成年後見で家族の生活費が払えない?司法書士が解説

成年後見制度で家族の生活費が払えない?原則と例外

「夫が認知症になり、成年後見制度を利用しないと預金が引き出せない。でも、制度が始まったら、夫の年金や預貯金から私の生活費や医療費が払えなくなってしまうのでは…」

これまで一家の主たる収入源であったご家族の財産管理に不安を抱え、このようなご心配をされる方は少なくありません。成年後見制度は、ご本人の財産を守るための非常に重要な制度ですが、同時にその厳格さゆえに、ご家族の生活に思わぬ影響を及ぼすことがあります。

成年後見制度における財産管理の基本は、「ご本人の財産は、ご本人の利益のためにしか使えない」という大原則です。この原則があるからこそ、ご本人の財産が不当に失われることを防げるのです。しかし、この原則を文字通りに解釈すると、これまで家計を一つにしてきたご家族にとっては、生活が成り立たなくなるという深刻な事態に繋がりかねません。

ご安心ください。この原則には、実務上の「例外」が存在します。

この記事では、家族に寄り添った後見業務を行う世田谷の司法書士が、どのような場合に本人の財産から家族の生活費を支払うことが認められるのか、その具体的な範囲と法的根拠、そして専門職後見人との付き合い方まで、詳しく解説していきます。この記事を最後までお読みいただくことで、ご家族の生活費をどのように整理し、成年後見制度の利用に備えるべきかを把握しやすくなります。成年後見制度の全体像については、法定後見・任意後見で体系的に解説しています。

なぜ問題に?成年後見における財産管理の大原則

そもそも、なぜ「家族の生活費を本人の財産から支払うこと」が問題になるのでしょうか。その理由を理解するためには、成年後見制度の根幹にある目的と、後見人が負う責任について知る必要があります。

成年後見制度の第一の目的は、判断能力が不十分になったご本人の財産を保護することにあります。後見人は、家庭裁判所から本人の財産を適切に管理する役割を与えられた立場です。そのため、ご本人以外のためにお金を使うことには、非常に慎重にならざるを得ないのです。

「本人の財産は本人のため」が基本ルール

成年後見制度における財産管理の最も重要なルールは、「本人の財産は、本人の利益のためにのみ使う」というものです。このルールがあるからこそ、詐欺被害や不要な契約からご本人を守り、穏やかな生活を維持するための財産を確保できるのです。

しかし、このルールが厳格に適用されると、これまで家計を共にしてきた家族にとっては、支出の扱いに注意が必要になります。例えば、これまで当たり前のように渡していたお孫さんへのお祝い金や、独立したお子さんへの援助などは、原則として「本人の利益」とはみなされず、認められなくなります。これらは「贈与」と判断され、本人の財産を減少させる行為と見なされてしまうのです。より詳しい制度の違いについては、信託と後見における財産管理の違いをご覧ください。

後見人は家庭裁判所に収支を報告する義務がある

特に司法書士などの専門家が後見人(専門職後見人)に選ばれた場合、財産管理は一層厳格になる傾向があります。その背景には、後見人が家庭裁判所に対して負っている「報告義務」があります。

後見人は、原則として年に一度、家庭裁判所に対して本人の財産や収支の状況を報告します。預金通帳のコピーや、収支の変動・臨時支出を確認できる領収書など、必要な裏付け資料を提出できるよう、日頃から記録と資料を整理しておく必要があります。

成年後見人が本人の財産管理と家族の生活支援を行い、その収支を年に一度家庭裁判所に報告する義務があることを図解したインフォグラフィック。

もし、使途が不明瞭な支出や、家族のために使われたと思われる支出があれば、辞任をうながされてりすることもあるえるでしょう。このようなリスクがあるため、専門職後見人は疑義の生じやすい「家族のための支出」に対して、どうしても慎重にならざるを得ないのです。後見人を監督する後見監督人が選任されるケースもあります。

