成年後見人は立退料を支払える?家裁への必要性立証ガイド

成年後見人は立退料を支払える?司法書士が実例で解説

成年後見人として、ご本人(被後見人)が所有する賃貸アパートの管理をしていると、時に難しい判断を迫られることがあります。老朽化が進んだり、空室が目立ったりして、いっそのこと売却や建て替えを検討したい。しかし、そのためには現在お住まいの入居者に立ち退いていただく必要があり、それには「立退料」の支払いが必要になるかもしれません。

このとき、後見人にとって問題となるのは、「そもそも、ご本人の財産から立退料を支払うことを、家庭裁判所に合理的に説明できるのだろうか」という点です。このような状況で、どのように説明や資料準備を進めればよいか分からない方もいらっしゃるのではないでしょうか。

この問題は、資料を整理し、被後見人の利益を具体的に説明することで対応を検討できます。今日は不動産会社での勤務経験があり、現在も10人以上の後見人を務める世田谷の司法書士が、成年後見制度を利用している場合の立退料の支払いについて、実際に私が経験したケースをもとに、家庭裁判所への事前相談や、必要に応じた許可・報告の進め方について解説していきます。

成年後見人が関わる収益物件の売却では、時に口頭での約束が大きなトラブルに発展するケースもありますので、慎重な対応が求められます。

立退料の支払いが難しい根本的な理由

本題に入る前に、なぜ成年後見人が立退料を支払うことが原則として難しいのか、その法的な背景からご説明します。この点を理解することが、家庭裁判所を説得する上での第一歩となります。

成年後見人には、被後見人の財産を適切に管理し、その利益を守る義務があります。これを法律用語で「善良な管理者の注意義務(善管注意義務)」と呼びます。これは、他人の財産を預かる専門家として、通常期待されるレベルの注意を払って財産を管理・保存しなければならない、という非常に重い責任です。

この大原則から見ると、立退料の支払いは、被後見人の預金という財産を直接的に「減少させる」行為に他なりません。家庭裁判所の基本的なスタンスは、あくまで「財産の保全」です。そのため、後見人が財産を減少させる行為に対しては、極めて慎重な姿勢を取ります。

特別な理由なく「入居者に退去してもらうために、数百万円を支払います」と申し出ても、「なぜご本人の財産を減らしてまで、そのようなことをする必要があるのですか?」と問われ、許可が下りない可能性が高いのです。これは、後見の申立て前のお金の使い方と同様に、財産の動きについては常に合理的な説明が求められるのです。

このように、立退料の支払いは後見人の財産保全義務と真っ向から対立するように見えるため、原則としては「NO」と考えて出発するべきと考えます。

成年後見人が司法書士に賃貸物件の立退き問題について相談している様子

【突破口】家庭裁判所に説明するための立証戦略

「原則は難しい」と聞くと、諦めてしまいそうになるかもしれません。しかし、説明の方法を整理することで、対応を検討できる場合があります。実際に私が経験したケースに基づいて、どのような形で裁判所に必要性を説明していけば良いのか、その具体的な戦略をお話しします。

結論から申し上げますと、「立退料を支払うことが、一時的な支出以上に、結果として被後見人の財産を大きく増やす(または損失を防ぐ)ことにつながる」という点を、客観的な証拠に基づいて論理的に証明することです。

家庭裁判所も、決して杓子定規に判断しているわけではありません。ご本人の利益になるのであれば、柔軟な判断を示すことも十分にあり得ます。重要なのは、後見人の主観的な「こうしたい」という希望ではなく、「なぜそうすることがご本人の利益になるのか」を誰が見ても納得できる形で提示することなのです。

そのための戦略を、具体的な3つのステップに分けて解説します。

ステップ1:2種類の不動産査定書で「利益の差」を可視化する

まず、私が実際に行ったのは、不動産会社に依頼して2種類の査定書を取り寄せることでした。

  1. 現状のまま(賃借人がいる状態)で売却した場合の査定書
  2. 建物を解体し、更地にして売却した場合の査定書

賃借人が残っている状態の収益物件(いわゆるオーナーチェンジ物件)は、買い手にとって利回りが低かったり、自由な活用ができなかったりするため、売却価格が低くなる傾向にあります。一方、更地であれば、買い手は自由に建物を建てられるため、より高い価格で売れることが一般的です。

