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賃貸物件の法人移転と相続|司法書士が手続きと注意点を解説
賃貸物件の相続、法人化でどう変わる?
複数の賃貸物件を所有されているオーナー様にとって、将来の相続は避けて通れない大きな課題です。「高額な相続税を子どもたちに負担させてしまうのではないか」「不動産という分けにくい財産が原因で、相続人間で揉め事が起きてしまわないか」。こうした不安は、決して他人事ではありません。
実際に、不動産は評価額が高額になりやすく、相続税の負担が重くのしかかるケースが少なくありません。また、現金のように綺麗に分割できないため、誰がどの物件を相続するかで意見が対立し、円満だったはずの家族関係に亀裂が入ってしまうこともあります。
このような課題に対する有効な解決策の一つとして、近年注目されているのが「所有する賃貸物件を法人へ移転する(法人化)」という手法です。個人で所有している物件を、ご自身が設立した資産管理会社などの法人へ移すことで、相続のあり方を根本から変えることができる可能性があります。
この記事では、司法書士の視点から、賃貸物件の法人化がなぜ相続対策として有効なのか、そのメリットと知っておくべきデメリット、そして実際に法人へ所有権を移転するための具体的な法務手続きと注意点について、専門的に解説していきます。この記事をお読みいただくことで、法人化がご自身の状況にとって最適な選択肢なのかを判断するための、確かな知識を得ていただけることでしょう。相続問題の全体像については、相続登記と相続税申告の進め方で体系的に解説しています。
賃貸物件を法人へ移転する3つのメリット
賃貸物件を法人へ所有権移転することは、単なる節税手法にとどまりません。将来の円満な資産承継を見据えた、法務的にも非常に意義のある戦略です。ここでは特に「相続」という観点から、法人化がもたらす3つの大きなメリットを具体的に解説します。

メリット1:相続税評価額の圧縮と所得の分散
法人化による最大のメリットの一つが、相続財産の評価方法が変わることによる節税効果です。
個人で不動産を所有している場合、相続発生時にはその不動産自体(土地・建物)が相続財産として評価されます。路線価や固定資産税評価額を基に算出されますが、都心の収益物件などは評価額が高額になりがちです。
一方、法人へ物件を移転すると、オーナーの相続財産は「不動産」そのものではなく、その法人(資産管理会社)の「株式」に変わります。会社の株式の評価額は、不動産の評価額だけでなく、法人の負債なども考慮して算出されるため、結果的に不動産そのものを所有している場合よりも評価額を低く抑えられる可能性があります。これが、相続税の対策として有効に機能する仕組みです。
さらに、家賃収入は法人の収益となり、オーナー個人や家族は法人から「役員報酬」として給与を受け取ることになります。これにより、オーナー一人に集中しがちだった所得を家族に分散でき、個人の資産の増加を緩やかにすることが可能です。結果として、将来の相続財産そのものを過度に大きくしない効果も期待できるのです。
メリット2:不動産の共有状態を避け、円満な遺産分割へ
相続において最も避けたい事態の一つが、不動産が原因で起こる「遺産分割トラブル」です。特に複数の不動産を複数の相続人で分ける場合、公平な分割は極めて困難です。
結果として、一つの不動産を複数人の名義で相続する「共有状態」に陥ることが少なくありません。共有名義の不動産は、将来売却や建て替えをしようにも共有者全員の同意が必要となり、一人でも反対すれば身動きが取れなくなってしまいます。さらにその共有者が亡くなれば、その相続人へと権利が分散し、関係者は雪だるま式に増えていくのです。このような状況は、司法書士として多くのご相談を受ける、非常に解決が難しい問題です。
法人化は、この問題を根本から解決します。相続の対象が「不動産」から「株式」に変わることで、1株単位での分割が可能になります。例えば、相続人が3人であれば、株式を3分の1ずつ公平に分けることができます。これにより、遺産分割協議もスムーズに進み、家族間の無用な争いを未然に防ぐことができるのです。これは、お金には代えがたい大きなメリットと言えるでしょう。
メリット3:生前贈与の代わりとしての資産移転
相続税対策として有効な生前贈与ですが、暦年贈与には年間110万円までという非課税枠の制限があります。高額な不動産を少しずつ贈与していくのは現実的ではありません。
法人化を活用すれば、この問題を別の形で解決できます。例えば、将来財産を承継させたい子や孫を法人の役員に就任させ、その働きに応じた役員報酬を支払うのです。これは法人から給与として支払われるものであり、贈与とは異なります。そのため、暦年贈与の枠とは関係なく、計画的に次世代へ資産を移転していくことが可能になります。
これにより、オーナー個人の資産を減らし、将来の相続税の課税対象となる財産を計画的に圧縮していくことができます。ただし、役員の業務実態に見合わない不相当に高額な役員報酬は、税務署から否認されるリスクもあります。そのため、役員報酬の額については、顧問税理士などの専門家と相談の上で慎重に決定することが不可欠です。
知っておくべき法人化のデメリットと注意点
多くのメリットがある一方で、法人化には相応のコストや注意すべき点も存在します。メリットだけを見て安易に判断するのではなく、デメリットも十分に理解した上で、ご自身の状況に本当に合っているのかを慎重に検討することが重要です。
法人設立・維持にかかる費用と手間
まず、法人を設立する際には、定款認証手数料や登録免許税、司法書士への報酬といった初期費用が発生します。株式会社の設立には、定款認証手数料や登録免許税などの法定費用がかかり、目安としてはおおむね30万円程度(定款の方式等により変動)を見込む必要があります。
さらに、法人を設立した後は、事業年度ごとに維持コスト(ランニングコスト)がかかり続けます。たとえ家賃収入が赤字であっても、法人住民税の均等割は発生します(年額は自治体や資本金等の条件により異なります)。また、正確な会計処理や決算申告のためには税理士との顧問契約が事実上必須となり、その顧問料も必要です。役員に社会保険への加入義務が生じれば、その保険料負担も発生します。
個人の不動産所得の申告とは異なり、法人の会計処理は複式簿記が原則となり、日々の記帳や管理の手間も格段に増えます。こうした会社設立と維持には、相応のコストと手間がかかることを覚悟しておく必要があります。
法人化しても相続税対策にならないケース
法人化が相続税対策として効果を発揮するには、タイミングが非常に重要です。特に注意しなければならないのが、「法人が不動産を取得してから3年以内に相続が発生した場合」です。
この場合、相続税の計算上、株式評価(純資産価額評価等)で反映させる不動産の評価が、相続税評価額ではなく「通常の取引価額(時価)」とされる取扱いがあり、法人化による評価圧縮効果が期待どおりに得られない可能性があります。
このルールは「駆け込み」での相続税対策を防ぐためのものです。したがって、オーナー様のご年齢や健康状態を考慮し、できるだけ早期に、計画的に法人化を進める必要があります。相続開始の直前になって慌てて法人化しても、手遅れになる可能性があることを法人化のタイミングで損をしないための注意点です。
また、そもそも所有する財産全体の評価額が相続税の基礎控除額(3,000万円+600万円×法定相続人の数)を下回るようなケースでは、相続税は発生しません。その場合、コストと手間をかけて法人化するメリットはほとんどないと言えるでしょう。
【司法書士の実務】法人へ所有権を移転する手続きの流れ
賃貸物件の法人化は、単に会社を作れば終わりではありません。個人から法人へ不動産の所有権を法的に正しく移転する一連の手続きが不可欠です。ここでは、司法書士が実務でどのように関与していくのか、具体的な手続きの流れを3つのステップで解説します。

ステップ1:移転方法の決定と法人設立
まず、個人オーナーから法人へ不動産を移す方法を決定します。主な方法には「売買」「現物出資」「贈与」などがありますが、手続きの明確さや税務上の観点から、時価で法人に売却する「売買」が選択されるケースが一般的です。現物出資は手続きが複雑で、検査役の調査が必要になる場合があるため、実務上はあまり用いられません。
移転方法の方針が決まったら、不動産の受け皿となる法人(資産管理会社)を設立します。この段階で司法書士が関与し、定款の作成、公証役場での認証、そして法務局への設立登記申請を代行します。特に定款の「事業目的」は、単に「不動産賃貸業」とするだけでなく、将来の事業展開(不動産売買、管理、コンサルティングなど)も見据えて適切に設定することが重要です。この段階で専門的な視点を入れておくことで、後々の定款変更の手間とコストを省くことができます。より詳しい法人形態の選び方については、株式会社と合同会社どっちがいい?設立費用・選び方を専門家が比較解説をご覧ください。
ステップ2:利益相反取引の承認手続き
個人オーナー(取締役)が、自身が代表を務める法人に不動産を売却する行為。これは、会社法で定められた「利益相反取引」に該当します。なぜなら、取締役個人の利益(高く売りたい)と、会社の利益(安く買いたい)が相反する可能性があるからです。取締役が自己の利益のために、会社に不利益な取引を行うことを防ぐための規制です。
この利益相反取引を有効に行うためには、事前にその取引の重要な事実を開示した上で、株主総会(取締役会設置会社の場合は取締役会)の承認を得ることが法律で義務付けられています。この承認を得ずに行われた取引は、後から会社側から争われるなど、法的なリスクが生じ得ます。
司法書士は、この承認手続きが法的に有効に行われたことを証明するための「株主総会議事録」または「取締役会議事録」を作成します。たとえ株主がオーナー一人だけの「一人会社」であっても、この議事録の作成は省略できません。登記手続きにおいても、この議事録は重要な添付書類となります。法的にクリーンな状態で資産を移転するために、極めて重要な手続きです。
参照:会社法
ステップ3:売買契約の締結と所有権移転登記
株主総会での承認後、個人と法人の間で正式な「不動産売買契約書」を締結します。売買価格や支払条件などを明確に定めた契約書を作成することが重要です。
そして、この売買契約に基づき、不動産の所在地を管轄する法務局へ「所有権移転登記」を申請します。この登記が完了して初めて、不動産の名義が法的に個人から法人へ変更されたことになります。これが手続きの最終段階です。
登記申請には、以下のような多数の専門的な書類が必要となります。
- 登記原因証明情報(司法書士が作成する売買契約の内容を証明する書面)
- 不動産の登記識別情報(または登記済権利証)
- 売主(個人)の印鑑証明書
- 買主(法人)の登記事項証明書および印鑑証明書
- 利益相反取引を承認した株主総会議事録
- 固定資産評価証明書
司法書士は、これらの必要書類を正確に収集・作成し、お客様の代理人として登記申請手続きを責任をもって行います。これにより、複雑な不動産の名義変更を、手続きに沿って適切に進めることが可能となります。
【事例】割賦販売(分割払い)で賃貸物件を法人へ売却
先日、新宿区に賃貸マンションをお持ちのAさんからご相談がありました。将来の相続対策と経営の効率化のため、ご自身が代表を務める法人にこのマンションを売却したいとのことでした。その際、Aさんには一つ、特別なご要望がありました。
それは、「売買代金の支払いを、一括ではなく分割払いにしてほしい」というものです。法人の手元資金の問題もあり、一度に高額な代金を支払うのではなく、家賃収入の中から月々支払っていくような形にしたい、というご意向でした。
このご要望に対し、私は「それは法律上『割賦販売契約』という形になります。問題なく実現できます」とお伝えしました。通常の不動産取引では、売買代金の全額が支払われた時点で所有権が買主に移転するという特約を設けるのが一般的です。これは、代金未払いのリスクから売主を守るためです。
しかし今回は、売主と買主(の代表者)が同一人物であるため、そのリスクを考慮する必要がありません。そこで、あえてその特約を設けず、民法の原則通り「売買契約の成立と同時に所有権が移転する」という契約内容を設計しました。そして契約書には、売買代金を何年間にわたって毎月いくらずつ支払うのかという割賦の条項を明確に盛り込みました。また、所有権移転時期の特約を設けないことも警視役所の中で明記し、将来に疑義が生じないように工夫しました。
もちろん、この取引は利益相反取引にあたるため、法的に有効な株主総会を開催し、その承認議事録も私が作成しました。最終的に、この特殊な条項を盛り込んだ売買契約書と株主総会議事録を添付して所有権移転登記を申請し、無事に手続きを完了させることができました。
このように、一口に法人化といっても、お客様の資金繰りやご意向に合わせて、柔軟な法務設計が可能です。専門家として、お客様一人ひとりの状況に合わせた最適な解決策をご提案することが我々の役割だと考えています。
まとめ:賃貸物件の法人化は司法書士にご相談ください
賃貸物件の法人化は、相続税評価額の圧縮や円満な遺産分割の実現など、将来の相続対策として非常に有効な手段となり得ます。しかし、その一方で、設立・維持コストや税務上の注意点、そして何より複雑な法務手続きが伴います。
特に、オーナー自身が代表を務める法人への不動産売却は「利益相反取引」に該当し、株主総会の承認といった会社法上の手続きを正しく踏まなければ、取引自体が無効になるリスクさえあります。そして、最終的に不動産の名義を法人へ移す「所有権移転登記」を完了させなければ、法人化は絵に描いた餅に終わってしまいます。
これらの法務手続きは、まさに私たち司法書士の専門領域です。安易な自己判断で手続きを進めてしまうと、後々思わぬトラブルに発展しかねません。
下北沢司法書士事務所では、不動産と相続、そして会社法務に精通した司法書士が、お客様一人ひとりの状況を丁寧にお伺いした上で、法人化が本当に最適な選択肢なのかどうか、という根本的な部分からアドバイスいたします。法人設立から利益相反の承認手続き、そして最終的な所有権移転登記まで、複雑な手続きをワンストップでサポートすることが可能です。賃貸物件の相続対策でお悩みでしたら、ぜひ一度、当事務所の無料相談をご利用ください。
下北沢司法書士事務所 竹内友章

東京都世田谷区北沢にある下北沢司法書士事務所は、相続手続き、遺言作成、相続放棄、会社設立、不動産売却など、幅広い法務サービスを提供しています。代表の竹内友章は、不動産業界での経験を持ち、宅地建物取引士や管理業務主任者の資格を活かし、丁寧で分かりやすいサポートを心掛けています。下北沢駅から徒歩3分の便利な立地で、土日も対応可能です。お気軽にご相談ください。
死亡退職金は誰のもの?相続放棄しても受け取れる?手続きと税金を解説
【結論】相続放棄しても死亡退職金は受け取れる?
大切なご家族を亡くされ、深い悲しみの中、様々な手続きに追われ、心身ともにお疲れのことと存じます。それに加えて、故人に借金があるかもしれないというご不安から「相続放棄」を考え始めると、「今後の生活の支えになる死亡退職金まで受け取れなくなってしまうのでは…」と、さらに大きな不安に駆られてしまいますよね。
まず、一番お伝えしたい結論から。会社の規定で受取人が指定されていれば、相続放棄をしても死亡退職金を受け取れる可能性は非常に高いです。
なぜなら、その死亡退職金は、亡くなった方の財産(相続財産)ではなく、受取人として指定されたあなた「固有の財産」になると考えられるからです。ご自身固有の財産であればそもそも相続財産ではないので、相続を放棄したとしても、受け取ることに何の問題もありません。
ただし、これはあくまで一般的なケースです。会社の規定の内容によっては結論が変わることもあり、慌てて手続きを進めてしまうと思わぬ落とし穴にはまってしまう危険性もあります。この記事で、一つひとつ丁寧に確認していきましょう。
受け取れるかどうかの分かれ道は「会社の規定」
相続放棄をしても死亡退職金を受け取れるかどうか、その運命を分ける最も重要なポイントは、故人がお勤めだった会社の「就業規則」や「退職金規定」です。
死亡退職金には、「給料の後払い」という側面に加え、「残された遺族の生活を守る」という大切な意味合いが含まれています。そのため、多くの会社では、遺族の生活が困らないよう、あらかじめ規定で「誰に支払うか」という受取人を具体的に定めているのです。