家庭裁判所の詳しい役割については、以下の資料もご参照ください。
参照:成年後見Q&A

家族の生活費が払えるケース・払えないケース

では、具体的にどのような支出が認められ、どのような支出が認められないのでしょうか。ここからは、実務上の判断基準をケース別に詳しく解説します。重要なキーワードは「扶養義務」です。詳しい生活費の管理については、こちらの記事もご覧ください。

【払える】扶養義務の範囲内での配偶者の生活費

最も重要なポイントです。配偶者の生活費は、民法上の「扶養義務」を根拠として、本人の財産から支払うことが認められる場合があります。

夫婦は互いに協力し、助け合う義務(協力扶助義務)を負っています。これは、相手が自分と同じ水準の生活を送れるように支える義務であり、法律で定められた強い権利義務関係です。そのため、本人の財産から配偶者の生活費を支払うことは、単なる「贈与」ではなく、「本人が果たすべき扶養義務を後見人が代わりに履行している」と解釈されます。つまり、本人の義務を果たすことは、結果として本人の利益に繋がるのです。

ただし、無制限に認められるわけではありません。後見制度が始まる前の生活レベルや、本人の資産状況などを考慮して、「社会通念上相当な範囲」の金額であることが求められます。親族の扶養義務については、複雑な問題が絡むこともあります。

【払える】家族の医療費や税金・社会保険料

配偶者の生活費と同様に、扶養の範囲内で支払いが認められやすい項目です。

  • 配偶者や、生計を共にする子の医療費
  • 本人や扶養対象となる家族に関係する税金、世帯主として納付義務を負う国民健康保険料

これらの費用は、支払わなければ家族が困窮し、その結果として本人の生活環境が悪化したり、介護に支障が出たりする可能性があります。そのため、「本人の安定した生活を守る」という観点から、支払いが認められやすい傾向にあります。

【条件付きで払える】本人名義の家の住宅ローン

本人名義の自宅に家族が住んでいる場合の住宅ローン返済は、状況によって判断が分かれるため注意が必要です。

  • 本人も同居している場合:本人の居住費として、支払いが認められます可能性が高いでしょう。
  • 本人は施設に入所し、家族だけが住んでいる場合:多くの場合、「家という財産を維持することは本人の財産保全に繋がり、将来本人が帰宅する可能性もある」といった理由から、支払いが認められる傾向にあります。ただし、家の資産価値とローン残高のバランスによっては、不動産の売却を検討するよう裁判所から促される可能性もゼロではありません。

家族に寄り添う司法書士の「常識的」な後見実務

法律の原則論だけを見ると、成年後見制度は非常に冷たく、融通の利かない制度に感じられるかもしれません。しかし、下北沢司法書士事務所では、法律上のルールを踏まえながら、ご家族のこれまでの暮らしや事情を尊重した対応を心がけています。

成年後見制度が時に敬遠されるのは、法律の世界のルールと、私たちが暮らす社会の「一般常識」との間にギャップがあるからです。そのギャップが最も顕著に現れるのが、「家族のためにお金を使うことが『検討点』になってしまう」という現実です。

例えば、お父さんの給与口座から、お母さんの医療費や家族の食費を支払うのは、ごく当たり前の光景でしょう。しかし、後見制度が始まると、後見人によっては「本人の財産を他人のために使うと本人が損をする」という形式的な判断をする司法書士などの専門職後見人もいることと思われます。ここに、世の中の常識と後見のルールの「ずれ」が生じるのです。

私は、このような場合、後見の世界のルールよりも世の中の常識の方が正しいと考えています。

もちろん、一つ一つの事案の状況によりますが、私が後見人をお引き受けする際は、「基本的には、いかにその出費をするための正当な理由を見つけるか」という視点で業務に取り組んでいます。

例えば、ご本人がご家族と旅行に行く際、同行するご家族の旅費もご本人の財産から支出したいというご希望があったとします。この時、私は「ご本人は一人で旅行に行くことが困難であり、ご家族と一緒に行くことで精神的な満足を得られる。したがって、ご家族の旅費を負担することは、ご本人にとって大きなメリットがある」と考え、支出を正当化する道を探ります。奥様に車いすが必要な場合は、前述した「扶養義務」を根拠に支出を検討します。

