なぜ遺言書に「費用の負担割合」を書いておくべきなのか?
「財産は、この子にこれを、あの子にそれを…」遺言書を作成される方の多くは、財産の分け方を決めることに集中されます。しかし、本当に大切な家族を想うなら、もう一歩踏み込んで考えていただきたい点があります。それが、遺言の内容を実現するためにかかる「費用」の負担を誰がするのか、という問題です。
例えば、こんなケースを想像してみてください。
ご長男はご自宅の不動産を相続し、ご次男は預貯金を相続する、という遺言があったとします。一見、公平に見えるかもしれません。しかし、不動産の名義変更(相続登記)には、登録免許税や司法書士への報酬など、まとまった費用がかかります。ご長男は不動産という大きな資産は手にしたものの、手元に現金がなく、費用の支払いに困ってしまうかもしれません。かといって、預金を相続したご次男に「費用を払ってほしい」とは、なかなか切り出しにくいものではないでしょうか。
こうした現実的なお金の問題が、残されたご家族の間で気まずさや意見の対立につながることがあります。財産の分け方だけでなく、その手続きにかかる負担の道筋まで示しておくこと。これにより、ご自身の亡き後も家族間の負担や認識のずれを減らしやすくなります。
この記事では、司法書士として数多くの相続に立ち会ってきた経験から、将来の「争続」を防ぐために遺言書に記しておきたい費用の負担について、具体的な書き方まで含めて丁寧に解説してまいります。この一手間が、ご家族の手続き上の負担やトラブルの予防につながります。
遺言で決めておくべき2大費用:相続登記と遺言執行
遺言の内容を実現する過程では様々な費用が発生しますが、特にトラブルの原因となりやすく、あらかじめ遺言で定めておくべき費用は大きく分けて次の2つです。
- 相続登記の費用:不動産の名義を相続人に変更するための費用
- 遺言執行の費用:遺言の内容全体を実現するための費用
これらが「何のために」「いつ」発生する費用なのか、まずは全体像を掴んでいきましょう。

①相続登記の費用:誰が、何を、いくら払うのか
相続登記の費用は、主に不動産を相続した際に発生します。相続登記費用のうち登録免許税は、登記等を受ける者が納税義務者となります。ただし、司法書士報酬を含めて最終的に誰がどのように負担するかについては、遺言や相続人同士の話し合いで決めることがあります。一般的には、その不動産を取得する相続人が負担するケースが多いですが、これが揉め事の原因にもなり得ます。
費用の内訳は、主に以下の2つです。
- 登録免許税:登記を申請する際に国に納める税金です。
- 司法書士報酬:登記手続きを専門家である司法書士に依頼した場合の報酬です。
登録免許税は、不動産の「固定資産税評価額 × 0.4%」という式で計算されます。例えば、固定資産税評価額が2,000万円の土地と家屋であれば、登録免許税は8万円となります。この税金は、相続登記の手続きにおいて避けては通れない費用です。
司法書士への報酬は、事案の難易度にもよりますが、一般的には7万円~15万円程度が目安となります。これらを合わせると、相続登記にはある程度まとまった現金が必要になり、相続した人の状況によっては重い負担になることが伝わると思います。
②遺言執行の費用:原則は「相続財産」から支払う
遺言執行の費用とは、預貯金の解約や不動産の名義変更、株式の移管など、遺言書に書かれた内容を実現するためにかかる費用の総称です。これには、遺言執行者への報酬も含まれます。
この費用について、民法第1021条では「遺言の執行に関する費用は、相続財産の負担とする。」と定められています。つまり、相続人が自分のポケットマネーから支払うのではなく、故人が遺した財産の中から支払うのが大原則です。この点を理解しておくだけでも、相続人の心理的負担は大きく軽減されるはずです。
専門家(司法書士や弁護士、信託銀行など)を遺言執行者に指定した場合の報酬は、相続財産の額や内容によって異なりますが、金融機関では最低100万円程度から、司法書士などの専門家は30万円程度からがひとつの目安となるでしょう。
ただし、注意点があります。遺言執行費用を相続財産から支払った結果、他の相続人の遺留分(法律で最低限保障された相続分)を侵害することはできません。財産構成によっては、この点にも配慮が必要です。
【重要】遺言書への費用負担の書き方と文例|3つのパターン
それでは、遺言書への具体的な書き方を見ていきましょう。ご自身の家族構成や財産状況に合わせ、どのパターンが最適かを考えることが重要です。万が一、自筆証書遺言の形式に不備があると、遺言自体が無効になってしまう恐れもあるため、記載方法は慎重に検討する必要があります。