このように会社の規定で受取人が明確に指定されている場合、その死亡退職金は、亡くなった方の財産(相続財産)を経由せず、直接、受取人個人のものとなる(遺族固有の権利と判断される)ことが多いです。一方で、会社の規定に受取人の定めがない、あるいは「相続人に支払う」とだけ書かれていて相続人が受け取り人なのか、本人に渡すべきものを亡くなったので相続人に支払うのか明確でない場合などは、相続財産として扱われる可能性もあり、相続放棄との関係で結論が変わることがあります。
まずは故人の会社のルールを確認することが、すべての始まりとなるのです。
「相続財産」と「固有の財産」の違いとは?
ここで、「相続財産」と「固有の財産」という少し難しい言葉が出てきましたので、簡単にご説明したいと思います。
- 相続財産:亡くなった方が所有していた財産のことです。預貯金、不動産、株式といったプラスの財産だけでなく、借金などのマイナスの財産も含まれます。相続放棄をすると、これらすべての財産を引き継ぐ権利を放棄することになります。
- 固有の財産:相続とは関係なく、初めからその人個人のものとされる財産のことです。例えば、会社の規定で「妻に支払う」と指定された死亡退職金は、亡くなった夫の財産ではなく、直接「妻個人の財産」となります。
この違いを理解することがとても大切です。死亡退職金が「固有の財産」と認められれば、それは相続の対象外となるため、相続放棄をしても問題なく受け取れる、というわけです。これは、受取人が指定されている生命保険金が遺産分割の対象にならないことが多いのと同じ理屈です。
【実践】死亡退職金を受け取れるか確認する3ステップ
「理屈は分かったけれど、具体的にどうすればいいの?」という方のために、ここからは実際に確認を進めるための手順を3つのステップでご紹介します。
ステップ1:勤務先の担当部署に問い合わせる
まず最初に行うべきは、故人の勤務先への連絡です。人事部や総務部といった担当部署に電話をし、死亡退職金に関する規定があるかどうか、そしてその内容について教えてもらえないかを確認しましょう。
突然のことで、何から話せばよいか戸惑うかもしれませんが、次のように尋ねてみるとスムーズです。
「先日亡くなりました〇〇(故人のお名前)の妻(続柄)の〇〇と申します。死亡退職金の件でお伺いしたいのですが、御社には支給に関する規定がございますでしょうか。もし規定で受取人が定められているようでしたら、その内容についてもお教えいただけますと幸いです。」
ご家族を亡くされたばかりで、お辛い中での連絡は大変かと思います。落ち着いて、丁寧にお話しすれば、担当者の方もきっと親身に対応してくださるはずです。
ステップ2:就業規則・退職金規定の内容を確認する
担当部署から規定の写しをもらったり、内容を教えてもらったりしたら、次にその中身をしっかり確認します。最も重要なチェックポイントは、「受取人の範囲や順位が具体的に明記されているか」という点です。
規定には、例えば以下のような記載がされていることが一般的です。
- 「死亡退職金は、死亡した従業員の配偶者に支給する」
→この場合、配偶者が受取人となり、固有の財産になります。 - 「受取人の順位は、労働基準法施行規則第42条に準ずる」
→この場合、労働基準法施行規則で定められた順位(①配偶者、②配偶者がいない場合は「子→父母→孫→祖父母」の順で、かつ「死亡当時その収入によって生計を維持していた者又は生計を一にしていた者」)に従って受取人が決まり、その方の固有の財産となることが多いです。 - 「受取人の定めがない」または「法定相続人に支払う」
→このような場合は、相続財産とみなされる可能性が高く、注意が必要です。
もし規定の文言の解釈に迷う場合は、自己判断せず、専門家に見てもらうことをお勧めします。
ステップ3:公務員の場合は法律・条例を確認する
故人が公務員だった場合は、少し状況が異なります。国家公務員や地方公務員の死亡退職金(退職手当)は、民間の会社のように就業規則で定めるのではなく、多くの場合、法律や条例によって受取人が厳格に定められています。
例えば、国家公務員退職手当法には、受取人の範囲と順位が明確に規定されています。そのため、公務員の死亡退職金は、原則として「遺族の固有の財産」となり、そうすると相続放棄をしても受け取ることができることになります。
確認先は民間の会社とは異なりますので、故人の所属していた官公庁の共済組合などに問い合わせてみるとよいでしょう。
死亡退職金と税金の話|相続税の非課税枠を理解しよう
「無事に受け取れそうで安心した」という方も、もう一つだけ知っておいていただきたい大切なことがあります。それは税金の問題です。
死亡退職金は、これまでご説明した通り、民法上は「相続財産」ではなく「固有の財産」となることが多いのですが、税金の計算上は「みなし相続財産」として、相続税の課税対象に含まれるというルールがあります。
ただ、同時に課税がされない(税金がかからない)非課税枠に関するルールもあります。詳しくみていきましょう。
参照:国税庁 No.4117 相続税の課税対象になる死亡退職金

計算式は「500万円 × 法定相続人の数」
死亡退職金の非課税枠は、以下のシンプルな計算式で算出できます。
500万円 × 法定相続人の数 = 非課税限度額
例えば、法定相続人が配偶者と子ども2人の合計3人だった場合、非課税枠は「500万円 × 3人 = 1,500万円」となります。このケースでは、受け取った死亡退職金が1,500万円までであれば、相続税は一切かかりません。1,500万円を超えた部分だけが、他の相続財産と合算されて相続税の計算対象となります。
なお、誰が法定相続人にあたるかについては、ご家庭の状況によって異なります。
注意!相続放棄した人は非課税枠の計算にどう影響する?
ここで、相続放棄をした場合の少し複雑なルールについてお伝えします。これは間違いやすいポイントなので、しっかり押さえておきましょう。
- 非課税枠の「総額」は減らない
「法定相続人の数」をカウントする際、相続放棄をした人も人数に含めて計算します。例えば、法定相続人が3人(妻、長男、次男)で、次男が相続放棄をした場合でも、非課税枠の計算上の法定相続人は3人のままです。したがって、非課税枠の総額は「500万円 × 3人 = 1,500万円」で変わりません。相続放棄をしても、他の相続人の非課税枠が減ってしまうことはないのです。 - 相続放棄した「本人」は非課税枠を使えない
ここが重要な注意点です。上記の例で、もし相続放棄をした次男が(会社の規定により)死亡退職金を受け取った場合、次男自身はこの非課税枠の適用を受けることができません。受け取った死亡退職金の全額が、相続税の課税対象となってしまいます。
このルールは、相続放棄を検討している方にとっては非常に重要ですので、ぜひ覚えておいてください。
生命保険金の非課税枠とは別枠で使える
もう一つ、知っておくと有利な情報があります。死亡退職金と同じく「みなし相続財産」とされるものに生命保険金がありますが、この二つの非課税枠は、それぞれ別々に利用することができます。
生命保険金にも「500万円 × 法定相続人の数」という同じ計算式の非課税枠があります。先ほどの法定相続人が3人の例で言えば、死亡退職金で1,500万円、生命保険金で1,500万円、合計で最大3,000万円もの非課税枠が使えることになるのです。これは、遺族にとって非常に大きなメリットと言えるでしょう。
不動産など他の財産と合わせて相続税の申告が必要かどうか判断に迷う場合は、税理士さんにご相談することをお勧めします。
死亡退職金の手続きとよくある質問
最後に、実際の手続きの流れや、多くの方が疑問に思われる点についてQ&A形式で解説します。
手続きの一般的な流れと必要書類
死亡退職金を受け取るまでの大まかな流れは以下の通りです。ただし、会社によって詳細は異なりますので、必ず勤務先の指示に従ってください。
- 勤務先への連絡:まずは担当部署に連絡し、手続きについて案内を受けます。
- 必要書類の取り寄せ:会社から死亡退職金請求書などの書類が送られてきます。
- 請求書の記入・提出:案内に従って請求書を記入し、その他の必要書類と共に提出します。
- 指定口座への入金:書類に不備がなければ、後日、指定した口座に死亡退職金が振り込まれます。
一般的に必要となる書類には、以下のようなものがあります。事前に準備しておくと、その後の手続きがスムーズに進みます。
- 死亡診断書または死体検案書のコピー
- 故人の死亡が記載された戸籍(除籍)謄本
- 受取人の戸籍謄本および印鑑証明書
- 受取人名義の預金通帳のコピー
Q. 死亡退職金と「弔慰金」はどう違うのですか?
A. 死亡退職金と似たものに「弔慰金(ちょういきん)」があります。これは、故人の功労に報い、遺族を慰める目的で会社から支給されるお金です。香典のような意味合いが強く、一定の金額までは非課税で受け取ることができます。
非課税限度額を超えた部分は、税法上、死亡退職金として扱われることになります。
Q. 未払いの給与や賞与も相続放棄したら受け取れませんか?
A. 死亡した日までの未払いの給与や、すでに支給が確定していた賞与などは、原則として故人本人の財産、つまり「本来の相続財産」となります。そのため、相続放棄をした場合は、残念ながら受け取ることができません。
ただし、こちらも死亡退職金と同様に、会社の給与規定などで「本人が死亡した場合は遺族に支払う」といった特別な定めがある場合は、遺族の固有の財産として受け取れる可能性があります。やはり、ここでも会社の規定を確認することが重要になります。未支給分がある場合は、相続財産にあたるかどうか、死亡退職金と合わせて会社に確認してみましょう。
最終判断の前に|司法書士が手続きで迷った事例を紹介
突然ご主人を亡くされた世田谷区のAさんのケースです。ご主人はまだ50代の働き盛りで、Aさんは深いショックから、手続きに必要な書類に署名するのもままならないほど憔悴しきっていらっしゃいました。
私は、Aさんのお気持ちに寄り添い、ゆっくりとお話を伺うことから始めました。ご主人の財産状況を一つひとつ確認していく中で、話題になったのが死亡退職金です。「おそらく退職金が出るはずなのですが、これは私が受け取っても良いのでしょうか…」と、Aさんは不安そうにお尋ねになりました。
私は、「それは会社の規定によります。受取人が指定されていればAさんが受け取れますし、指定がなければ相続財産としてご家族で話し合って決めることになります」とお伝えし、会社から何か書類が届いていないか確認をお願いしました。
後日、Aさんがお持ちになった会社からの資料を一緒に拝見すると、退職金規定の中に配偶者が受取人になる旨が明確に確認できました。これを確認した私は、「Aさん、この書類の内容からは、Aさんが請求して受け取れる可能性が高いと考えられます。心配でしたら、請求書の記入も一緒にお手伝いします」とお伝えしました。
不安でいっぱいだったAさんの表情が、その時ふっと和らいだのを今でも覚えています。会社の案内書類を見ながら一緒に記入を進め、無事に手続きを終えることができました。このように、専門家がそばにいることで、精神的なご負担を大きく減らすお手伝いができると、私は信じています。
まとめ:まずは冷静に状況確認を。判断に迷うならご相談ください
この記事では、相続放棄と死亡退職金をめぐる問題について解説してきました。最後に、大切なポイントをもう一度振り返りましょう。
- 最優先で確認すべきは会社の「退職金規定」
受け取れるかどうかの鍵は、会社の規定に受取人が明記されているかどうかにかかっています。 - 受取人が指定されていれば「固有の財産」
相続放棄をしても受け取れる可能性が非常に高くなります。 - 相続税には「500万円 × 法定相続人の数」の非課税枠がある
相続放棄をした場合は非課税枠が使えない点に注意が必要です。
ご家族を亡くされた直後は、冷静な判断が難しい時期です。特に、故人に多額の借金があるかもしれない状況では、一つの行動が将来を大きく左右することもあります。死亡退職金を受け取ってしまった後に「実は相続財産だった」と判明し、相続放棄が認められなくなるケースもゼロではありません。
少しでも判断に迷ったり、不安を感じたりしたときは、決してご自身だけで抱え込まず、私たち専門家にご相談ください。何から手をつければ良いか分からないとき、どの専門家に相談すればよいか迷ったとき、まずはお話をお聞かせいただくことから始めませんか。あなたの心に優しく寄り添い、一番良い解決策を一緒に見つけていくお手伝いをさせていただきます。
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東京都世田谷区北沢にある下北沢司法書士事務所は、相続手続き、遺言作成、相続放棄、会社設立、不動産売却など、幅広い法務サービスを提供しています。代表の竹内友章は、不動産業界での経験を持ち、宅地建物取引士や管理業務主任者の資格を活かし、丁寧で分かりやすいサポートを心掛けています。下北沢駅から徒歩3分の便利な立地で、土日も対応可能です。お気軽にご相談ください。
相続した借地権建物の売却まで|管理費用の分担と覚書の作り方
相続した借地権付き建物、売却までの「管理」が盲点に
ご親族が亡くなり、借地権付きの建物を相続された場合、多くの方がまず考えるのは「この建物をどう分けるか」「どうやって売却するか」といった遺産分割や売却手続きそのものでしょう。しかし、そこには見過ごされがちな、「盲点」が存在します。この盲点を細かいことだと思って見逃すと思わぬ行き違いにつながることがあります。
それは、遺産分割が成立するまで、または遺産分割後も共有のまま売却する方針をとった場合に、実際に買主が見つかり引き渡しが完了するまでの「管理期間」の問題です。
この期間、建物は(遺産分割前であれば)共同相続人の共有(遺産共有)となり、(共有で売却する場合は)相続人らの共有財産として管理が必要になります。短ければ数ヶ月、長ければ1年以上にも及ぶこの期間中も、建物は存在し続けるわけですから、当然ながら維持管理費用が発生します。毎月の地代、毎年課される固定資産税、そしてある日突然必要になるかもしれない給湯器の交換や雨漏りの修繕費…。
これらの費用を誰が、いつ、どのように負担するのか。このルールを曖昧にしたまま「売却代金で清算すればいいだろう」と安易に考えてしまうと、相続人間での不公平感や疑念が生まれ、深刻なトラブルに発展しかねません。
相続手続きにおいて、円満な解決を目指すのであれば、財産の分け方だけでなく、売却が完了するまでの「管理」というプロセスにも、注意を払う必要があるのです。この記事では、相続人間の無用な争いを未然に防ぎ、スムーズな売却を実現するための具体的な方策について、専門家の視点から詳しく解説していきます。このテーマの全体像については、相続不動産を売却する際の進め方で体系的に解説しています。
売却完了までに発生する建物の管理費用とは?
では、具体的にどのような費用を想定しておくべきなのでしょうか。漠然と「維持費」と捉えるのではなく、その内訳を正しく理解することが、適切なルール作りの第一歩となります。管理費用は、大きく分けて「定期的に発生するもの」と「突発的に発生するもの」の2種類があります。
定期的に発生する費用(地代・固定資産税など)
これらは、売却期間中、継続的に支払いが求められる予測可能な費用です。
- 地代: 借地権である以上、土地の所有者(地主)へ毎月または毎年、地代を支払う義務があります。相続によって借地権者の地位は相続人に引き継がれるため、支払いを滞納することはできません。
- 固定資産税・都市計画税: 毎年1月1日時点の所有者に対して課税されます。納税通知書は通常、相続人の代表者一名に送付されますが、納税義務は共有者全員が連帯して負うことになります。
- 管理費・共益費: 建物がマンションの一室である場合などは、管理組合への支払いも継続して必要です。
- 光熱費・水道代: 空き家であっても、建物の維持管理(通水や換気など)のために最低限の契約を残しておく場合、基本料金が発生します。
実務上、これらの支払いは相続人の代表者が一旦立て替えるケースが多く見られます。しかし、立て替えが長期化するとその人の負担が大きくなるだけでなく、「本当に支払っているのか」「金額は正しいのか」といった不信感を生む原因にもなりかねません。特に固定資産税の納税義務は法的に連帯しているため、誰かが支払わなければ全員にリスクが及ぶことを認識しておく必要があります。