この2つの査定書を並べることで、「現状」と「更地」の売却価格にどれだけの差額が生まれるのかが、具体的な金額として可視化されます。これが、立退き交渉によって得られる「経済的な利益の最大値」を示す、最初の強力な証拠となります。ただ漠然と不動産の価格を考えるのではなく、条件による価格差を明確にすることが重要です。

ステップ2:立退き経費を算出し、損益分岐点を明確にする

次に、立退きを実現するために必要な経費の総額を算出します。これには、以下のものが含まれます。

  • 賃借人に支払う立退料(例:引っ越し費用実費 + 新居の家賃との差額数ヶ月分など)
  • 建物の解体費用
  • その他、測量費や登記費用など

そして、ステップ1で算出した「売却価格の差額」と、この「立退き経費の総額」を比較します。この計算式は、家庭裁判所に経済的合理性を説明するうえで重要なポイントです。

(更地売却価格 − 現状売却価格) > 立退き経費の総額

この不等式が成り立つのであれば、「立退料や解体費用を支払ったとしても、なお被後見人の手元にはこれだけの利益が残ります。したがって、この支出はご本人の利益に適うものです」と、明確に主張することができます。

例えば、引っ越し費用に加えて家賃3ヶ月分といった常識的な範囲の立退料であれば、この計算式が成立するケースは少なくありません。主観的な説明にとどめず、客観的な数字で損益分岐点を示すことが重要です。特に空き家に関する税制なども考慮すると、放置するデメリットが大きくなることもあります。

立退料支払いの損益分岐点を示す図解。更地売却による利益増が立退き経費を上回ることを天秤で表現している。

ステップ3:【最終手段】買付証明書で説明資料を補強する

査定書はあくまで「このくらいの価格で売れるだろう」という不動産会社の予測値です。立証の精度をさらに高め、立証資料を補強するための有力な資料の一つが「買付証明書(購入申込書)」です。

これは、実際にその不動産を購入したいという買い手から、「更地にしてくれるのであれば、○○円で購入します」という具体的な意思表示を書面で取得するものです。

査定価格が不動産会社による見込みであるのに対し、買付証明書は「現実の購入希望者」が存在し、具体的な購入希望額が示されていることを説明する資料になります。ただし、通常は売買契約と同じ法的拘束力を持つものではないため、あくまで有力な参考資料として位置づける必要があります。これを提出できれば、裁判所としても「この取引は被後見人にとって確実に利益をもたらす」と判断しやすくなり、許可が下りる可能性は格段に高まります。

不動産会社と連携し、更地での売却を前提とした販売活動を先行させ、購入希望者を見つけておく方法もあります。具体的な購入希望額を示す資料があれば、説明資料としての説得力を高めやすくなります。こうした不動産売却許可のタイミングを見計らう上でも、非常に有効な手段と言えるでしょう。また、不動産売却では契約後の判断能力の問題など、後見人が注意すべき点は多岐にわたります。

立退料の支払いについて家庭裁判所に説明する際のよくある質問

ここまで具体的な戦略を解説してきましたが、まだ細かな疑問点が残っているかもしれません。ここでは、立退料の支払い許可に関してよくいただくご質問にお答えします。

意外に思われるかもしれませんが、家庭裁判所は一定の説明さえできれば、柔軟に出金を認めてくれることも多いです。立退料に限らず、「どうせ裁判所は認めないだろう」と思い込まずに、きちんと資料を集め、冷静に説明のポイントを整理していくことで、対応を検討できる場合があります。

Q1. 立退料の金額に法的な基準や相場はありますか?