パターン1:特定の相続人が負担する【記載例あり】
最もシンプルな方法が、特定の相続人に費用負担を集中させる方法です。例えば、「自宅不動産を相続する長男が、関連する費用もすべて負担する」といったケースです。
メリット:
誰が支払うかが明確で分かりやすく、他の相続人に金銭的な負担をかけずに済みます。
デメリット:
その相続人に十分な支払い能力がないと、かえって困らせてしまう可能性があります。不動産は相続したものの、現金がなくて税金が払えない、という事態は避けなければなりません。
この方法は、特定の相続人が不動産だけでなく、費用の支払いに充てられるだけの十分な預貯金も合わせて相続する場合などに適しています。
【記載例】
第〇条 本遺言の執行に関する費用及び本遺言の内容を実現するために必要な一切の登記費用は、長男〇〇(昭和〇年〇月〇日生)の負担とする。
このように、誰が負担するのかを明確に記載します。特に、特定の不動産を相続する人に、その登記費用を負担させる旨を明記するのが一般的です。
パターン2:相続財産から支払う【記載例あり】
次に、遺言執行や相続登記にかかる費用を、故人の遺した預貯金などの相続財産から支払うと定める方法です。
メリット:
相続人個人の財産から持ち出す必要がなく、公平性が高いため、最もトラブルになりにくい方法と言えます。
デメリット:
当然ながら、支払いに充てられるだけの預貯金などが相続財産の中にないと、この方法は使えません。
相続財産に十分な金融資産がある場合には、この方法が最もおすすめです。遺言執行者はこの条項に基づき、金融機関で預金の解約を行い、そこから各費用を支払うことができます。
【記載例】
第〇条 本遺言の執行に関する費用及び本遺言の内容を実現するために必要な一切の登記費用は、遺言者の有する下記預貯金から支払うものとする。
【銀行名】〇〇銀行 【支店名】〇〇支店
【種別】普通預金 【口座番号】〇〇〇〇〇〇〇
パターン3:相続人で分担する【記載例あり】
最後に、相続人全員で費用を分担する方法です。「法定相続分に応じて負担する」「相続分に応じて負担する」といった定め方をします。
メリット:
一見すると公平性が保たれるように見えます。
デメリット:
費用の総額を計算し、それぞれの負担割合を算出し、実際に清算する…というプロセスが非常に煩雑です。誰か一人が立て替えて後から請求する形になりやすく、そのやり取りが新たな揉め事の種になる可能性も否定できません。
司法書士としての実務経験から申し上げると、この方法は、かえって相続人間のコミュニケーションコストを増大させるリスクがあるため、慎重な検討が必要です。
司法書士の視点:遺言作成は「未来の論点を減らす」作業
遺言は財産の分配を決めるものですが、私がもう一つ大切にしている視点は「未来の論点を減らすこと」です。遺言が効力を生じるのは、ご自身が亡くなった後。その時にご家族が何で困り、何で揉める可能性があるかを想像し、その原因となり得る事項をあらかじめ整理しておくことが重要だと考えています。
以前、小金井市にお住まいのAさんの遺言作成をお手伝いした際のことです。Aさんの主な財産は2つの不動産で、それぞれを長男と長女に相続させるご意向でした。しかし、2つの不動産は評価額が異なり、当然、相続登記にかかる登録免許税も変わってきます。
私はAさんに、「この登記費用をどうするか、遺言書で決めておきませんか?」とご提案しました。Aさんは「なるほど。兄弟仲は悪くないから揉めないとは思うけど、確かにお互い切り出しにくいかもしれないね」とおっしゃいました。
費用負担の方法として、①兄弟で2分の1ずつ負担する、②それぞれが相続する不動産の評価額に応じて負担する、という2つの選択肢を提示しました。Aさんは「どちらが良いだろうか」と悩まれました。
私は「正解はありませんが」と前置きした上で、「①は計算がシンプルで分かりやすいのが利点です。②は公平性が高いですが、計算過程が複雑で、なぜその金額になるのかを明確に示す工夫が必要になります」とご説明しました。
Aさんは熟考の末、「揉めることはないと思うから、分かりやすい方がいい。2分の1ずつにしよう。子供たちを受取人にした生命保険に入っているから、費用はそこから出してもらえばいい」と決断されました。そこで、費用負担は2分の1ずつと明記し、さらに付言事項を利用して「生命保険は相続登記や相続税の支払いに活用してほしい」というお気持ちも書き添えました。このように、話し合うべき論点を一つ減らしておくことが、円満な遺産分割協議につながるのです。