突発的に発生する費用(修繕費・火災保険料など)
次に、予測が難しく、かつ相続人間の意見が分かれやすいのが、突発的な出費です。
- 修繕費: 相続した建物が古い場合、給湯器の故障、雨漏り、配管のトラブルなどがいつ発生してもおかしくありません。台風や地震など自然災害による破損も考えられます。数万円程度の小規模な修繕であっても、「誰が費用を出すのか」「そもそも修理は必要なのか」といった点で合意形成が難航しがちです。
- 火災保険料: 相続した建物に火災保険がかけられているかを確認し、もし契約期間が切れるようであれば更新が必要です。空き家は放火などのリスクも高まるため、万が一の事態に備えることは重要です。保険料を誰が負担するのかも決めておくべきでしょう。
- その他維持管理費: 庭の植木の手入れ(剪定費用)、浄化槽の点検費用、害虫駆除の費用など、建物の状況に応じて様々な費用が発生する可能性があります。特に、空き家を放置していると、近隣からクレームが入り対応を迫られるケースもあります。
これらの突発的な費用は、金額の大小にかかわらず、相続人間の関係を悪化させる大きな要因となり得ます。だからこそ、事前にルールを決めておくことが不可欠なのです。
相続人間のトラブルを防ぐ「管理費用分担の覚書」を作成しよう
それでは、どうすればこれらの費用に関するトラブルを防げるのでしょうか。当事務所でおすすめすることが多いのが、「管理費用分担に関する覚書」を相続人全員で作成することです。
口約束は、後になって「言った」「言わない」の水掛け論になりがちです。書面で明確なルールを定めておくことは、合意内容に応じて法的な効力を持ち得るだけでなく、お互いの信頼関係を守り、円満な売却を実現するための「保険」となります。
参照: 法務省「共有制度の見直し (共有物の管理に関する行為を定める際の …」
なぜ覚書が必要なのか?遺産分割協議書との違い
「遺産分割協議書で合意したのだから、それで十分ではないか?」と思われるかもしれません。しかし、両者の役割は根本的に異なります。
- 遺産分割協議書: 故人の財産について、「誰が、どの財産を、どれだけの割合で取得するか」を確定させるための書類です。例えば、「建物は長男と次男が2分の1ずつ相続する」といった内容を定めます。これはあくまで「財産の分け方」を決めるものです。
- 管理費用の覚書: 遺産分割協議で共有となった財産を、「売却が完了するまでの間、どのように管理し、費用をどう負担するか」という具体的なルールを定めるための書類です。
遺産分割協議が成立しても、売却が完了するまでは共有状態が続きます。その間の運営ルールを遺産分割協議書とは別に定めることで、より詳細で実用的な取り決めが可能になり、将来の紛争を効果的に予防できるのです。
覚書に盛り込むべき必須7項目【ひな形付き】
実際に覚書を作成する際には、主に次の7つの項目が書くべき事項になってくることが多いt思います。各項目のポイントと合わせて、シンプルなひな形をご紹介します。
建物管理に関する覚書(ひな形)
相続人 甲(氏名)、乙(氏名)、丙(氏名)は、以下の不動産(以下「本物件」という。)の売却完了までの管理に関し、次のとおり合意した。
第1条(対象物件)
所在:東京都世田谷区北沢〇丁目〇番〇号
家屋番号:〇番〇
種類:居宅
構造:木造瓦葺2階建
床面積:1階 〇〇.〇〇平方メートル、2階 〇〇.〇〇平方メートル
第2条(管理担当者)
本物件の管理に関する連絡窓口及び費用の支払担当者は、甲とする。
第3条(費用分担の割合)
本物件の管理に要する費用は、甲、乙、丙が、各自の相続分(各3分の1)に応じて均等に負担する。
第4条(費用の範囲)
本覚書における費用とは、次に掲げるものをいう。
(1) 地代
(2) 公租公課(固定資産税・都市計画税)
(3) 火災保険料
(4) 建物の維持修繕費
(5) その他、本物件の管理に必要と認められる一切の費用
第5条(立て替えと精算)
管理担当者である甲は、第4条に定める費用を立て替えて支払い、その領収書等を保管する。立て替えた費用は、本物件の売却代金から、売却に要した諸経費(仲介手数料等)を控除した残額より、優先して甲に支払うものとする。
第6条(意思決定)
1. 1回の支出が金5万円未満の修繕については、管理担当者の判断で実施できるものとする。
2. 1回の支出が金5万円以上の修繕については、事前に相続人全員の合意を得るものとする。
第7条(有効期間)
本覚書の有効期間は、本日から本物件の所有権移転登記が完了する日までとする。
上記合意の証として、本覚書を3通作成し、各自署名押印の上、各1通を保有する。
令和〇年〇月〇日
(甲)住所:
氏名: 実印
(乙)住所:
氏名: 実印
(丙)住所:
氏名: 実印
このひな形をベースに、ご自身の状況に合わせて内容を調整してください。例えば、遺産分割協議書が複数枚にわたる場合と同様に、対象物件を正確に特定することが重要です。

【司法書士の視点】覚書作成時の3つの注意点
ひな形を参考に作成する際、専門家として特に注意していただきたい点が3つあります。これらを押さえることで、覚書の信頼性と実効性が格段に高まります。
- 形式を整え、証拠能力を高める
覚書は相続人全員が内容に合意した証です。全員が署名し、実印で押印しましょう。そして、それぞれの印鑑証明書を添付することで、本人の意思で作成されたことを証明でき、法的な証拠能力が高まります。作成した日付も忘れずに記載してください。 - 「曖昧な表現」を最大限排除する
「費用については、別途協議の上決定する」といった曖昧な表現は、将来の紛争の火種になります。例えば修繕費については、「5万円未満は管理担当者の判断、5万円以上は全員の合意」のように、具体的な金額で判断基準を設けることが重要です。管理担当者の権限の範囲を明確にすることで、スムーズな意思決定が可能になります。 - ケースによっては、売却活動への「協力義務」も明記する
管理費用の分担だけでなく、「不動産業者の選定や売却価格の決定にあたっては、誠実に協議し協力する」といった一文を加えることも有効です。これにより、一部の相続人が非協力的になることを防ぎ、売却活動全体を円滑に進める効果が期待できます。将来の約束事の有効性については、相続前の念書とは異なり、相続発生後の当事者間の合意は原則として有効です。
【事例紹介】覚書で円満に売却まで進められたAさんのケース
ここで、当事務所が実際にサポートさせていただいた事例をご紹介します。この事例は、まさに「覚書」が円満な相続の鍵となったケースでした。
中野区の借地権付き建物を複数の相続人で相続されたA様ご兄弟。誰もその家に住む予定はなく、売却して代金を相続分に応じて分けることで合意されていました。
私は遺産分割協議書の作成と並行して、A様たちにこうご提案しました。
「相続した不動産が売却できるまでには、少し時間がかかることが予想されます。その間の管理について、今のうちに皆様でルールを決めておきませんか?トラブルを未然に防ぐために、遺産分割協議書とは別に『覚書』を交わしておきましょう」
当初、A様たちは「兄弟なのだから、そこまでしなくても…」という雰囲気でした。しかし、私が「地代の支払いは必ず生じますし、全員からちょっとずつ振り込むわけにもいかないので立て替えが生じます。売却がしばらく先になると金額もかさばりますし、作っておいた方がいいと思いますよ」とお話しすると、その必要性を実感されたご様子でした。
遺産分割協議書に管理について書き込むことも可能ですが、財産の分け方と管理のルールが混在すると、書面が複雑で分かりにくくなります。そこで、あえて別の書面として作成することにしたのです。
作成した覚書には、
- 管理の連絡・支払担当者をA様お一人に統一すること
- 地代や庭の剪定費用など、管理にかかった費用は相続分に応じて負担すること
- 最終的には売却代金から清算すること
などを明確に盛り込みました。このように、将来トラブルになりそうな芽を先回りして摘み取り、具体的な解決策をご提案するのが、当事務所の相続サポートの特徴です。
結果、売却活動中に実際に小規模な修繕が必要になりましたが、覚書のルールに従ってA様がスムーズに対応。他のご兄弟も何ら不満を抱くことはありませんでした。そして先日、無事に売却が完了し、私が作成した清算表に基づいて売却代金から管理費用を差し引き、各相続人にご納得いただいた上で分配を行い、すべての手続きが円満に完了したのです。
売却代金から管理費用を清算する具体的な方法
無事に売却が完了したら、最後の大切な手続きが「清算」です。覚書に基づき、立て替えていた管理費用を売却代金から精算し、残額を相続人で分配します。このプロセスを透明性をもって行うことが、最後の最後まで良好な関係を保つ秘訣です。
ステップ1:清算表の作成
管理担当者は、立て替えた費用の全記録をまとめた「清算表」を作成します。日付、費用の内容(例:令和〇年〇月分地代、〇〇修繕費)、金額、そして支払いを証明する領収書の有無などを一覧にします。
ステップ2:費用の合計額を確定
清算表に基づき、立て替えた管理費用の総額を計算します。
ステップ3:分配可能額の計算
売却代金から、不動産会社への仲介手数料や登記費用といった売却諸経費を差し引きます。そこからさらに、ステップ2で確定した管理費用総額を差し引きます。これが最終的に相続人で分配する金額となります。
計算式:
(売却代金 - 売却諸経費 - 管理費用立替総額) = 相続人への分配可能額
ステップ4:最終的な分配
分配可能額を、遺産分割協議で定めた相続分(または覚書で定めた割合)に応じて各相続人に分配します。この際、作成した清算表と領収書のコピーを全員に共有し、内容を確認・承認してもらうことが重要です。これにより、全員が納得の上で手続きを終えることができます。多数の相続人がいる不動産の売却では、この透明性が特に重要となります。
まとめ:売却までの管理ルールこそ、円満な相続の鍵
相続した借地権付き建物の売却は、単に買主を見つければ終わり、というわけではありません。遺産分割協議が成立してから売却が完了するまでの、一見すると「何もない」期間のマネジメントが、相続を成功に導くか、それともトラブルに発展させるかの分水嶺になることもあります。
特に、兄弟姉妹など複数の相続人がいる場合、地代や固定資産税、突発的な修繕費といった費用負担の問題は、避けては通れません。この問題を解決するために有効な手段の一つが、事前に「管理費用分担の覚書」を作成しておくことです。
明確なルールを書面で定めておくことは、互いの負担を公平にし、不要な疑念や感情的な対立を防ぐための、いわば「転ばぬ先の杖」です。それは、ご家族の関係性を守り、故人が遺してくれた大切な財産を円満に次のステップへ繋ぐための、賢明な一手と言えるでしょう。
もし、覚書の作成や相続不動産の売却手続きにご不安を感じるようでしたら、ぜひ一度、当事務所にご相談ください。法律と不動産実務、そしてご家族の心情にも配慮しながら、皆様にとって最善の解決策を一緒に考え、スムーズな手続きの実現をサポートいたします。
下北沢司法書士事務所 竹内友章

東京都世田谷区北沢にある下北沢司法書士事務所は、相続手続き、遺言作成、相続放棄、会社設立、不動産売却など、幅広い法務サービスを提供しています。代表の竹内友章は、不動産業界での経験を持ち、宅地建物取引士や管理業務主任者の資格を活かし、丁寧で分かりやすいサポートを心掛けています。下北沢駅から徒歩3分の便利な立地で、土日も対応可能です。お気軽にご相談ください。
遺言執行者なしでも大丈夫!家庭裁判所への選任申立てと専門家への依頼
遺言執行者がいなくてお困りですか?解決策はあります
「相続財産は私が多くもらう内容になっているけれど、他の相続人にどう説明して協力してもらえばいいか分からない…」
相続に備えて遺言書を作ったものの、いざ相続が発生すると手続きが前に進まず、途方に暮れていらっしゃるのではないでしょうか。金融機関や法務局で想定外の指摘を受け、一人で悩みを抱え込んでいる方も少なくありません。
しかし、ご安心ください。あなただけが特別な状況にあるわけではありません。そして、その手詰まりの状態を打開する具体的な解決策は、きちんと存在します。
この記事では、遺言執行者がいないために相続手続きが止まってしまった場合の代表的な解決策を、専門家である司法書士の視点から分かりやすく解説します。読み終える頃には、ご自身の状況で次に検討すべき選択肢が整理でき、不安の軽減につながるはずです。
遺言における「遺言執行者」とは?
遺言執行者は、遺言の内容を実現するために、相続財産の管理その他遺言執行に必要な一切の行為をする権限を持っています(民法第1012条)。
つまり、遺言執行者がいれば、遺言の内容や手続の種類にもよりますが、基本的に単独で相続手続きを進められます。
遺言執行者がいれば、面倒な協力依頼や、それに伴う精神的なストレスから解放され、スムーズに遺言内容を実現できるのです。
このテーマの全体像については、相続の問題、どの専門家に相談する?ごく単純な判断基準を伝えます!で体系的に解説しています。
【2つの解決策】あなたに合うのはどっち?申立てvs司法書士への委任
では、遺言書に遺言執行者の指定がない場合、どうすればよいのでしょうか。解決策は大きく分けて2つあります。
- 家庭裁判所へ遺言執行者の選任を申し立てる
- 司法書士に遺産承継業務として手続き全体を依頼する
どちらの方法がご自身の状況に適しているか、それぞれの特徴を比較しながら見ていきましょう。これは、手続きの複雑さ、他の相続人との関係性、ご自身でかけられる時間や費用などを考慮して判断することが重要です。

