遺言執行の費用は誰が負担?民法1021条でわかる内訳と注意点

遺言執行の費用は誰が負担?民法1021条が示す大原則

「遺言書に書いた内容を実現するための費用は、一体誰が払うのだろう?」
「相続する財産から支払うと聞いたけど、自分の貯金から一時的にでも立て替える必要があるのかな?」

遺言書の作成を考え始めると、このような費用に関する疑問や不安が頭をよぎるのではないでしょうか。特に、残されたご家族に負担をかけたくないというお気持ちが強い方ほど、気になる点だと思います。

ご安心ください。この疑問には、法律が明確な答えを用意しています。

結論から申し上げますと、遺言執行にかかる費用は、原則として「相続財産」の中から支払われます。つまり、相続人や遺言執行者の方が、最終的にご自身の財産から負担するのが原則ではありません(ただし、手続上いったん立て替えが必要になるケースはあります)。

この大原則を定めているのが、民法第1021条です。

(遺言の執行に関する費用の負担)
第千二十一条 遺言の執行に関する費用は、相続財産の負担とする。ただし、これによって遺留分を減ずることができない。

少し硬い言葉ですが、要するに「遺言内容を実現するためにかかったお金は、亡くなった方の財産から支払ってくださいね」と国が定めている、ということです。遺言執行は、亡くなった方の最終的な意思を実現するための手続きですから、その費用も亡くなった方の財産でまかなうのが合理的である、という考え方に基づいています。

ただし、この条文には「ただし、これによって遺留分を減ずることができない」という続きがあります。これは、遺言執行費用を支払った結果、他の相続人の最低限の取り分である「遺留分」を侵害してはいけない、というルールです。費用の支払いも大切ですが、相続人の権利も守られるべき、というバランスが図られているのです。

このように、法律上の原則は明確です。しかし、実務の現場では「原則通りにはいかない」ケースも存在します。特に、相続財産の大半が不動産で、すぐに支払いに使える預貯金が少ない場合などは注意が必要です。

この記事では、まず遺言執行にかかる費用の具体的な内訳をご説明し、その後で、実務で起こりがちな問題点とその対策について、専門家の視点から詳しく解説していきます。将来の相続が円満に進むための知識として、ぜひ最後までお付き合いください。

(参照:民法 | e-Gov 法令検索

遺言執行にかかる費用の具体的な内訳

「相続財産から支払われる」といっても、具体的にどのような費用が発生するのでしょうか。遺言執行にかかる費用は、大きく分けて「手続きのために必ずかかる実費」と「専門家に依頼した場合の報酬」の2種類があります。ここでは、代表的な費用の内訳を見ていきましょう。

遺言執行にかかる費用の内訳を示した図解。費用は「実費(登録免許税、手数料)」と「専門家報酬(遺言執行者報酬)」に大別される。

不動産の名義変更(相続登記)にかかる登録免許税

遺言によって不動産を特定の相続人に相続させる場合、法務局で不動産の名義変更手続き(相続登記)を行う必要があります。この際に、税金として国に納めるのが「登録免許税」です。

登録免許税の金額は、以下の計算式で算出されます。

登録免許税 = 不動産の固定資産税評価額 × 0.4%

例えば、固定資産税評価額が3,000万円の土地と家屋を相続した場合、登録免許税は12万円(3,000万円 × 0.4%)となります。この費用は、司法書士への報酬とは別に必ず発生する「実費」です。相続財産に不動産が含まれる場合、この登録免許税が費用の大きな割合を占めることも少なくありません。

なお、一定の要件を満たす土地の相続登記については、登録免許税の免税措置が設けられています。

預貯金の調査・解約に必要な手数料(取引履歴や残高証明など)

遺言執行者は、まず亡くなった方の財産を正確に把握する必要があります。そのために、各金融機関に対して口座の有無を調査し、亡くなった日時点での取引履歴や残高証明をの取得を行うことがあります。この残高証明書は、相続税の申告が必要な場合などに、死亡日時点の預貯金残高を正確に示す資料として求められることが多い重要な書類です。

残高証明書の発行には、1通あたり数百円から千円程度の手数料がかかります。これは金融機関ごとに発生するため、故人が複数の銀行に口座を持っていた場合は、その数だけ手数料が必要になります。

一見、少額に見えるかもしれませんが、故人の取引金融機関が多岐にわたる場合や、ゆうちょ銀行の相続手続きのように独自のルールがある場合など、調査や解約手続きそのものに手間と時間がかかることも少なくありません。これらの手続きにかかる手数料も、すべて相続財産から支払われる費用です。

遺言執行者への報酬(専門家に依頼した場合)

遺言の内容をスムーズかつ正確に実現するため、司法書士などの専門家を遺言執行者に指定することがあります。この場合、その専門家に対して支払うのが「遺言執行者報酬」です。

報酬の体系は事務所によって様々で、相続財産の総額に一定の料率を掛けて算出する方法や、手続きの難易度に応じた定額報酬を設定している場合などがあります。一般的には、遺産総額の1%~3%程度が目安とされることが多いですが、財産の内容や相続人の数によって変動します。

専門家に依頼すると費用はかかりますが、戸籍の収集から財産目録の作成、不動産の名義変更、預貯金の解約・分配まで、煩雑で時間のかかる一連の手続きをすべて任せることができます。相続人間のトラブルを未然に防ぎ、精神的な負担を大きく軽減できるというメリットは、費用以上の価値があると言えるかもしれません。