【記載例】
第〇条 本遺言の執行に関する費用及び本遺言の内容を実現するために必要な一切の登記費用は、各相続人がその法定相続分の割合に応じて負担するものとする。
費用負担でよくある質問
最後に、費用負担に関して皆様からよく寄せられる質問にお答えします。
Q. 遺言に書いていない場合、費用は誰が払うのですか?
遺言書に費用負担の記載がない場合、原則的な取り扱いは以下のようになります。
- 遺言執行費用:民法の規定どおり、相続財産から支払われます。
- 相続登記費用:登録免許税は登記等を受ける者が納税義務者となりますが、司法書士報酬を含めた最終的な負担方法については、遺言に定めがなければ相続人間で協議することになります。
問題は後者の相続登記費用です。この「協議」が、まさにトラブルの元になりやすいのです。「不動産をもらった人が払うべきだ」「いや、みんなで分けるべきだ」といった意見の対立に発展する可能性があります。やはり、相続人間の話し合いを不要にするためにも、遺言書で明確に定めておくことが有効な対策になります。
Q. 相続財産に現金が少ない場合、どうすればいいですか?
「財産は自宅不動産がほとんど」というケースは少なくありません。このような場合に備える方法はいくつかあります。
- 生命保険の活用:死亡保険金の受取人を、費用を負担することになる相続人(例えば長男)に指定しておく方法です。生命保険金は、受取人が指定されている場合、民法上は受取人固有の財産として扱われ、原則として遺産分割協議を経ずに受け取ることができます。ただし、相続税法上はみなし相続財産として課税対象になる場合があります。これを登記費用や納税資金に充ててもらうのです。
- 相続人による立て替え:相続人の誰かが一時的に費用を立て替え、後に相続した不動産を売却した代金などから精算する方法です。ただし、この方法は相続人同士の信頼関係が前提となります。
特に生命保険の活用は、生前の対策として非常に有効です。
Q. 司法書士などの専門家への報酬も相続財産から払えますか?
はい、可能です。司法書士などに支払う報酬も、「遺言執行費用」や「相続手続き費用」の一部と解釈されます。そのため、原則として相続財産から支払うことができます。
この点をより明確にするために、遺言書に「遺言執行者への報酬を含む、本遺言の執行に関する一切の費用を相続財産から支払う」と明記しておくことで、専門家への依頼がよりスムーズに進みます。専門家への依頼を検討されている方の費用に関する不安を払拭し、安心して手続きを任せられる環境を整えることができます。
まとめ:費用の負担方法を決めておくことが、家族間のトラブル予防につながります
今回は、遺言書における費用の負担について解説しました。重要なポイントを改めて確認しましょう。
- 遺言執行費用:原則として、相続財産の中から支払われます。
- 相続登記費用:登録免許税は登記等を受ける者が納税義務者となりますが、司法書士報酬を含めた最終的な負担方法について、遺言で誰がどのように負担するかを指定しておくことが、トラブル防止につながります。
遺言書を作成する際には、遺言書を作成すべきかどうかという点から、財産の分け方に意識が向きがちです。しかし、手続きにかかる費用の道筋をあらかじめ決めておくことは、残されたご家族への金銭的な配慮であると同時に、無用な争いを避け、円満な関係を維持してほしいというご家族への配慮の一つといえます。
下北沢司法書士事務所では、法律的な正確さはもちろんのこと、皆様のそうした「想い」を形にするお手伝いをいたします。ご自身の状況に最適な方法が分からない、具体的な文面をどうすればよいか迷うといった場合には、どうぞお気軽にご相談ください。
下北沢司法書士事務所 竹内友章

東京都世田谷区北沢にある下北沢司法書士事務所は、相続手続き、遺言作成、相続放棄、会社設立、不動産売却など、幅広い法務サービスを提供しています。代表の竹内友章は、不動産業界での経験を持ち、宅地建物取引士や管理業務主任者の資格を活かし、丁寧で分かりやすいサポートを心掛けています。下北沢駅から徒歩3分の便利な立地で、土日も対応可能です。お気軽にご相談ください。