解決策1:家庭裁判所へ遺言執行者の選任を申し立てる
遺言執行者がいない場合、利害関係人(相続人、受遺者など)は、家庭裁判所に遺言執行者の選任を申し立てることができます。裁判所によって選任された遺言執行者が、その後の手続きを進めていくことになります。
手続きの概要
- 申立人:利害関係人(相続人、遺言によって財産をもらう人など)
- 申立先:遺言者の最後の住所地の家庭裁判所
- 費用:遺言書1通につき収入印紙800円分、郵便切手代(裁判所によって異なる)、必要書類の取得費用
- 期間:申立てから選任までの期間は、事案や裁判所の運用により異なります。
申立ての流れと必要書類
手続きは以下の流れで進みます。
- 必要書類の収集:申立書、遺言者の死亡の記載のある戸籍(除籍)謄本、相続人全員の戸籍謄本、遺言執行者候補者の住民票、遺言書の写しなどを準備します。
- 申立書の作成:裁判所のウェブサイトにある書式を利用して作成します。申立ての理由などを記載します。
- 家庭裁判所への提出:管轄の家庭裁判所に書類一式を提出します。
- 照会書の送付:裁判所から相続人全員や候補者に対し、今回の申立てについての意見を尋ねる照会書が送られることがあります。
- 選任の審判:裁判所が候補者が適任であると判断すれば、選任の審判がなされ、審判書が送られてきます。
この審判書が、遺言執行者としての権限を証明する公的な書類となり、金融機関等の手続きで使用することになります。
誰を候補者にするか?
申立ての際には、遺言執行者の候補者を立てることができます。相続人自身が候補者になることも可能です。ただし、他の相続人との関係が複雑な場合、相続人の一人が執行者になると感情的な対立を招く恐れもあります。そのような場合は、中立的な立場の専門家(司法書士や弁護士)を候補者として申し立てる方が、手続きが円滑に進むケースが多いでしょう。
なお、遺言執行の費用は、原則として相続財産の中から支払われます。
家庭裁判所の手続きに関する詳細は、公式情報も併せてご確認ください。
参照:裁判所|遺言執行者の選任
解決策2:司法書士に遺産承継業務として丸ごと依頼する
もう一つの解決策は、家庭裁判所への申立ては行わず、司法書士に「遺産承継業務」として相続手続き全体を依頼する方法です。この場合、司法書士が相続人全員、若しくは財産承継者からの委任を受け、手続きの窓口となります。
遺産承継業務とは?
遺産承継業務とは、司法書士が相続人の代理人として、不動産の名義変更(相続登記)、預貯金の解約・分配、株式の名義変更、その他相続に関する煩雑な手続きをワンストップで代行するサービスです。
司法書士に依頼するメリット
- 相続人全員の協力が得られれば、裁判所の手続きは不要:相続人全員が手続きに協力的で、司法書士への委任に同意してくれるのであれば、家庭裁判所への申立ては必要ありません。これにより、時間と手間を節約できます。
- 時間的・精神的負担からの解放:戸籍の収集から金融機関とのやり取り、書類作成まで、煩雑な手続きをすべて専門家に任せることができます。平日の日中に役所や銀行へ行く時間がない方にとって、大きなメリットです。
- 中立的な専門家が間に入る安心感:司法書士が中立的な立場で他の相続人への説明や連絡調整を行うため、相続人間の無用なトラブルや感情的な対立を避けることができます。
特に、相続人同士の関係が良好で、手続きを円滑に進めたいが専門的な知識や時間がない、というケースでは非常に有効な選択肢です。当事務所でも、相続登記を含めた手続きをまとめてお受けすることが多くあります。
【解決事例】司法書士への依頼で手続きの不安から解放されたAさん
ここで、実際に当事務所にご相談いただき、無事に手続きを終えられた方の事例をご紹介します。
世田谷区にお住まいだったお母様を亡くされたAさん。遺言書は見つかったものの、遺言執行者が指定されておらず、ご自身とお兄様とで相続登記や銀行手続きを進めようにも、どうしていいか分からず困り果ててご相談に来られました。
お二人ともお仕事が忙しく、平日に休みを取ることも難しい。何より、複雑な手続きを前にして、気力も湧かないご様子でした。
「二人とも仕事で疲れていたし、うまく頭もまわらず進めることができませんでした。でも、やらなきゃいけないと心にはずっと引っかかっていたんです…」
Aさんのお話からは、前に進めない焦りと、心の重荷になっている状況がひしひしと伝わってきました。
当職は、お二人の状況とご意向を丁寧にお伺いした上で、「遺産承継業務」として相続手続きの一切をお引き受けすることをご提案しました。お二人から手続きに必要な委任状をいただき、その後の戸籍収集、財産調査、金融機関とのやり取り、そして最終的な相続登記と預貯金の払い戻しまですべて当事務所が代行しました。
Aさんとお兄様にお願いしたのは、印鑑証明書のご用意や、当職が作成した書類へのご署名・ご捺印など、ポイントとなるいくつかの作業だけです。煩雑な手続きの矢面に立つことなく、普段の生活を送りながら、相続手続きは着実に進んでいきました。
すべての手続きが完了した際、お二人からいただいた「無事に終わって、本当にスッキリしました」という言葉が、何より印象に残っています。手続きという物理的な負担だけでなく、心に引っかかっていた重荷からも解放された、安堵の表情でした。
手続きの悩み、一人で抱え込まずにご相談ください
遺言執行者がいないという状況は、多くの方にとって初めての経験であり、不安を感じるのは当然のことです。しかし、この記事でご紹介したように、解決策は必ずあります。
ご自身の状況では家庭裁判所への申立てが良いのか、それとも専門家にまとめて依頼する方がスムーズなのか。その判断に迷われたら、ぜひ一度、私たち専門家にご相談ください。
当事務所の代表司法書士は、心理カウンセラーの資格も有しております。単に法律手続きを代行するだけでなく、ご依頼者様が抱える不安や精神的なご負担にも寄り添い、安心して手続きを任せていただけるよう、心を込めてサポートいたします。
また、事務所のある世田谷区近辺だけでなく、東京23区や千葉・神奈川・埼玉など首都圏からご依頼を承っております。地域に関しては、こちらのコラムもご参照ください。
相続手続きは遠方の司法書士に依頼できる?全国対応の現実 | 相続手続、遺言、相続放棄、会社設立、不動産売却なら下北沢司法書士事務所
ぜひお問合せフォームや電話でお気軽にご連絡ください。
下北沢司法書士事務所 竹内友章

東京都世田谷区北沢にある下北沢司法書士事務所は、相続手続き、遺言作成、相続放棄、会社設立、不動産売却など、幅広い法務サービスを提供しています。代表の竹内友章は、不動産業界での経験を持ち、宅地建物取引士や管理業務主任者の資格を活かし、丁寧で分かりやすいサポートを心掛けています。下北沢駅から徒歩3分の便利な立地で、土日も対応可能です。お気軽にご相談ください。
「杉並区の相続空き家|解体補助金と売却前に必要な相続登記【司法書士監修】
ご自宅の将来、ご不安ですよね?杉並区の空き家問題、ご一緒に考えます
杉並区で長年お住まいになった大切なご自宅、あるいはご両親から受け継いだ思い出の詰まったご実家。その将来について考え始めたとき、期待よりも不安の方が大きくなってしまうことはありませんか。「管理も大変だし、そろそろ売却や解体を考えたいけれど、何から手をつけて良いのか…」「費用は一体いくらかかるのだろう…」そんなお悩みを抱え、多くの方が当事務所の扉を叩かれます。
この記事は、単に行政の制度を解説するだけのものではありません。皆様が抱える漠然とした不安を一つひとつ丁寧に解きほぐし、具体的な解決への道筋を一緒に見つけていくための「対話」のような時間にしたいと考えています。
私たち下北沢司法書士事務所は、井の頭線や京王線を通じて杉並区にお住まいの方々からも多くのご相談をいただいてまいりました。皆様のお話をじっくり伺う中で見えてきたのは、空き家の問題が、実は相続やご家族の関係、そして将来の生活設計といった、より深く、デリケートな問題と密接に結びついているという事実です。
この記事を読み終える頃には、漠然としていたお悩みが具体的な選択肢に変わり、次の一歩を踏み出す勇気が湧いてくるはずです。どうぞ、肩の力を抜いて、ご一緒に考えていきましょう。
まず知っておきたい、杉並区の空き家事情と放置するリスク
「まだ大丈夫だろう」と問題を先送りにしたくなるお気持ちは、とてもよく分かります。しかし、なぜ今、行動を起こすべきなのでしょうか。杉並区の調査・資料でも、地区によって空き家数の増減が見られ、空き家対策の重要性は高まっています。そして、管理されていない空き家を放置することには、想像以上に大きなリスクが伴うのです。
固定資産税が最大6倍に?「特定空き家」とは
空き家を放置する上でのリスクの1つが、「特定空き家」に指定されてしまうことです。
これは、倒壊の危険があったり、衛生上有害であったり、景観を著しく損なっていたりするなど、周辺の生活環境に悪影響を及ぼすと行政が判断した空き家のことを指します。
もし「特定空家」等として区から指導・勧告を受け、勧告に至ると、固定資産税等の負担軽減措置(住宅用地特例)が受けられなくなる場合があります。その結果、小規模住宅用地等に該当していた土地では、固定資産税の負担が実質的に大きく増える可能性があります。
これは決して他人事ではありません。行政からの助言や指導に従わずにいると、最終的にはこのような厳しい措置が取られることになります。
ご近所トラブルの原因にも。管理責任は所有者にあります
金銭的な問題だけではありません。管理されていない空き家は、ご近所トラブルの火種にもなり得ます。
- 老朽化した屋根瓦が強風で隣家に落下した
- 庭の木が伸び放題になり、お隣の敷地にはみ出してしまった
- 不審者が侵入し、犯罪の温床になってしまった
- 害虫や害獣が発生し、周辺に被害が及んだ
もしもこのような問題が起きた場合、状況によっては占有者(管理している立場の方)や所有者が損害賠償責任を負う可能性があります。空き家になったからといってすぐにこのような状態になるわけではないので慌てる必要はありませんが、念頭においておきたいリスクの1つです。

【2大選択肢を徹底比較】解体して補助金活用 vs そのまま売却
空き家の今後を考えるとき、多くの方が悩むのが「解体して更地にするか」「今のまま売却するか」という大きな分かれ道です。どちらが良い・悪いというわけではなく、それぞれにメリットとデメリットがあります。司法書士の視点から「費用」「税金」「手間」「リスク」の4つの観点で比較してみましょう。
| 選択肢①:解体して更地にする | 選択肢②:そのまま売却する | |
|---|---|---|
| メリット | ・杉並区の補助金で費用を抑えられる可能性・土地として売却しやすくなる・建物の欠陥に関するリスクがなくなる | ・解体費用がかからない・固定資産税の優遇が続く・すぐに売却活動を始められる |
| デメリット | ・解体費用の一時的な持ち出しが必要・固定資産税が上がる・補助金申請の手間と時間がかかる | ・買い手が限定されやすい・売却価格が低くなる傾向・建物の隠れた欠陥の責任を負うリスク |
選択肢①:解体して更地にする(補助金活用)
まず、建物を解体して更地にするケースです。杉並区には、老朽化が著しい空家の除却を支援する「老朽危険空家除却費用の助成制度」があり、要件に該当すれば活用できる可能性があります。
- 対象となる建物:区の調査により「老朽危険空家」と判定されたものなど、一定の条件があります。
- 助成金額:対象となる除却工事費の範囲・要件に応じて助成され、助成限度額は150万円です。
- 主な流れ:区への事前相談 → 業者見積もり → 助成申請・認定 → 工事実施 → 完了報告 → 助成金受給
最大のメリットは、この助成金によって解体費用という大きなハードルを下げられることです。更地にすれば、買主は自由に新しい家を設計できますし、売主としては売却後に建物の雨漏りなどの欠陥(契約不適合)を指摘される心配がなくなります。一方で、建物をなくすことで固定資産税が上がってしまう点や、助成金が入金されるまで解体費用を一時的に立て替える必要がある点は注意が必要です。近隣の世田谷区にも同様の制度があり、空き家対策は多くの自治体で重要な課題となっています。
選択肢②:今のまま「古家付き土地」として売却する
次に、解体せずに「古家付き土地」としてそのまま売却するケースです。
この選択肢のメリットは、何といっても解体費用がかからないこと。そして、売れるまで固定資産税の「住宅用地の特例」が適用され続けるため、税金の急な増額を避けられます。
しかし、デメリットも少なくありません。買主は建物の状態を細かくチェックするため、買い手が限定されたり、土地のみの価格から解体費用分を差し引いた金額での売買になったりと、価格が低くなる傾向があります。
そして、司法書士として最もお伝えしたいリスクが「契約不適合責任」です。売却後に、契約書に記載のなかった雨漏りやシロアリ被害、柱の腐食といった隠れた欠陥が見つかった場合、買主から修繕費用や損害賠償を請求される可能性があるのです。このリスクを避けるためにも、建物の状態を正確に把握し、契約内容を慎重に定める必要があります。売却益が出た場合には、空き家売却の税制特例が使えるかどうかも重要な判断材料になります。

空き家解体には区から補助金が出る可能性があります!
杉並区内において、特定空き家や特定空き家に認定するものと認定され、要件を満たすと空き家解体に補助金が出る可能性があります。最大でなんと150万円。ただ「150万円」若しくは「解体にかかった費用の80%」を補助するということなので、少なくとも2割は自己負担になってしまいます。また、下記のホームページ記載に助成の対象となる建物の一例の写真が掲載されていますが相当にボロボロです。それに要件の1つに「助成対象建築物の全部を解体し、除却すること」と記載されていることからも、実際に解体しないと助成されないため、スピーディーに売却したい場合は不向きかも知れません。ですがやはりこうした助成金を最大限に活用しないともったいないとも言えます。まずは解体助成の対象となる下記のホームページにさっと目を通した後、行政に相談し、制度利用できるのか・使うべきなのか検討してみるのも良いと思います。
どちらを選ぶにせよ必須!相続と登記の重要知識
解体か、売却か。どちらの道を選ぶにしても、その大前提として絶対に避けて通れない手続きがあります。それが「相続登記」です。
もし、不動産の名義が亡くなったお父様やお母様のままになっている場合、助成金申請や売却手続がスムーズに進まなかったり、売却時に必要となる所有権移転登記ができなかったりするため、早めに相続登記を整えることが重要です。2024年からは相続登記が義務化され、手続きを放置することのデメリットはますます大きくなっています。杉並区の空き家問題を解決する第一歩は、まず法的な所有者をきちんと確定させることから始まるのです。
相続人全員の同意がなければ、何も始められません
相続手続きにおいて、鉄の掟とも言えるルールがあります。それは、不動産が相続人間で共有の状態にあるうちは、解体や売却などの処分には原則として共有者全員の同意が必要になりますだということです。
亡くなった方の不動産は、遺産の分け方を決める「遺産分割協議」が完了するまで、相続人全員の共有財産です。「自分が主に管理しているから」「誰も住まないのだから良かれと思って」と、一部の相続人の判断で解体などを進めてしまうと、後から「私の同意なく財産を処分した」と、他の相続人から損害賠償を請求されるなど、深刻な親族トラブルに発展しかねません。
こうした事態を防ぐためにも、まずは遺産分割協議をきちんと行い、全員の意思を法的な書面(遺産分割協議書)として残しておくことが不可欠です。私たち司法書士は、この最も重要な合意形成のプロセスを、法的な観点からサポートする専門家です。
司法書士のちょっとした一言が、将来を大きく変えることも
当事務所は井の頭線や京王線を通じて杉並区からもアクセスが良く、多くのご依頼をいただきます。相続登記でご自宅の状況を伺うと、やはり築年数が経っていることが多く、皆様、将来の建て替えや解体について漠然と考えていらっしゃいます。
以前、杉並区にお住まいのA様もそんなお一人でした。相続登記の手続きが無事に終わり、雑談の中でご実家の将来についてお話されていた時、私はふと、こうお伝えしたのです。
「もし将来、解体するタイミングが来たら、一度、杉並区役所に相談してみると良いかもしれません。確か、解体費用の補助金制度があったはずですよ」
すると、A様は驚いた表情でこうおっしゃいました。
「そうなんですか!そういうのって、知っているのと知らないので大違いですよね。良いことを聞きました。ありがとうございます」
私たち司法書士の仕事は、ただ書類を作成して手続きを代行するだけではありません。お客様との対話の中から、その方の将来に関わるかもしれない、ちょっとした情報を提供すること。そんな血の通ったサポートを大切にしています。この一言が、お客様の未来の金銭的な負担を、少しでも軽くするきっかけになるかもしれないからです。
一人で悩まないで。杉並区の頼れる相談窓口と専門家
ここまで読んで、「やるべきことがたくさんありそうだ…」と少し圧倒されてしまったかもしれません。でも、ご安心ください。あなたは一人ではありません。杉並区には、こうした悩みに応えてくれる公的な相談窓口が用意されています。
杉並区役所の無料相談を活用しよう
まずは専門家の話を聞いてみたい、という方のために、杉並区では様々な無料相談窓口を設けています。こうした無料サービスをとりあえず利用してみるにも良いかも知れません。
- 空き家に関する総合無料相談窓口(専門家相談会):建築士や不動産、法律の専門家に無料で相談できる機会です。解体、売却、賃貸、管理など幅広く相談に乗ってもらえます。
- 住宅課 空家対策係:杉並区の空き家対策全般を担当する部署です。補助金制度の詳細や手続きについて、まずはこちらに問い合わせてみると良いでしょう。
- 杉並区空家等利活用相談窓口:区が民間事業者と協働して実施している、空き家の利活用等について無料で相談できる窓口です。
※開催日時や予約方法など、最新の情報は必ず杉並区の公式ホームページでご確認ください。
相続や権利関係が複雑な場合は司法書士へ
行政の窓口は非常に頼りになりますが、個別の家庭の事情にまで踏み込んだ法的な手続きは、専門家の領域となります。
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このような複雑なケースでは、法律の専門家である司法書士の力が不可欠です。当事務所では、初回のご相談は無料で承っております。また、代表司法書士はメンタル心理カウンセラーの資格も有しておりますので、法律的な話だけでなく、ご家族間のデリケートな問題や皆様のお気持ちにも寄り添いながら、最適な解決策を一緒に考えます。どうぞ、安心してお問い合わせください。
まとめ:大切なご実家の未来のために、今できることから始めましょう
杉並区にある大切なご自宅やご実家の将来。これまで漠然と抱えていた不安が、少しは晴れましたでしょうか。
この記事でお伝えした大切なポイントを振り返ってみましょう。
- まずは現状のリスクを把握する:空き家を放置すると、税金の増額やご近所トラブルといったリスクがあります。
- 2つの選択肢を比較検討する:「解体して補助金活用」か「そのまま売却」か、それぞれのメリット・デメリットを理解し、ご自身の状況に合った道を選びましょう。
- 大前提は相続手続き:何をするにも、まず相続人全員の合意と、正しい相続登記が不可欠です。
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空き家の問題は、時間と共に複雑化していく傾向があります。しかし、今日このページを読んでくださったあなたは、すでに解決への大きな一歩を踏み出しています。大切なのは、問題を先送りにせず、今できることから一つひとつ着実に進めていくことです。
もし、他の相続人と顔を合わせたくないなど、特別なご事情がおありの場合も、私たちが間に入ることで円満な解決を目指せます。あなたの、そしてご家族の未来のために、私たちが全力でサポートいたします。
下北沢司法書士事務所 竹内友章老朽危険空家除却費用の助成制度|杉並区公式ホームページ老朽危険空家除却費用の助成制度|杉並区公式ホームページ