立退料の金額について、法律で「いくら」と明確に定められた基準はありません。これはケースバイケースで判断されます。

ただし、実務上の目安としては、以下の要素を組み合わせて算定されることが一般的です。

  • 移転にかかる実費:引っ越し代、新しい物件の契約にかかる初期費用(敷金、礼金、仲介手数料など)
  • 営業補償:店舗などの場合、移転に伴う休業期間の損失補填
  • 借家権価格:借主がその場所に住み続ける権利の価値
  • 家賃差額:現在の家賃と、同程度の物件を新たに借りる場合の家賃との差額(数ヶ月分から2年分程度)

後見人が申し立てる上で最も重要なのは、「社会通念上、不相当に高額ではない」と裁判所に説明できることです。入居者との交渉で合意した金額が、上記の要素を考慮して常識的な範囲内であることを示す必要があります。

Q2. 自宅と同じような裁判所の許可が必要ですか?

自宅と違い、賃貸物件の場合は裁判所の許可を得ることが法律で明記されているわけではありません。しかし、大きな財産を動かすことには変わりなく、自宅と同レベルの裁判所との調整が必要と考えるのが常識的でしょう。

Q3. 売却ではなく、アパートの建て替えが目的でも同様に考えられますか?

はい、目的が「売却」ではなく「建て替え」の場合でも、基本的な考え方は同じと思って良いでしょう。ただ、売却の場合は一括で被後見人も多額の現金を得ることになりますが賃貸アパートの建て替えの場合は、少しずつ長期に渡って利益を得ていくことになります。より裁判所への対応は複雑化するでしょう。

この場合の立証のポイントは、「老朽化したアパートをこのまま放置した場合の収益・資産価値」「建て替え後の新しいアパートから得られる将来的な収益・資産価値」を比較することです。

例えば、以下のような資料を証拠として提出します。

  • 現状の収支報告書(家賃収入、修繕費、管理費など)
  • 建築会社からの建て替え見積書
  • 建て替え後の収支シミュレーション(想定家賃収入、ローン返済額など)
  • 近隣の新築物件の賃料相場データ

これらの資料に基づき、「一時的に立退料や建築費用という大きな支出は発生するものの、長期的には収益性が大幅に改善し、資産価値も向上するため、被後見人の利益に繋がる」という論理を組み立てます。マンションの建て替えなど、大規模な計画になるほど、将来の収益性を具体的に示すことが重要になります。後見人が関わる不動産取引では、住所の記載など思わぬ点で手続きが滞ることもあるため、専門家によるサポートが有効です。

(参考)成年被後見人の居住用不動産処分許可

まとめ|複雑な不動産問題は専門家への相談も検討しましょう

今回は、成年後見人が立退料を支払うという難しいテーマについて、家庭裁判所の許可を得るための具体的な戦略を解説しました。

要点をまとめると以下の通りです。

  • 成年後見人による立退料の支払いは、財産保全義務の観点から原則として難しい
  • しかし、「立退料を支払うことが、結果的に被後見人の利益に繋がる」ことを客観的な証拠で立証すれば、許可を得ることは可能。
  • 具体的な証拠として、「現状」と「更地」の2種類の不動産査定書や、より強力な「買付証明書」が有効。
  • 目的が売却でも建て替えでも、支出を上回る利益が生まれることを数字で示すという基本戦略は同じ。

後見人が関わる不動産の問題は、法律の知識だけでなく、不動産取引の実務経験も必要となる非常に複雑な分野です。特に、家庭裁判所への説明は、専門的な知見と丁寧な準備が求められます。

このような問題で対応に迷っている場合は、早めに専門家へ相談することも選択肢の一つです。当事務所は、不動産業界での実務経験と、司法書士として数多くの後見業務に携わってきた実績があります。また、心理カウンセラーの資格も有しており、法律的な問題解決だけでなく、ご家族が抱える不安やストレスに寄り添うことも大切にしています。

何から手をつけて良いか分からないという段階でも構いません。まずは、あなたの状況をお聞かせください。専門家と一緒に状況を整理し、必要な資料や進め方を検討することで、対応の見通しを立てやすくなります。ぜひ一度、当事務所の無料相談をご利用いただければと思います。

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