原則と現実。費用の支払い方で注意すべきこと

「費用は相続財産から支払う」という民法の原則はご理解いただけたかと思います。しかし、実務の現場では、この原則だけではスムーズに進まないケースに直面することがあります。特に、多くの方が不安に感じるのが「すぐに使える現金が相続財産にない」という状況です。こういう場合は、現実問題としてご自身の預貯金を支出する可能性があるかも知れません。ただ、相続した不動産を売却するなどで結果的にプラスになることは十分考えられます。それでもプラスが無く、負担ばかりが多い場合は無理すことはありません。相続放棄も検討しましょう。

費用負担で揉めないための司法書士からのアドバイス

先日、新宿区にお住まいのAさんが、お父様の遺言作成のご相談にお見えになりました。遺言の内容を伺い、手続きをスムーズに進めるために遺言執行者を指定することをお勧めしたところ、Aさんからこんなご質問をいただきました。

「先生、こういう手続きの費用って、結局誰が出すことになるんでしょうか?」

これは、非常に鋭いご質問です。実は、遺言執行の費用について、ご相談者様からご質問をいただくことは、それほど多くありません。なぜなら、この論点自体が少し専門的な話なので、多くの方はそこまで気が回らないからです。

私はAさんに、民法1021条によって費用は相続財産から支払われること、そして、後々のトラブルを防ぐために、その旨を遺言書の中にもはっきりと書いておくことをお勧めしました。「ふと気になっただけなんです」とAさんはおっしゃっていましたが、この「ふとした疑問」こそが、将来の家族間の揉め事を防ぐ大切な鍵になるのです。費用負担の問題は、法律の原則を知っているだけでは不十分で、ご自身の財産の状況に合わせて「現実的な支払い方法」まで考えておく必要がある、ということを、この事例は教えてくれます。

司法書士に遺言作成の相談をする夫婦。専門家のアドバイスに安心した様子で耳を傾けている。

遺言作成時にできる費用の対策

では、将来の相続人たちが費用の支払いで困らないように、遺言を作成する段階でどのような準備ができるのでしょうか。ここでは、専門家の視点から実用的で効果的な2つの対策をご紹介します。

遺言書に費用の支払い方法を明記しておく

最もシンプルかつ効果的な対策は、遺言書の中に費用の支払い方法を具体的に書き記しておくことです。これは、遺言者の意思として「費用の出どころ」を明確にする、いわば道筋をつけてあげる作業です。これにより、遺言書を作成することで、相続人が立て替えの負担で悩んだり、どの財産から支払うかで意見が対立したりするのを防ぐことができます。

例えば、以下のような一文を加えておことも、手続きの透明性やスムーズさを増すための一案です。

【遺言書の記載例】
「本遺言の執行に関する一切の費用は、相続財産から支払うものとする。」
 金融機関名:〇〇銀行 〇〇支店
 種別:普通預金
 口座番号:1234567」

このように特定の預金口座を指定しておくことで、遺言執行者は迷うことなくその口座から費用を支払うことができ、他の相続人に対しても明確な説明が可能になります。この方法を取った場合は、もちろんその口座に預貯金を残しておくよう、管理することも大切になります。

生命保険を活用して納税・支払い資金を準備する

相続財産に不動産が多く、預貯金が少ない場合のもう一つの有効な対策が、生命保険の活用です。

死亡保険金は、原則として「受取人固有の財産」とみなされ、遺産分割協議の対象にはなりません。つまり、相続が発生すると、保険金受取人に指定された相続人は、他の相続人の同意を得ることなく、比較的速やかにまとまった現金を手にすることができます。

この仕組みを利用し、特定の相続人(例えば、遺言執行を主に担ってくれそうな方)を受取人として生命保険に加入しておくのです。そして、その保険金を遺言執行費用や相続税の支払いに充ててもらうよう、事前に伝えておきます。これは法的な支払い義務を課すものではありませんが、故人の意思として資金を準備しておくことで、残された家族の負担を大きく減らすことができます。保険金は、相続手続きの潤滑油として非常に有効な手段となり得るのです。

ただし、保険商品の詳細や税務上の取り扱いについては専門的な知識が必要ですので、あくまで資金準備の一つの方法としてご検討ください。

まとめ:遺言執行の費用は事前の準備でスムーズに

今回は、遺言執行の費用負担という、多くの方が疑問に思う点について詳しく解説しました。最後に、大切なポイントを振り返っておきましょう。

  • 原則は「相続財産」から負担:民法1021条により、遺言執行費用は相続人が自腹を切る必要はなく、故人の財産から支払われます。
  • 預貯金が少ない場合は要注意:相続財産の大半が不動産の場合、費用の支払いのために相続人が立て替えたり、不動産を売却したりする必要が出てくる可能性があります。
  • 遺言書での対策が重要:将来のトラブルを防ぐため、遺言書を作成する際に「どの財産から費用を支払うか」を明記しておくことが極めて有効です。

遺言書は、ご自身の財産を誰にどのように遺すかという意思表示であると同時に、残されたご家族が円満に手続きを進めるための「設計図」でもあります。費用の問題は、その設計図の中でも特に重要な要素の一つです。

「自分の場合はどうだろう?」「うちの財産状況だと、どんな準備が必要だろうか?」といった具体的なご不安や疑問がございましたら、ぜひ一度、私たち司法書士にご相談ください。相続の専門家として、あなたの状況に合わせた最適なアドバイスをさせていただきます。

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