東京都世田谷区北沢にある下北沢司法書士事務所は、相続手続き、遺言作成、相続放棄、会社設立、不動産売却など、幅広い法務サービスを提供しています。代表の竹内友章は、不動産業界での経験を持ち、宅地建物取引士や管理業務主任者の資格を活かし、丁寧で分かりやすいサポートを心掛けています。下北沢駅から徒歩3分の便利な立地で、土日も対応可能です。お気軽にご相談ください。
特別受益の持ち戻しが相続トラブルになる理由【司法書士が心理面も解説】
なぜ特別受益の持ち戻しは相続トラブルの火種になるのか?
「うちの親は、長男だけ家の頭金を出した」「妹だけ、私立大学の高い学費をずっと払ってもらっていた」…。相続が現実的になったとき、ふと、そんな過去の出来事が頭をよぎり、もしかしてこれが揉め事の原因になるのでは…と不安に感じていらっしゃいませんか。
その不安は、残念ながら的中することが少なくありません。「特別受益の持ち戻し」は、数ある相続問題の中でも、特に根深く、感情的な対立を生みやすいテーマの一つです。
司法書士としての正直な想い
司法書士として、この特別受益の問題にどう向き合うかは、常に悩ましい課題です。ご相談者様が「兄弟が親から特別な援助を受けていた」という認識をお持ちであれば、公平な相続を実現するために、この制度について積極的にお伝えすべきだと考えています。
しかし、ご家族の誰もがその点を問題視していない穏やかな状況で、私たちが「こういう制度もありますよ」と知識を提供することが、かえって無用な争いの火種を生んでしまうかもしれない。そんな葛藤があるのです。特別受益は、「誰かが過去に得をした」という一点に注目が集まりがちです。援助を受けていない側は「損をした」と感じ、受けた側は昔のことなので忘れていたり、当然の援助だと考えていたりする。この認識のズレが、深刻な対立を招きやすいのです。
さらに、過去のお金の動きを証明する記録が残っていないことも多く、これが問題をより複雑にします。特別受益は必ず主張しなければならないものではありません。専門家として公平な解決のための情報を提供しつつ、ご家族の平穏を壊さない。このバランスをどう取るか、一件一件、ご家族の状況と想いを丁寧に伺いながら、慎重に考えるほかありません。
この記事では、なぜ特別受益がこれほどまでにトラブルになりやすいのか、その根本的な理由を法的な側面だけでなく、家族の心理的な側面からも深く掘り下げて解説します。そして、その上で、どうすればこうした悲しい争いを未然に防げるのか、具体的な解決策までお伝えしていきます。
理由1:当事者間の「認識のズレ」が大きい
トラブルの最大の原因は、関係者の立場による「認識のズレ」です。同じ一つの贈与という事実も、立場が違えば全く違う景色に見えてしまいます。
- 贈与した親:「あの子は今一番大変な時期だから、少し援助してあげよう」という、特定の子供への愛情表現や支援のつもり。
- もらった子:「親が助けてくれるのは当たり前」「もう何十年も前の話だ」と、特別な恩恵を受けたという意識が薄い、あるいは忘れている。
- もらっていない子:「自分は我慢したのに、兄(妹)だけ不公平だ」「あれは実質的な財産の前渡しだ」と、強い不公平感を抱いている。
特に重要なのは、援助を受けた側に悪気がないケースがほとんどだということです。彼らにとっては、それは親からの愛情であり、当然の援助でした。そのため、他の兄弟から不公平を指摘されると、「なぜ今さらそんなことを言うんだ」「親の愛情にケチをつけるのか」と感情的に反発し、話がこじれてしまうのです。
理由2:「過去」を証明する難しさと不確かさ
「兄が家を建てた30年前、親が1,000万円援助したはずだ」——。そう主張しても、多くの場合、それを裏付ける客観的な証拠は残っていません。
贈与契約書を作成しているケースは稀ですし、銀行の取引履歴も一定期間を過ぎると取得が難しくなることがあります。結果として、それぞれの記憶だけが頼りとなり、「言った・言わない」「もらった・もらっていない」という水掛け論に発展してしまいます。
不確かな記憶を元にした主張は、相手への不信感を増幅させます。「そんな大金をもらっていない」「お前こそ、昔〇〇を買ってもらっていたじゃないか」と、互いの過去を詮索し合う泥沼の展開になりかねません。客観的な証拠が乏しいからこそ、感情的な対立が先鋭化しやすいのです。
理由3:「お金」と「家族の愛情」が結びつく問題だから
特別受益の問題は、単なる財産の計算問題ではありません。その根底には、「兄弟姉妹より冷遇されていた」という、非常にデリケートな感情の問題が横たわっています。
心理的な視点から見ると、相続の話し合いは、長年家族の中に蓄積されてきた不満やコンプレックスが噴出する場になりがちです。
- 「自分はずっと親の面倒を見てきたのに、都会にいる兄ばかり優遇されていた」
- 「弟の学費のために、私は進学を諦めた」
- 「親はいつも姉のことばかり気にかけていた」
こうした過去の寂しさや不満が、生前贈与という具体的な「お金の差」と結びついたとき、「財産の不公平」は「愛情の不公平」として認識されます。それは、お金の問題以上に深く心を傷つけ、簡単には修復できない家族の亀裂を生んでしまうのです。特に、親の介護を献身的に行ってきた方が感じる不公平感は、計り知れないものがあります。
【基礎知識】特別受益と持ち戻しの仕組み
なぜトラブルになるのか、その背景をご理解いただいたところで、次に法律上の基本的な仕組みを見ていきましょう。「特別受益」や「持ち戻し」という制度は、もともと相続人間の不公平をなくし、円満な解決を図るために作られたルールです。このテーマの全体像については、相続の計算方法を解説した記事で体系的に解説していますので、併せてご覧ください。
特別受益とは?対象となる3つの贈与
「特別受益」とは、一部の相続人が被相続人(亡くなった方)から生前に受けた特別な利益のことを指します。すべての生前贈与が対象になるわけではなく、法律(民法903条)では主に以下の3つの類型が定められています。
- 遺贈
遺言によって財産を譲り受けることです。包括遺贈も特定遺贈も、原則として特別受益にあたります。 - 婚姻・養子縁組のための贈与
持参金や嫁入り道具、支度金などがこれにあたります。ただし、社会通念上相当と認められる範囲の挙式費用や結納金は、通常は含まれません。 - 生計の資本としての贈与
これが最も範囲が広く、判断が難しいものです。具体的には、独立して事業を始めるときの開業資金、住宅購入資金の援助、アパート経営のための不動産の贈与などが典型例です。また、他の兄弟に比べて著しく高額な学費(例:私立医大の学費など)もこれに該当する場合があります。
2019年の民法改正(2019年7月1日施行)により、婚姻期間が20年以上の夫婦間で居住用不動産(居住用の建物またはその敷地)の遺贈・贈与がされた場合は、原則として「持ち戻し免除の意思表示があったもの」と推定されます(民法903条4項)。これは、長年の貢献に報いるための特別な配慮です。

持ち戻しとは?不公平を是正する計算方法
「持ち戻し」とは、この特別受益を相続財産に加算して、相続分を再計算する手続きのことです。これにより、生前に多くの財産をもらっていた相続人と、そうでない相続人との間の不公平を是正します。
重要なのは、これはあくまで「計算上の操作」だということです。実際に援助されたお金や不動産を返却するわけではありません。
計算は、以下の3ステップで行います。
- みなし相続財産を算出する
被相続人が亡くなった時点で残っていた相続財産に、特別受益の価額を足し合わせます。これを「みなし相続財産」と呼びます。 - 各相続人の法定相続分を計算する
ステップ1で算出した「みなし相続財産」を、法定相続分に従って各相続人に割り振ります。これが、本来各相続人が受け取るべきだった財産の額になります。 - 特別受益分を差し引く
特別受益を受けた相続人は、ステップ2で計算された本来の取得分から、自分がすでに受け取った特別受益の額を差し引きます。その残りが、今回実際に相続できる財産額となります。
この計算によって、生前に何ももらっていなかった相続人の取り分が増え、公平が図られるという仕組みです。
こんなケースはどうなる?特別受益の具体例と計算シミュレーション
言葉だけでは少し分かりにくいかもしれませんので、具体的なケースで計算の流れを見ていきましょう。
ケース1:長男にだけ住宅購入資金1,000万円を援助した場合
相続で最もよくある典型的な事例です。実家を誰が相続するかといった問題と絡むことも少なくありません。
【設定】
- 被相続人:父
- 相続人:長男、次男の2人
- 相続財産:預貯金3,000万円
- 生前贈与:長男は10年前に父から住宅購入資金として1,000万円の援助を受けていた。
【持ち戻し計算をしない場合】
単純に相続財産3,000万円を法定相続分(各1/2)で分けるだけです。
- 長男の取得分:3,000万円 × 1/2 = 1,500万円
- 次男の取得分:3,000万円 × 1/2 = 1,500万円
この場合、長男は生前贈与と合わせて合計2,500万円(1,000万円+1,500万円)を取得し、次男は1,500万円のみ。1,000万円もの差が生じ、次男としては不公平に感じるでしょう。
【持ち戻し計算をする場合】
- みなし相続財産を算出
3,000万円(相続財産) + 1,000万円(長男の特別受益) = 4,000万円 - 各相続人の本来の取得分を計算
4,000万円 × 1/2 = 2,000万円
(長男、次男ともに本来の取得分は2,000万円となります) - 特別受益分を差し引く
- 長男の最終的な取得分
2,000万円(本来の取得分) – 1,000万円(特別受益) = 1,000万円 - 次男の最終的な取得分
2,000万円(本来の取得分) – 0円 = 2,000万円
- 長男の最終的な取得分
持ち戻し計算を行うことで、長男と次男の最終的な取得額の合計は、生前贈与分も含めてそれぞれ2,000万円となり、公平が保たれることになります。

ケース2:一人だけ高額な私立医大の学費を援助した場合
学費の援助が特別受益にあたるかどうかは、判断が分かれやすいポイントです。親には子を扶養する義務があるため、通常の大学の学費程度であれば、扶養の範囲内とみなされ、特別受益にはあたらないことが多いです。
しかし、ポイントは「他の兄弟との比較」と「被相続人の資産状況」です。
例えば、長男は地元の公立大学(4年間の学費総額250万円)に進学したのに対し、次男は私立医科大学(6年間の学費総額3,000万円)に進学し、その費用をすべて親が負担したとします。この場合、兄弟間の学費の差額は著しく大きく、親の資産状況から見ても過分な援助だと判断されれば、通常の扶養の範囲を超えた「生計の資本としての贈与」として、特別受益と考えられる可能性が高くなります。
【注意】生命保険金や通常の生活費援助は原則対象外
特別受益と誤解されやすいものに、生命保険金があります。特定の相続人が受取人に指定されている生命保険金は、原則として受取人固有の財産とされ、相続財産には含まれず、特別受益にもあたりません。
また、子どもが経済的に困窮しているときに親が仕送りをするような、通常の生活費の援助も、親族間の扶養義務の範囲内として扱われるため、特別受益には該当しないのが一般的です。
ただし、生命保険金の額が相続財産総額に対してあまりにも大きいなど、著しく不公平な結果となる場合には、例外的に特別受益に準じて考慮されるべきだとした判例もあります。ケースバイケースの判断が必要になるため、迷った場合は専門家にご相談ください。
トラブルを未然に防ぐ「持ち戻し免除」という意思表示
ここまで見てきたように、特別受益の持ち戻しは公平を図るための制度ですが、その主張や証明の過程で家族関係に亀裂が入ってしまうリスクをはらんでいます。
こうした悲しい争いを避けるために、被相続人(財産を遺す側)ができる最も強力な対策が「持ち戻し免除の意思表示」です。
これは、被相続人が自らの意思で、「あの時の援助は、相続分の計算から除外してほしい」と明確に意思を示すことです。「事業を継いでくれる長男に少しでも多く財産を遺したい」「介護で苦労をかけた長女に報いたい」といった、親の特別な想いを法的に実現するための大切な手段と言えます。より詳しい手順については、特別受益証明書に関する解説記事もご覧ください。
遺言書で意思を明確に残すことが最も確実
持ち戻し免除の意思表示は、口頭でも可能とされています(黙示の意思表示)。しかし、それでは相続が始まったときに「言った・言わない」の争いになるのは目に見えています。
争いを確実に防ぐためには、遺言書を作成して、その中に持ち戻しを免除する旨を明確に記載しておくことが何よりも重要です。
特に、専門家としては、自筆証書遺言よりも、公証人が作成に関与し、原本が公証役場に保管される「公正証書遺言」を強くお勧めします。公正証書遺言は、形式不備で無効になるリスクが極めて低く、家庭裁判所での検認手続きも不要なため、相続開始後の手続きがスムーズに進むという大きなメリットがあります。
【文例付き】遺言書への具体的な書き方と注意点
遺言書に持ち戻し免除を記載する場合、以下のような文例が考えられます。
【遺言書 文例】
第〇条 遺言者は、長男・〇〇(昭和〇年〇月〇日生)に対し、令和〇年〇月〇日に贈与した住宅取得資金〇〇万円について、民法第903条第3項に基づき、その持ち戻しを免除する。
【注意点】
- どの贈与か特定できるように書く:「いつ、誰に、何を、いくら」贈与したのかを具体的に記載し、他の贈与と区別できるようにすることが大切です。
- 付言事項を活用する:遺言書の最後には「付言事項」として、法的な効力はありませんが、家族へのメッセージを遺すことができます。なぜそのように財産を分けるのか、その理由や他の相続人への感謝の気持ちなどを自分の言葉で綴ることで、相続人たちの納得感を得やすくなり、感情的なしこりを和らげる効果が期待できます。親に遺言の話を切り出すのは勇気がいるかもしれませんが、家族の未来のために大切な一歩です。
持ち戻しを免除しても「遺留分」には注意が必要
ここで一つ、専門家として非常に重要な注意点をお伝えしなければなりません。それは「遺留分」の存在です。
遺言によって持ち戻しを免除し、特定の子に多くの財産を遺すことは可能ですが、それが他の相続人の「遺留分」を侵害するほど極端な内容だった場合、新たなトラブルの原因になってしまいます。
遺留分とは、兄弟姉妹以外の法定相続人に保障された、最低限の遺産の取り分のことです。もし遺言や生前贈与によって自分の遺留分が侵害された場合、その相続人は、多くの財産を受け取った他の相続人に対して、侵害された分を金銭で支払うよう請求(遺留分侵害額請求)することができます。
つまり、持ち戻し免除は万能ではなく、他の相続人の遺留分に配慮したバランスの取れた内容にすることが、真の円満相続を実現する鍵となります。遺留分を侵害する遺言は、新たな争いを生む可能性があることを覚えておいてください。
まとめ:家族の想いを形にするために司法書士にご相談ください
特別受益の持ち戻しが相続トラブルの大きな火種となるのは、法律的な複雑さに加え、ご家族それぞれの「認識のズレ」や、お金と愛情が結びついた根深い感情の問題が絡み合っているからです。
この複雑でデリケートな問題を未然に防ぐ最も有効な方法は、財産を遺す方が生前の元気なうちに、公正証書遺言を作成し、ご自身の想いを明確な形で遺しておくことです。特に「持ち戻し免除」の意思表示は、特定の子供への感謝や支援の気持ちを法的に実現し、無用な争いを避けるための非常に重要な手続きです。
しかし、遺留分への配慮など、専門的な知識がなければ思わぬ落とし穴にはまってしまうことも少なくありません。
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下北沢司法書士事務所 竹内友章