もちろん、これらはご本人に十分な預貯金があることが大前提です。しかし、法律のルールを杓子定規に当てはめるのではなく、ご家族のこれまでの生活実態や常識的な感覚を尊重し、できる限り柔軟に対応すること。それが、としての私の信念です。より詳しい考え方については、成年後見における家族への配慮でも触れています。

専門職後見人に生活費の支払いを認めてもらう方法

もし、ご自身やご家族ではなく、専門職後見人が選任された場合、どのように説明すれば生活費の支払いを認めてもらえるのでしょうか。重要なのは、感情的に訴えるのではなく、客観的な資料に基づいて論理的に説明することです。ここでは、そのための具体的な準備と伝え方のコツをご紹介します。後見人に対して支出の必要性を立証するという視点が大切です。

これまでの家計の状況がわかる資料を準備する

最も効果的なのは、「これが私たちの家族の普通の暮らしです」という事実を客観的に示すことです。そのために、以下のような資料を準備しましょう。

  • 過去1〜2年分の預金通帳のコピー(生活費の引き出し履歴がわかるもの)
  • 家計簿(つけていれば)
  • 公共料金、税金、保険料、医療費などの領収書や請求書
  • クレジットカードの利用明細

これらの資料を提示し、「後見が始まる前から、本人の収入からこれらの費用を支払って生活してきました」と説明することで、その支出が家族にとって必要不可欠なものであることを後見人に理解してもらいやすくなります。これらの資料は、後見人が家庭裁判所に報告する際の有力な根拠ともなります。申立て前のお金の動きについても、事前に整理しておくことが重要です。

収支計画書を作成し、必要な金額を具体的に示す

漠然と「生活費をください」とお願いするのではなく、「今後、毎月これだけの生活費が必要です」という具体的な計画を示すことが重要です。

リビングのテーブルで、50代の女性が家計の収支計画書を真剣な表情で作成している。成年後見制度の利用に備え、生活費を計画的に算出している様子。

簡単なもので構いませんので、以下のような項目をリストアップした「収支計画書」を作成しましょう。

収入の部金額支出の部金額
本人の年金〇〇円食費〇〇円
配偶者の年金〇〇円水道光熱費〇〇円
通信費〇〇円
医療費・介護費〇〇円
保険料〇〇円
税金・社会保険料〇〇円
合計〇〇円合計〇〇円
月間収支計画書の例

このように必要な金額とその内訳を具体的に示すことで、要求の正当性が増し、後見人も家庭裁判所に説明しやすくなります。これは、後見人と良好な関係を築き、円滑な財産管理を進めるための重要な一歩です。申立ての際に提出する書類の作成においても、このような視点は役立ちます。

まとめ:家族の生活を守るため、まずは専門家にご相談を

成年後見制度を利用する際に、本人の財産から家族の生活費をどこまで支払えるか、という問題について解説してきました。

「本人の財産は本人のため」という大原則はありますが、「扶養義務」を根拠に、配偶者や家族の生活費が認められるケースは数多くあります。重要なのは、後見人に対して、その支出がなぜ必要なのかを客観的な資料に基づいて具体的に説明することです。

しかし、この問題は法律論と各ご家庭の事情が複雑に絡み合うため、ケースバイケースの判断が求められます。後見制度の利用を検討し始めた段階で不安を感じたら、あるいは既に選任された後見人との関係でお困りの場合は、一人で抱え込まずに専門家へ相談することが、有効な対応策の一つです。

下北沢司法書士事務所では、法律のルールを守ることはもちろん、ご家族がこれまで築いてきた生活や想いを尊重し、「常識的」な感覚に寄り添った後見業務を心がけています。ご家族の生活をできる限り守るため、状況に応じた対応策を一緒に考えさせてください。

まずはお気軽にご状況をお聞かせいただければと思います。
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