立地で、土日も対応可能です。お気軽にご相談ください。