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未成年の相続と特別代理人|不要なケースと児童福祉法の特例
未成年の相続で特別代理人が必要になる根本理由
相続人に未成年者がいる場合、手続きが少し複雑になります。その中心にあるのが「特別代理人」という制度です。なぜ、このような特別な代理人が必要になるのでしょうか。その根本的な理由から理解することが、この後の複雑なルールを読み解く鍵となります。
まず、大前提として、未成年者が行う法律行為は原則として法定代理人の同意が必要で、同意のない法律行為は取り消し得ます(ただし、権利のみを得る行為など例外もあります)。これは民法で定められており、不動産の売買契約や、相続財産をどのように分けるかを話し合う「遺産分割協議」もこれに含まれます。
通常、このような法律行為は親権者(多くは親)が未成年者に代わって行います。しかし、相続の場面では、その親権者自身も同じ相続人であるケースが少なくありません。例えば、父が亡くなり、母(親権者)と未成年の子が相続人になったとしましょう。
このとき、母が子の代理人として遺産分割協議に参加すると、どうなるでしょうか。「母の取り分を多くして、子の取り分を少なくする」という内容の協議を、母が自分自身と、子の代理人という二つの立場で決めることができてしまいます。これは、親が子どもの財産を守るべき立場にありながら、自身の利益を優先できてしまう状況であり、親と子の利益が真っ向から対立します。このような行為を「利益相反行為」と呼びます。
民法は、このような利益相反行為から未成年者を守るために、親権者が子の代理人になることを禁じています。そこで、家庭裁判所が親権者に代わって子の利益を守るための中立的な代理人、すなわち「特別代理人」を選任するという制度が設けられているのです。
この「利益相反」が起きるかどうか、という視点が、特別代理人が必要か不要かを判断する上での最も重要なポイントになります。このテーマの全体像については、遺産分割協議は全員の合意が必須で体系的に解説しています。
【ケース別】特別代理人が不要になる場合とは?
それでは、具体的にどのような場合に特別代理人が不要になるのでしょうか。裏を返せば、それは「利益相反」が生じないケースです。ご自身の状況と照らし合わせながら、確認していきましょう。
①親権者が相続人でない場合(離婚・代襲相続など)
特別代理人が不要になる最も代表的なケースが、親権者自身が相続人ではない場合です。親権者は遺産分割の当事者ではないため、子の取り分を減らして自分の利益を増やす、という構造自体が存在しません。したがって、利益相反は起こり得ず、親権者がそのまま子の代理人として遺産分割協議に参加できます。
具体的には、以下のような状況が考えられます。
- 離婚した元配偶者が亡くなり、その子(未成年)だけが相続人となるケース
親権者である元配偶者は、亡くなった方の相続人ではないため、利益相反は生じません。 - 祖父母が亡くなり、すでに他界している親に代わって孫(未成年)が相続人となるケース(代襲相続)
この場合、孫の親権者(亡くなった親の配偶者)は、祖父母の相続人ではないため、やはり利益相反は生じません。

先日、まさにこのようなご相談がありました。杉並区にお住まいのAさんからの相続登記のご依頼でした。亡くなったのはAさんのお母様で、相続人はAさんと、16歳になる甥御さんの二人。実は、Aさんの妹様(甥御さんの母親)はすでにお亡くなりになっており、甥御さんが代襲相続人となっていたのです。
このケースでは、甥御さんの親権者である父親(Aさんの義理の弟)は、Aさんのお母様の相続人ではありません。そのため、親と子の間で利益が対立する心配がなく、特別代理人を選任することなく、親権者である父親が甥御さんの代理人として遺産分割協議を進めることができました。手続きもスムーズに進み、Aさんも安堵されていました。
②親権者が相続放棄をした場合
次に、親権者も当初は相続人であったものの、家庭裁判所で「相続放棄」の手続きをした場合です。
相続放棄をすると、その人は法律上「初めから相続人ではなかった」とみなされます。その結果、前述の「①親権者が相続人でない場合」と同じ状況になり、親権者と子の間には利益相反関係がなくなるため、特別代理人は不要となります。
ただし、親権者だけが相続放棄をして、未成年の子には相続させる、という選択は慎重な判断が必要です。例えば、被相続人に多額の借金がある一方で、子を受取人とする生命保険金があるようなケースでは有効な手段となり得ます。しかし、子も借金を引き継ぐリスクがあるため、安易に判断すべきではありません。相続放棄をした相続人の扱いについては、専門的な知識が求められる場面も少なくありません。
③遺産分割協議を行わない場合(法定相続・遺言)
そもそも遺産分割協議を行わなければ、利益相反という問題は発生しません。特別代理人は、利益相反となる特定の法律行為について、未成年者の利益を守るために選任されるからです。具体的には、以下の2つの方法が考えられます。
- 法定相続分どおりに相続する
法律で定められた相続割合(法定相続分)のまま相続する方法です。例えば、不動産を法定相続分どおりの共有名義で登記申請する場合、遺産分割協議は不要なため、特別代理人も必要ありません。ただし、不動産が共有状態になると、将来売却したり、誰かが亡くなってさらに相続が発生したりする際に、手続きが非常に複雑になるというデメリットがあります。安易な選択は将来のトラブルの種になりかねません。 - 遺言書の内容に従って相続する
被相続人が有効な遺言書を残しており、その内容どおりに財産を分ける場合も、遺産分割協議は原則として不要です。特に、遺言執行者が指定されていれば、その者が手続きを進めるため、親権者が代理人として関与する必要もありません。
【専門家が解説】児童福祉法の特例とは?
ここからは、実務家でもあまり知られていない、非常に特殊なケースについて解説します。それは、「児童福祉法」の特例を用いることで、特別代理人の選任を回避できる可能性がある、という論点です。
この特例が適用される可能性があるのは、親権者がいない、または親権を行うことができない状況にある未成年者が、児童福祉施設(児童養護施設など)に入所している場合です。
通常、このようなケースでは、家庭裁判所に申し立てて「未成年後見人」を選任してもらい、その未成年後見人が遺産分割協議に参加します。しかし、児童福祉法第47条には、児童福祉施設の長が、入所中の子どもに関して親権を代行できる旨の規定があります。
この規定を根拠として、児童福祉施設の長が未成年者の親権を代行し、遺産分割協議に参加することが考えられるのです。これにより、家庭裁判所での特別代理人選任や未成年後見人選任といった煩雑な手続きを経ずに、相続手続きを進められる可能性があります。
この方法のメリットは、時間と費用の節約にあります。裁判所の手続きを省略できるため、より迅速に遺産分割を終えられるかもしれません。司法書士向けの専門書にも、この規定を活用した相続登記ができることが示唆されています。
ただし、これは非常にマニアックな論点であり、実務上の取り扱いは法務局や関係機関によって異なる可能性があります。この特例の利用を検討する際は、必ず事前に法務局や児童相談所、そして私たちのような相続手続きの専門家にご相談ください。
参考:児童相談所長又は施設長等による観護措置と親権者等の同意権・親権代行等について
まとめ:複雑な未成年者の相続は専門家へ相談を
未成年者が関わる相続手続きでは、まず親権者との間に「利益相反」が生じるかどうかを正確に見極めることが第一歩です。利益相反がなければ特別代理人は不要ですが、該当する場合は家庭裁判所での選任手続きが必須となります。
また、児童福祉法の特例のように、一般的な情報だけではたどり着けない専門的な解決策が存在することもあります。ご自身の判断だけで手続きを進めてしまうと、後で遺産分割協議が無効になったり、思わぬトラブルに発展したりするリスクも否定できません。
未成年者が関係する相続は、ぜひ一度当事務所にご相談ください。エリアも東京のほか、首都圏全般で受任実績があります。
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遺言での借金承継はトラブルの元?民法902条の2を解説
「借金は長男に」その遺言、トラブルの原因になるかもしれません
「私が残す財産は、事業を継ぐ長男にすべて相続させる。もちろん、事業のための借金もすべて長男に引き継いでもらいたい。」
事業を経営されている方や、ご自宅の住宅ローンが残っている方から、このようなご相談をいただくことは少なくありません。ご自身の亡き後、特定の相続人に資産と負債をまとめて承継させることで、他の家族に迷惑をかけず、円満な相続を実現したい。そのお気持ちは、痛いほどよく分かります。
しかし、その良かれと思って書いた遺言が、かえってご家族を混乱させ、債権者との思わぬトラブルを引き起こす可能性もあることをご存知でしょうか。
以前、杉並区からご相談に見えた50代のAさんも、同じようなお考えをお持ちでした。まだ住宅ローンの返済が残っており、万一の際に備えて遺言書を作成しておきたいとのことでした。私はAさんに、借金と遺言について、実務上とても大切な点をお伝えしました。
「住宅ローンのような借金を誰が返すか、ということについても遺言に書くことはできます。ただ、誰が返済義務を負うかは、遺言だけで自由に決められるわけではなく、民法という法律にルールがあるのです。そして、お金を貸している金融機関などは、この法律のルール通りに返済を求める権利を持っています。」
Aさんの場合、住宅ローンは団体信用生命保険で完済される可能性が高く、仮に残ったとしても金融機関は家を相続した方が返済を続けることを認めるのが普通です。
「ですから、Aさんの場合は遺言に住宅ローンのことを書いても書かなくても、結果はあまり変わらないかもしれません。ただ、遺言に書いた通りにならない可能性がある以上、ご家族が『遺言にはこう書いてあるのに、なぜ?』と無用な誤解や混乱を招く原因になりやすいのです。そのため、私は基本的に遺言に債務の承継について書くことはお勧めしていません。」
私の説明に、Aさんは深く頷かれ、「分かりました。住宅ローンについては遺言で触れないでおきましょう」とご決断されました。結果として、Aさんのご家族にとって、よりシンプルで誤解の余地のない遺言書が完成しました。
この記事では、なぜ遺言で借金の承継先を指定しても思い通りにならないのか、その法的根拠である「民法902条の2」を紐解きながら、あなたの想いを実現し、将来のトラブルを未然に防ぐための具体的な方法を、専門家の視点から詳しく解説していきます。遺言書の全体像については、司法書士が解説!遺言書を作成すべき典型的な5つのケースで体系的に解説しています。
遺言より法律が優先?債務承継の基本ルール
相続というと、預貯金や不動産といった「プラスの財産」の分け方をイメージされる方が多いでしょう。しかし、相続は借金などの「マイナスの財産」も引き継ぐのが原則です。そして、このマイナスの財産である「借金」の承継には、プラスの財産とは異なる、非常に重要な法律上のルールが存在します。

原則:借金は法定相続人が法定相続分で引き継ぐ
相続財産である預貯金や不動産は、相続人全員の話し合い(遺産分割協議)によって、誰がどの財産をどれだけ取得するかを自由に決めることができます。しかし、金銭の支払いを目的とする債務(可分債務といいます)について相続人間で負担者を決めたとしても、その合意や遺言の内容を債権者に当然に対抗できるわけではありません。
判例上、金銭債務などの可分債務は、相続が開始した瞬間に、法律で定められた割合(法定相続分)に応じて、各相続人に当然に分割して承継されると定められています。これは、相続人間の合意や遺言の内容とは無関係に、自動的に発生する法的効果です。
例えば、被相続人に1,000万円の借金があり、相続人が配偶者と子2人だったとします。この場合、相続開始と同時に、配偶者が500万円(法定相続分1/2)、子2人がそれぞれ250万円(同1/4)の返済義務を自動的に負うことになるのです。「遺産分割協議で長男がすべて借金を引き継ぐと決めた」としても、この原則は覆りません。
なぜ遺言で指定しても債権者には通用しないのか?
では、なぜ遺言で「借金はすべて長男に」と指定しても、債権者には通用しないのでしょうか。その理由は、「債権者の権利を保護するため」です。
もし遺言や相続人間の合意だけで債務者を自由に変更できてしまったら、債権者は大きな不利益を被る可能性があります。例えば、返済能力のある相続人から、資力のない相続人へ意図的に債務を付け替えることも可能になってしまいます。それでは、債権が回収できる可能性がかなり低くなり、債権者からみて不公平になります。
債権者からすれば、相続人たちの間でどのような話し合いがされたかは知る由もありません。そのため、法律は「債権者は、法定相続分に従って、各相続人に請求できる」という明確なルールを設けることで、債権者が不測の損害を被ることを防いでいるのです。これは、被相続人や相続人の一方的な都合によって、債権者の権利が害されることがないようにするための、公平性を保つための重要な仕組みといえます。
【条文解説】民法902条の2が定める「債権者の権利」
遺言による債務承継のルールを決定づけているのが、2019年の相続法改正で新設された「民法902条の2」です。この条文は、それまでの裁判所の判例で確立されていた考え方を明文化したもので、債権者と相続人の関係を理解する上で非常に重要です。
条文は少し難解ですが、その核心部分は「本文」と「ただし書き」に分かれています。それぞれを分かりやすく解説していきましょう。
本文:債権者は「法定相続分」で請求できる
まず、条文の本文では、遺言で特定の相続人に債務を承継させる旨の指定(特定財産承継遺言又は遺贈)があったとしても、債権者は、その遺言の指定に拘束されず、各共同相続人に対して法定相続分の割合で権利を行使できる、と定めています。
これが、これまで説明してきた大原則の法的根拠です。
先ほどの例で考えてみましょう。
- 被相続人の借金:1,000万円
- 相続人:長男、次男(法定相続分は各1/2)
- 遺言の内容:「借金1,000万円はすべて長男が承継する」
この場合でも、債権者は民法902条の2に基づき、長男と次男のそれぞれに対して、法定相続分である500万円ずつの返済を請求することができます。次男が「遺言で兄が全部相続することになっている」と主張しても、債権者に対してはその主張は通用しないのです。
ただし書き:債権者が「承認」すれば遺言どおりにできる
一方で、条文には「ただし書き」として例外が定められています。それは、債権者自身が、遺言で債務を承継すると指定された相続人(例:長男)が単独で債務を引き受けることを「承認」した場合は、その承認の効力が他の相続人にも及ぶ、というものです。
つまり、債権者が「分かりました。今後は長男さんだけに請求します。次男さんには請求しません」と同意してくれれば、例外的に遺言の内容が債権者との関係でも有効になるのです。
これは、債権者が自らの権利(次男に請求する権利)を任意に放棄することを認めるものです。当然ながら、債権者がこのような承認をするのは、単独で債務を引き継ぐ相続人に十分な返済能力があると判断した場合に限られるでしょう。例えば、事業用の資産をすべて承継する後継者であれば、金融機関も事業の継続性を考慮して承認する可能性は十分に考えられます。
この「債権者の承認」が、遺言者の意思を実現するための重要な鍵の一つとなります。

想いを実現し、トラブルを避けるための遺言書の書き方
では、債権者との関係では遺言の指定が通用しない可能性があるとして、遺言で債務について触れることは全く無意味なのでしょうか。いいえ、そんなことはありません。遺言の指定は、相続人間の内部的な関係においては有効です。そして、書き方を工夫することで、相続人間の無用なトラブルを防ぎ、ご自身の想いをより円滑に実現させることが可能になります。
相続人間の「求償権」を意識した文言の工夫
先ほどの例で、債権者が次男に500万円を請求し、次男がそれを支払ったとします。この場合、次男は「遺言で兄が全額負担することになっていたのに、自分が代わりに500万円払ったのだから、その分を返してほしい」と長男に請求することができます。これを法律用語で「求償権(きゅうしょうけん)」といいます。
遺言による債務承継の指定は、相続人間の内部ではこのような効力を持つのです。この関係をより明確にし、万が一のトラブルを避けるために、遺言書に次のような一文を加えておくことが有効です。
【文例】
「遺言者は、〇〇銀行に対する借入金債務の全部を、長男〇〇(生年月日)に相続させる。
万一、他の相続人が上記債務について債権者から請求を受け、これを弁済した場合には、長男〇〇は、当該他の相続人に対し、その弁済額の全額を速やかに支払うものとする。」
このように記載しておくことで、債務を承継する相続人の責任を明確にし、他の相続人が立て替えた場合の精算がスムーズに進むよう促す効果が期待できます。
(ただ、冒頭の事例でご紹介したとおり、当事務所ではそもそも書かないことをお勧めすることが多いです。)
「負担付遺贈」や「特定財産承継遺言」の活用法
より法的に意思を明確にする方法として、「負担付遺贈」や「特定財産承継遺言」という形式を活用することが考えられます。これは、特定の財産を与える代わりに、一定の義務(負担)を負わせるというものです。
【文例】
「遺言者は、長男〇〇(生年月日)に対し、下記不動産を相続させる。長男〇〇は、本件負担として、遺言者の〇〇銀行に対する借入金債務の全部を承継し、その弁済の責を負うものとする。」
このように、プラスの財産(不動産)の承継と、マイナスの財産(借金)の承継を明確にセットにすることで、なぜその相続人が債務を負うのかという理由が明確になり、相続人間の内部的な義務関係をより強固なものにすることができます。ただし、繰り返しになりますが、この記載も債権者に対して直接効力を主張できるものではない、という点は注意が必要です。遺言が必要なケースは様々ですが、債務がある場合は特に専門家のアドバイスが重要になります。
遺言書だけじゃない!生前にできる2つの重要対策
ここまで遺言書の書き方について解説してきましたが、より確実に、そして円満に債務承継を実現するためには、遺言書だけに頼るのではなく、生前のうちに対策を講じておくことが極めて重要です。特におすすめしたい、具体的で実践的な2つの方法をご紹介します。
① 債権者の同意を得て「免責的債務引受」契約を結ぶ
比較的確実な方法としては、生前のうちに債権者の同意を得て、特定の相続人(後継者など)に債務を引き継がせる「免責的債務引受契約」を締結しておくことが考えられます。
これは、債権者、現在の債務者(あなた)、そして新たに債務者となる人(債務を引き継ぐ相続人)の三者間で契約を結ぶものです。この契約が成立すれば、相続の発生を待つことなく、債務の承継が法的に確定します。そして、元の債務者(あなた)と他の相続人になるはずだった人たちは、その債務から完全に解放されます。
特に、事業承継で金融機関から融資を受けている場合などには有効な手段です。金融機関との交渉が必要になりますので、専門家を交えて計画的に進めることをお勧めします。
② 生命保険を活用し、返済資金を準備しておく
債権者の同意が得られない場合や、同意を得るまでもない場合に有効なのが、生命保険の活用です。これは、債務を承継する相続人の返済負担を軽減し、万が一他の相続人が返済を求められた際のトラブルを防ぐための、非常に現実的な対策です。
具体的には、遺言者であるご自身を被保険者とし、債務を承継させたい相続人(長男など)を保険金の受取人に指定した生命保険に加入します。そうすれば、相続が発生した際に、受取人である長男に死亡保険金が支払われます。長男はその保険金を原資として、借金を返済することができるのです。
ここで重要なのは、死亡保険金は受取人固有の財産とされ、原則として遺産分割の対象にならないという点です。つまり、他の相続人から「その保険金も遺産だから分けろ」と言われる心配がありません。債務を承継する相続人に、確実に返済資金を遺すことができる、非常に有効な手段と言えるでしょう。
まとめ:専門家と相談し、円満な債務承継の実現を
遺言で特定の相続人に借金を承継させることは、ご自身の想いを実現するための有効な手段の一つです。しかし、その想いを法的に実現するためには、いくつかの重要なポイントがあることをご理解いただけたかと思います。
- 原則:借金は、遺言の内容にかかわらず、法定相続人が法定相続分に応じて自動的に承継する。
- 対債権者:債権者は、原則として各相続人に法定相続分で請求できる。ただし、債権者が承認すれば遺言どおりにできる(民法902条の2)。
- 対相続人:遺言による指定は、相続人間の内部では有効。求償関係が生じる。
- 対策:遺言書の文言を工夫するほか、生前の「免責的債務引受」や「生命保険の活用」が考えられる。
借金が絡む相続は、法律関係が複雑になりがちです。また、ご家族の関係性にも配慮した、きめ細やかな対応が求められます。ご自身のケースではどの方法が最適なのか、一人で悩まずに、ぜひ一度専門家にご相談ください。
当事務所では、司法書士としての法律的な視点に加え、心理カウンセラーとしての視点も大切に、皆様のお気持ちに寄り添いながら、最適な解決策を一緒に考えさせていただきます。相続の問題、どの専門家に相談するべきか迷われた際も、まずはお気軽にお声がけください。
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下北沢司法書士事務所 竹内友章

東京都世田谷区北沢にある下北沢司法書士事務所は、相続手続き、遺言作成、相続放棄、会社設立、不動産売却など、幅広い法務サービスを提供しています。代表の竹内友章は、不動産業界での経験を持ち、宅地建物取引士や管理業務主任者の資格を活かし、丁寧で分かりやすいサポートを心掛けています。下北沢駅から徒歩3分の便利な立地で、土日も対応可能です。お気軽にご相談ください。
統合失調症の家族の将来は?成年後見で守る財産と安心な暮らし
「私たちがいなくなったら…」統合失調症の家族を想うご両親へ
「もし、私たち夫婦に何かあったら、この子の将来はどうなってしまうのだろう…」
「財産を遺しても、あの子が一人で正しく管理できるだろうか。悪い人に騙されてしまったら…」
「誰が、この子の人生に寄り添い、支え続けてくれるんだろう…」
統合失調症のお子様を想うご両親から、このようなお気持ちを伺うたび、私は胸が締め付けられる思いがします。先の見えない未来への不安、誰にも打ち明けられない孤独感。そのお悩みは、決してあなたご家族だけのものではありません。
こんにちは。下北沢司法書士事務所の竹内と申します。私は司法書士として財産管理や相続のお手伝いをすると同時に、心理カウンセラーとしてご家族のお心に寄り添う活動もしています。
この記事は、単に法律の制度を解説するためだけのものではありません。皆様が抱える心の重荷を少しでも軽くし、「親亡き後」という漠然とした不安を、具体的な「安心」へと変えるための道筋を示すためにあります。法律と心の両面から、あなたと、あなたの大切なご家族の未来を一緒に考えさせてください。読み終える頃には、きっと希望への第一歩が見えているはずです。
統合失調症と認知症、成年後見はどう違う?知っておきたい3つのポイント
「成年後見」と聞くと、多くの方が認知症の高齢者をイメージされるかもしれません。しかし、統合失調症の方の成年後見には、認知症のケースとは本質的に異なる、いくつかの重要なポイントがあります。この違いを理解することが、お子様の将来を守るための最適な形を見つける鍵となります。
ポイント1:支援期間の長さ|数十年単位の長期的なパートナーシップ
最も大きな違いは、支援が必要となる「期間の長さ」です。
統合失調症は10代後半から30代といった比較的若い年代で発症することが多く、成年後見制度の利用を開始するのも20代や30代からというケースも少なくありません。これは、後見人との関係も長期に渡る可能性があることを意味します。
認知症の高齢者の場合、多くは「残りの人生をいかに穏やかに支えるか」という視点になりますが、統合失調症の場合は全く異なります。後見人は、目先の財産管理を行うだけでなく、ご本人の加齢、ご両親との死別、病状の変化といった、様々なライフステージの変化に対応する必要が出る可能性が強いです。後見人を選ぶということは、短期的な問題を解決する相手を探すのではなく、お子様の長い人生を託せる、信頼できるパートナーを選ぶことに他なりません。
ポイント2:関わり方の違い|症状の波と「できること」に寄り添う
統合失調症には、症状が落ち着いている「寛解期」と、幻覚や妄想などが現れやすい「増悪期」という、症状の波があるのが特徴です。
そのため、後見人の関わり方も、画一的なものではなくなる可能性があります。状態が安定している時期には、ご本人の意思を尊重し、ご本人の趣味ややりたいことに財産を支出することもあるでしょう。
一方で、症状が強く出ている時期には、ご本人が不利益な契約を結んでしまったり、高額な買い物をしてしまったりしないようするなど、保護の色合いが強くなります。このように、ご本人の状態に合わせた後見人の方針も変えていく必要が出るかも知れません。

ポイント3:課題の違い|本人の意思と周囲との「架け橋」になる
統合失調症の方の後見人が直面する特有の課題として、ご本人の意思と、周囲の現実との調整役を担う場面が多くあることが挙げられます。
例えば、ご本人の趣味を安全性の理由から入居施設から止められる場面などが考えられます。確かに安全性も大事なのでうまく調整をする方法がないか、アイデアを出す必要があるかも知れません。
状況によっては、老老相続のように判断能力の低下が主な課題となるケースとはまた違った配慮が必要です。
成年後見制度で「できること」と「できないこと」
ここで、成年後見制度の基本について、改めて整理しておきましょう。この制度は万能ではありません。何ができて、何ができないのかを正しく理解しておくことが大切です。
【できることの例】
- 財産の管理:預貯金の入出金、年金の受け取り、公共料金や家賃の支払いなどを本人に代わって行います。
- 契約行為の代理・取消:本人が不利な契約を結んでしまった場合に、その契約を取り消したり、福祉サービスの利用契約や施設への入所契約などを本人に代わって結んだりします。
- 遺産分割協議:相続が発生した際に、本人に代わって遺産分割の話し合いに参加します。
【できないことの例】
- 日々の介護や身の回りのお世話:食事の支度や入浴の介助といった事実行為は後見人の仕事ではありません(別途ヘルパーなどを手配します)。
- 医療行為への同意:手術や延命治療など、本人の身体に関わる重大な医療行為について同意することはできません。
- 身分行為の代理:結婚、離婚、養子縁組などを本人に代わって行うことはできません。
成年後見人は、あくまで法律面・生活面での手続きをサポートする「代理人」です。財産を安全に守り、ご本人が安心して生活できる環境を整えるのが主な役割であり、その職務は家庭裁判所によって監督されます。時には、後見監督人が選任され、より厳格なチェックが行われることもあります。
ある統合失調症の方との歩み:司法書士が見た「安心」の形
制度の説明だけでは、なかなか具体的なイメージが湧かないかもしれません。ここで、私が後見人として関わらせていただいている、Aさんという女性のお話をさせてください。
Aさんは統合失調症を抱え、狛江市の施設で暮らしています。彼女の趣味は、縫い物でした。しかし、針を使うのは危ないという施設のルールで、大好きな趣味を諦めざるを得ない状況に、Aさんはとてもがっかりされていました。
私は施設側と話し合いの場を持ち、「編み物ではどうでしょうか。針のように尖ったものは使いませんし、間違って飲み込む心配もありません」と提案したのです。
最初は少し難色を示していた施設の方も、自室ではなく共有スペースで行うことを条件に、最終的には認めてくださいました。再び編み物ができるようになったAさんの嬉しそうな顔、そして「初めて彼女のの立場に立って、現実的な対応をしてくれる人が現れて本当に嬉しい」とご両親にも喜んでいただいたことは、今も忘れられません。
実は、ご両親から後見を依頼されたのには、もう一つ大きな理由がありました。それは将来の相続への備えです。Aさんのご兄弟は、過去にAさんの病気が原因でからかわれた経験から、Aさんに対して複雑な感情を抱えていました。ご両親は、自分たちがいなくなった後、Aさんが相続で不利益を被らないか、将来ご兄弟間で感情的な対立が起きないか、深く心配されていたのです。
成年後見人の役割は、単に財産を管理することだけではありません。Aさんの「編み物がしたい」というささやかな願いを叶えるように、ご本人の生活の質(QOL)を高めること。そして、将来訪れる相続の時に、Aさんとご兄弟が公平な形で財産を受け継げるよう、法的な盾となること。ご両親がお元気なうちから、その時に備えて伴走していく。これこそが、私たちが目指す「安心」の形なのです。こうしたサポートは、判断能力が低下した方を不動産の押し買いのような悪質な手口から守ることにも繋がります。
気になる費用は?申立てから長期支援までのコストと助成制度
制度を利用する上で、費用の心配は当然のことと思います。成年後見にかかる費用は、大きく分けて2種類あります。
① 申立て時にかかる初期費用
家庭裁判所への申立て手続きに必要な実費です。収入印紙代、郵便切手代、戸籍謄本などの取得費用、そして医師の診断書作成費用などがかかります。合計で数万円程度が目安ですが、ご本人の判断能力を詳しく調べる「鑑定」が必要になった場合は、さらに10万~20万円程度の鑑定費用が必要となることもあります。
② 後見人への継続的な報酬
後見人が選任された後、継続的に発生する費用です。親族が後見人になる場合は無報酬のこともありますが、私のような司法書士などの専門職が後見人になる場合は、家庭裁判所が本人の財産状況に応じて報酬額を決定します。一般的には、管理する財産額にもよりますが、月額2万円~が目安となり、本人の財産から支払われます。
「継続的な支払いは経済的に難しい…」と感じる方もいらっしゃるかもしれません。ご安心ください。そのような場合には、市区町村が費用の一部または全部を助成してくれる「成年後見制度利用支援事業」という公的な制度があります。利用できる条件は自治体によって異なりますので、まずはお住まいの市区町村の福祉担当窓口に問い合わせてみることが大切です。申立て前の支出については、後見開始後に問題となるケースもあるため、慎重な対応が求められます。
成年後見だけじゃない?「親亡き後」に備える他の選択肢
ご家族の状況によっては、成年後見制度以外の方法が適している場合もあります。視野を広げ、最適な選択肢を検討することも重要です。
家族信託
信頼できる家族(例えばご兄弟など)に財産の管理を託す契約です。成年後見制度のように家庭裁判所の監督を受けないため、より柔軟で自由な財産管理が可能になります。ただし、身上監護(生活や療養に関する配慮)は含まれないため、成年後見制度との併用を検討することもあります。
任意後見契約
これは、まだご本人の判断能力がしっかりしているうちに、将来判断能力が低下したときに備えて、あらかじめご自身で後見人を選んでおく契約です。ご両親が元気なうちに、信頼できる専門家などと契約を結んでおくことで、将来への備えができます。任意後見は、法定後見と比べて本人の意思をより強く反映できるのが大きなメリットです。
どの制度が最適かは、ご家族の状況、財産の内容、そして何よりもご本人の意思によって異なります。それぞれのメリット・デメリットを正しく理解し、ご家族に合った方法を選ぶために、一度専門家にご相談いただくことをお勧めします。
まとめ:未来への第一歩は「話すこと」から始まります
ここまで、統合失調症の家族の将来を守るための成年後見制度について、認知症との違いや具体的な事例を交えながらお話ししてきました。
精神的な問題を抱えたご親族に対す漠然とした不安も、一つひとつ紐解き、法的な制度という具体的な形に落とし込んでいくことで、着実な「備え」に変えることができます。
そのための第一歩は、専門家に「話すこと」です。
あなたの不安な気持ち、お子様への想い、誰にも言えなかった悩みを、どうか私たちに聞かせてください。司法書士として、そして心理カウンセラーとして、法律的な解決策をご提案するだけでなく、ご家族皆様のお心に深く寄り添いながら、未来への道を一緒に探すパートナーでありたいと願っています。
エリアも東京23区に限らず、千葉・埼玉・神奈川・茨城の方の後見人をつとめた実績があります。
相続手続きは遠方の司法書士に依頼できる?全国対応の現実 | 相続手続、遺言、相続放棄、会社設立、不動産売却なら下北沢司法書士事務所
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相続した実家の代償分割|兄弟に渡す公平な金額の決め方
「実家を継ぐ代わりに、兄弟にいくら払えば…」専門家の回答
「自分が実家を継ぐ代わりに、他の兄弟には現金を渡して公平にしたい。でも、一体いくら渡せば納得してもらえるのだろうか…」
相続において、遺産の中心がご実家の不動産であるケースは非常に多く、このようなお悩みは後を絶ちません。特に、ご兄弟との関係が良好であればあるほど、「自分のせいで不公平だと思われたくない」というお気持ちが強くなるのは、当然のことでしょう。
先日、当事務所にも世田谷区にお住まいのAさんから、まさに同じようなご相談が寄せられました。
ご両親と同居していたご自宅で相続が発生したAさんは、こう切り出しました。
「自宅は私が相続したいので、現金は姉に渡そうと思っています。ただ、預貯金だけでは不動産の価値に及ばないはずです。そこで、私から姉に不足分を現金で支払って、相続分を公平にしたいのです。でも、その『公平な金額』をどうやって決めたら良いのか分からなくて…」このAさんのお考えは、法律上「代償分割」と呼ばれる、ごく一般的な遺産の分割方法です。私はまず、その点をお伝えして安心いただいた上で、こう続けました。
「金額を決める基準には、相続税の申告に使う『路線価』や、固定資産税の基準になる『固定資産税評価額』などがあります。もちろん、不動産会社に査定を依頼して、実際に売れる価格である『時価』を基準にすることも可能です。差し支えなければ教えていただきたいのですが、お姉様とのご関係は良好ですか?」「特に悪いということはありません。むしろ、私がこのまま家を相続すると言っても、姉は文句を言わないかもしれません。ただ、私が一方的に得をするのは、何となく気が引けるんです」
この誠実なお気持ちこそが、円満な相続の鍵となります。私はAさんに一つのご提案をしました。
「でしたら、いずれにせよ相続税の申告は必要になりますから、その際に税理士が算出する評価額を基準にお話を進めてみてはいかがでしょうか。時価よりは低い金額になりますが、税理士という専門家が算出した客観的な数字であれば、お姉様も納得しやすいと思います」Aさんはこの提案を受け入れ、税理士が算出した評価額をもとに代償金の額を計算し、お姉様に丁寧に説明されました。結果、お姉様は「あなたの気持ちだけで十分よ」と、代償金の受け取りを辞退されたのです。
もしAさんが最初からご自身の利益だけを考えていたら、結果は違っていたかもしれません。ご兄弟を想う誠実な姿勢が、最良の結果を生んだのだと私は感じています。
この記事では、かつてのAさんのように悩んでいるあなたが、ご兄弟との関係を大切にしながら、誰もが納得できる「公平な金額」を見つけ出すための具体的な方法を、専門家の視点から分かりやすく解説していきます。この記事を読み終える頃には、代償分割を円満に進めるための道筋が、はっきりと見えているはずです。
なお、相続財産の分け方の全体像については、相続分の計算(法定相続分)で体系的に解説しています。
なぜ不動産の値段は一つじゃないの?4つの評価額を整理しよう
代償金の計算で多くの方が最初に戸惑うのが、「不動産の値段が一つではない」という事実です。時価、路線価、固定資産税評価額…なぜこれほど多くの価格が存在するのでしょうか。
答えはシンプルで、「目的が違うから」です。服に例えるなら、普段着とフォーマルウェアがあるように、不動産の価格も「誰が」「何のために」使うかによって、異なる物差しが用意されているのです。
まずは、それぞれの評価額が持つ役割を理解し、頭の中を整理していきましょう。

①時価(実勢価格):実際に売れる値段
「もし、この実家を今すぐ売却したらいくらになるか?」
この、最もシンプルで分かりやすい価格が「時価(実勢価格)」です。これは、不動産会社が近隣の取引事例や物件の状態などを総合的に判断して算出する、市場の需要と供給を反映したリアルな価格を指します。
兄弟間の話し合いにおいては、この時価を基準にすることで、「実際に売った場合と同じ価値で分ける」という分かりやすい理屈が成り立つため、最も公平感を得やすいと言えるでしょう。ただし、査定を依頼する不動産会社によって金額に幅が出ることがある点には注意が必要です。当事務所では、営業を受けることなく客観的な不動産の査定額を知るためのお手伝いも可能です。
②公示地価:国が示す土地取引の目安
「公示地価」とは、国土交通省が毎年1月1日時点の土地の価格を調査し、3月に公表するものです。全国の標準的な地点を選んで「1平方メートルあたりの正常な価格」を示すもので、いわば国が定める土地取引の「公的な目安」と言えます。
この公示地価は、不動産鑑定士が土地を評価する際や、公共事業で土地を取得する際の基準となり、時価を判断する上での重要な指標の一つです。ただし、あくまで標準的な土地の価格であり、個別の不動産の事情(建物の状態、日当たり、接道状況など)は反映されないため、直接この価格で代償金を計算することは一般的ではありません。
③相続税評価額(路線価):相続税を計算するための値段
「相続税評価額」は、その名の通り、相続税や贈与税を計算するために使われる価格です。国税庁が定めており、土地については主に「路線価」という基準が用いられます。
路線価とは、主要な道路に面した土地の1平方メートルあたりの価格のことで、毎年7月頃に公表されます。この路線価は、公平な課税を実現するために、地価の変動リスクなどを考慮して、公示地価の8割程度の水準に設定されるのが一般的のようです。
あくまで「税金計算用の価格」であるため、実際の取引価格である時価よりは低くなるのが一般的です。この価格を代償分割の基準に使う場合は、その点を相続人全員が理解し、納得している必要があります。不動産を相続すると、相続税申告が必要になるケースも少なくありません。
参照:財産評価基準書|国税庁
④固定資産税評価額:固定資産税を計算するための値段
不動産をお持ちの方にとって最も身近なのが、この「固定資産税評価額」ではないでしょうか。毎年春頃に市区町村から送られてくる固定資産税の納税通知書に記載されている価格です。
これは、固定資産税や都市計画税、不動産取得税、登録免許税といった税金を計算するために、市区町村が3年ごとに評価し直している価格です。目安としては、公示地価の7割程度が一般的のようです。す。
手元で簡単に確認できるため便利な反面、評価替えが3年に一度であることや、時価との乖離が他の評価額より大きい傾向があるため、代償分割の基準として用いる場合は、その特性を理解した上で慎重に検討する必要があります。
【本題】兄弟に渡すお金はどの評価額で決めるべき?
4つの評価額の違いを理解したところで、いよいよ本題です。兄弟に渡す代償金は、どの評価額を基準に決めるのが最も良いのでしょうか。
結論から言うと、「この方法が唯一の正解」というものはありません。最も大切なのは、相続人である兄弟全員が「この基準なら公平だね」と納得できるルールを決めることです。ここでは、状況に応じた最適な選択肢を2つのケースに分けてご提案します。
ケース1:最も公平を期すなら「時価」
ご兄弟との間で少しでも不公平感を生みたくない、あるいは、過去の経緯などから関係性が少しデリケートな状況にある。そのような場合に最も推奨されるのが「時価(実勢価格)」を基準にする方法です。
【メリット】
- 「もし売却していたら、この金額で分けられたはず」という明確な根拠があり、誰もが納得しやすい。
- 相続人間の不公平感をなくし、将来的な不満の種を摘むことができる。
【注意点】
- 客観性を担保するために、複数の不動産会社(できれば3社程度)に査定を依頼し、その平均額を基準にするなどの手間がかかる。
- 不動産査定には営業がつきものであり、その対応が負担になる場合がある。
- ・実際に売却するわけではないので、「本当はいくらで売れたのか」というの厳密には分からない。
お金のことで後々揉めたくない、というお気持ちが強いのであれば、少し手間はかかりますが、時価を基準にするのが最も安全な選択と言えるでしょう。
ケース2:兄弟仲が良好で手間を省きたいなら「相続税評価額」
長年にわたり兄弟間の信頼関係が厚く、円満な話し合いができると確信している。そんな場合には、「相続税評価額(路線価)」を基準にするのも合理的な選択肢です。
【メリット】
- 相続税の申告が必要な場合、いずれにせよ税理士が算出するため、その数字を流用すれば査定の手間が省ける。
- 国税庁が定める公的な価格であるため、一定の客観性と説得力がある。
【注意点】
- 時価の8割程度が目安であるため、実際に売れる価格よりは低くなる。つまり、不動産を取得する側が経済的に少し有利になることを、相続人全員が理解し、納得していることが絶対条件。
冒頭でご紹介したAさんのケースは、まさにこのパターンです。お互いの信頼関係を基に、手続きの簡便さを優先した円満な解決策と言えます。

【司法書士の実務】時価の目安を自分で知る方法
「不動産会社に査定を依頼するのは、まだ少し気が引ける。でも、おおよその時価は知っておきたい」
このようなご要望は、実務の現場で非常によく伺います。そこで、私が不動産会社に査定を依頼する前に、大まかな時価の目安を把握するためによく使う計算式をお伝えします。
それは、「相続税路線価 ÷ 0.8」という計算式です。
前述の通り、相続税路線価は、地価公示価格等を基にした価格の80%程度を目途に設定されています。そのため、路線価を0.8で割り戻すことで、簡易的に時価に近い金額を推計することができるのです。
例えば、路線価が2,400万円の土地であれば、「2,400万円 ÷ 0.8 = 3,000万円」となり、時価はおおよそ3,000万円前後ではないかと見当をつけることができます。
もちろん、これはあくまで簡易的な計算方法であり、個別の不動産の特性を反映した正確な時価ではありません。また地方は固定資産材評価額が市場価格より高いこともあり得るので、都心部のみに使える方法でしょう。しかし、この目安を知っておくだけで、不動産会社から提示された査定額が妥当な範囲にあるか判断する材料になりますし、兄弟との話し合いを始める上でのたたき台としても活用できるでしょう。
代償分割を円満に進める3つのステップと注意点
代償分割の基準となる評価額の方向性が決まったら、次はいよいよ具体的な手続きに進みます。後々のトラブルを防ぎ、円満に相続を完了させるためには、丁寧に手順を踏むことも重要です。ここでは、その手順を3つのステップに分けて解説します。
ステップ1:兄弟全員で話し合い、評価の基準を決める
最初に行うべき、そして最も重要なステップが、相続人全員での話し合い(遺産分割協議)です。感情的になるのではなく、まずは「どの評価額を基準にして金額を決めるか」というルール作りから始めましょう。ここで全員が合意できれば、その後の金額計算は事務的に進めることができます。
話し合いが難航しそうな場合や、冷静に話を進める自信がない場合は、専門家が間に入ることで、円満な解決に向けたサポートが可能です。遺産分割協議は相続人全員の合意が絶対条件となります。
ステップ2:合意内容を「遺産分割協議書」に明記する
話し合いで決まった内容は、必ず「遺産分割協議書」という法的な書面に残してください。口約束は「言った、言わない」のトラブルの元となり、非常に危険です。
代償分割を行う場合の遺産分割協議書には、最低でも以下の項目を明確に記載する必要があります。
- 誰がどの不動産を相続するのか
- 不動産を相続する代償として、誰が誰に、いくらの金銭を支払うのか
- いつまでに支払うのか(支払期日)
- どのように支払うのか(支払方法)
この遺産分割協議書をきちんと作成しておかないと、代償金の支払いが税務署から「贈与」とみなされ、思わぬ贈与税が課されてしまうリスクもあります。作成は専門家にお任せいただくのが最も安全です。より詳しい記載方法については、遺産分割協議書の「その他一切の財産」とは?プロが解説をご覧ください。
ステップ3:不動産の名義変更(相続登記)と代償金の支払い
遺産分割協議書が完成したら、最後の手続きです。協議書の内容に基づき、法務局で不動産の名義をあなたに変更する「相続登記」を行います。この手続きは司法書士の専門分野です。
そして、協議書で定めた期日までに、ご兄弟へ代償金を支払います。支払いは、後々の証拠となるよう、銀行振込など記録が残る形で行うことを強くお勧めします。この2つが完了すれば、代償分割の手続きはすべて終了です。具体的な相続登記の手続きについては、別の記事で詳しく解説しています。
代償金の支払いが難しい…そんな時の対処法
「実家の価値が高く、代償金が数千万円になってしまった。とても一括では支払えない…」
不動産の価値によっては、代償金が高額になり、自己資金だけでは支払いが困難なケースも考えられます。そんな時も、慌てる必要はありません。いくつかの対処法があります。
①分割払いを交渉する
まずは、他の相続人であるご兄弟に、分割での支払いを交渉してみましょう。これが最も現実的な選択肢です。もし合意が得られた場合は、支払期間、毎月の支払額、支払いが遅れた場合の取り決めなどを遺産分割協議書に詳細に記載することが不可欠です。受け取る側が安心できるよう、協議書を公正証書にしておくことも有効な手段です。
②金融機関からローンを組む
一括での支払いを求められた場合には、相続した不動産を担保にして金融機関から融資を受ける「不動産担保ローン」などを利用する方法もあります。問題を早期に解決できるメリットがある一方で、当然ながら金利の負担が発生し、長期的な返済義務を負うことになります。利用する際は、今後のライフプランも考慮し、慎重に検討する必要があるでしょう。
③他の分割方法を再検討する
どうしても代償金の支払いが難しい場合は、代償分割という方法に固執せず、一度立ち止まって他の分割方法を再検討することも、円満解決のためには重要です。
例えば、実家を売却して現金化し、その現金を相続分に応じて分ける「換価分割」という方法もあります。思い出の詰まった実家を手放す決断は辛いものですが、誰もが金銭的に納得でき、しこりを残さないという点では優れた方法です。相続で最も大切なのは、家族が納得できる結論を見つけることです。多数の相続人がいる不動産の売却も選択肢の一つとして考えてみてください。
まとめ:兄弟との円満な相続は専門家への相談から
相続した実家を代償分割で引き継ぐ際に、兄弟に渡す公平な金額の決め方について解説してきました。
不動産の評価額には時価や路線価など複数の種類がありますが、どの基準を選ぶかに絶対の正解はありません。最も重要なのは、「どの評価額を基準にするか、相続人全員で話し合い、心から納得して合意すること」、この一点に尽きます。
不動産の評価、複雑な法律手続き、そして何よりご家族間の感情の調整は、決して簡単なことではありません。一人で抱え込み、良かれと思って進めたことが、かえって誤解やトラブルを生んでしまうこともあります。
私たち司法書士は、法律手続きの専門家であると同時に、皆様のお気持ちに寄り添い、円満な話し合いをサポートする身近な相談相手です。誰に相談すべきか迷った時は、まずはお気軽にご連絡ください。あなたとご兄弟にとって、最良の解決策を一緒に見つけていきましょう。
当事務所では、代償分割や相続に関するご相談を無料で承っております。まずはお話をお聞かせください。
下北沢司法書士事務所 竹内友章

東京都世田谷区北沢にある下北沢司法書士事務所は、相続手続き、遺言作成、相続放棄、会社設立、不動産売却など、幅広い法務サービスを提供しています。代表の竹内友章は、不動産業界での経験を持ち、宅地建物取引士や管理業務主任者の資格を活かし、丁寧で分かりやすいサポートを心掛けています。下北沢駅から徒歩3分の便利な立地で、土日も対応可能です。お気軽にご相談ください。
