「自分は大丈夫」のはずが…ある日突然の入院で直面する現実
「まだ元気だから大丈夫」「自分はしっかりしているから、そんな制度は必要ない」
そうお考えになるお気持ち、とてもよく分かります。しかし、元気な時には想定していなかった入院や体調不良により、急に手続きが難しくなることがあります。こんにちは。世田谷で10年間、認知症対策や相続に関する相談に対応してきた司法書士が、多くのご家族と向き合ってきた経験からお話しします。
先日、ご相談にいらしたAさんの事例は、多くの方にとって他人事ではないかもしれません。
地方にお住まいのAさんは、世田谷で暮らす80代のお母様のことをいつも気にかけていました。お母様は、お身体に少し衰えはあるものの、ご自身で歩くことができ、日々の生活に大きな支障はありませんでした。「自分はあと5、6年は大丈夫」というのが口癖で、私たちが任意後見制度についてご説明した際も、どこか実感が湧かないご様子だったのです。
しかし、そんなお母様が体調を崩し、急遽入院されることになりました。
ここで、入院時に起こりやすい手続き上の問題が生じました。身体が不自由で病院から一歩も出られないお母様は、入院費を支払うために銀行へ行くことができません。当たり前のことが、できなくなってしまったのです。
結局、数ヶ月にわたる入院費は、遠方から駆けつけたAさんが立て替えることになりました。この出来事をきっかけに、お母様は初めて「自分が動けなくなることの深刻さ」に気づかれたのです。それまで想定していなかった手続き上の支障を、現実の問題として受け止めるきっかけになりました。
幸い、退院後にお母様は元気を取り戻され、Aさんと連携を取りながら、将来に備えるための契約を結ぶことができました。しかし、この経験は、元気な時には見えにくい「お金の管理」という問題が、入院という事態をきっかけに、いかに切実なものになるかを私たちに教えてくれます。ご家族が遠方に住んでいたり、認知症の親の費用負担で悩むケースは決して少なくありません。
この記事では、Aさんのような事態に陥らないために、元気な今だからこそできる備えについて、具体的にお伝えしていきます。
入院時に「任意代理契約」が手続きを支える理由
「判断能力はしっかりしているけれど、身体が動かせない」という状況で活用しやすいのが「任意代理契約(財産管理等委任契約)」です。

これは、ご自身が信頼できる人(代理人)に、財産の管理や身の回りの手続きを任せるための契約です。任意後見契約との大きな違いは、判断能力がしっかりしているうちから、契約後すぐに効力が生じる点にあります。
つまり、入院や骨折などで一時的に動けなくなった場合でも、契約内容に基づいて、必要な手続きを代理人が代行できます。この契約があれば、Aさんのようにご家族が遠方から駆けつけて費用を立て替える負担を軽減し、ご本人が療養に専念しやすい環境を整えられます。
任意代理契約でできること【入院・施設入所時の具体例】
では、具体的に入院生活において、任意代理人はどのようなサポートができるのでしょうか。入院時には、次のような手続きを代理人が行えるようにしておくことで、本人や家族の負担を軽減できます。
- 入院一時金や保証金の支払い
- 差額ベッド代などの説明を受け、同意・支払いを行うこと
- テレビカードや着替え、日用品の購入代行
- 入退院時の介護タクシーの手配と支払い
- 退院時の入院費用一式の精算
- 退院後、介護施設へ入所する場合の契約手続きと初期費用の支払い
これらの手続きは、一つひとつは些細なことかもしれません。しかし、体調がすぐれない中で、あるいは病院のベッドの上から行うのは非常に困難です。任意代理契約は、単にお金の管理を任せるだけでなく、あなたの穏やかな療養生活を守るための、非常に実用的なツールなのです。より詳しい手続きについては、「成年後見人が病院の連帯保証を求められた場合の対応」でも解説していますので、併せてご覧ください。
注意点:任意代理契約だけでは「認知症」には備えられない
非常に便利な任意代理契約ですが、万能ではありません。専門家として、その限界点も正確にお伝えしなければなりません。
任意代理契約は、あくまでご本人の判断能力があることを前提としています。民法上、本人の判断能力が低下したこと自体が直ちに委任契約の終了事由として明記されているわけではありませんが、本人の意思確認ができなくなると、金融機関や契約の相手方との関係で任意代理契約だけでは対応が難しくなる可能性があります。つまり、入院をきっかけに認知症が進行するなどして判断能力が低下してしまった場合、せっかく結んだ任意代理契約が使えなくなってしまうリスクがあります。
そうなると、預金の引き出しや契約行為が再びできなくなり、ご家族はより複雑な手続きを迫られることになります。特に、認知症になると不動産が売却できなくなるなど、財産が凍結されてしまう事態も起こりかねません。
身体の自由が利かない時に備えるのが「任意代理契約」だとすれば、判断能力が不十分になった時に備える、もう一つの重要な契約があります。それが「任意後見契約」です。
もしもの認知症に備える「任意後見契約」の本当の価値
「任意後見契約」の本当の価値は、将来、認知症などで判断能力が低下してしまった時に、ご自身が選んだ信頼できる人に財産管理と身上監護を託せるという点にあります。

急な入院や手術は、心身に大きな負担をかけ、それをきっかけに認知症の症状が現れたり、進行したりするケースは決して少なくありません。だからこそ、入院という事態は、任意後見の必要性を考える絶好の機会でもあるのです。
任意後見人が行うサポートは、大きく分けて「財産管理」と「身上監護」の二つです。
- 財産管理:預貯金の管理、不動産などの財産の保全、年金の受領、税金や公共料金の支払いなどを代行します。
- 身上監護:ご本人の意思を尊重しながら、生活環境を整えるための契約を結びます。例えば、入院生活が長引く場合に医療機関との連絡調整を行うことや、退院後の介護サービスの契約、介護施設への入所手続きなどがこれにあたります。
この契約は、元気なうちに公証役場で公正証書として作成しておき、実際に判断能力が低下した際に、家庭裁判所に申し立てて「任意後見監督人」を選任してもらうことでスタートします。
任意後見監督人は、弁護士や司法書士などの専門家が選ばれ、任意後見人が契約どおりに適切に仕事をしているかをチェックする役割を担います。この第三者の目があることで、財産の使い込みなどの不正を防ぎ、ご本人もご家族も安心して大切な財産を任せることができるのです。
切れ目のない備えを考える。「移行型」という選択肢
ここまで、「任意代理契約」と「任意後見契約」という二つの備えについてお話ししてきました。
「元気だけど動けない時」と「判断能力が衰えた時」。どちらか一方だけでは、将来の不安を完全には拭えません。そこで選択肢の一つとなるのが、この二つを組み合わせた「移行型任意後見契約」という形です。

これは、本人の判断能力がある時期から、判断能力が低下した後までを見据えて備える方法の一つです。
- 元気なうちは「任意代理契約」でサポート:契約後すぐに入院費の支払いや役所の手続きなどを代行できます。身体が不自由になっても、生活の質を落とすことなく、安心して日々を過ごせます。
- もしもの時は「任意後見契約」へスムーズに移行:将来、万が一判断能力が低下した際には、家庭裁判所への申立てにより任意後見監督人が選任されることで、任意後見契約に基づくサポートを開始できます。
Aさんのお母様のケースで言えば、この移行型の契約を結んだことで、今後もし認知症が進行するようなことがあっても、Aさんや私たち専門家が途切れることなくサポートを続けられる体制が整いました。例えば、将来的に重要な契約が必要になった場合でも、私たちが代理人として対応できるのです。このように、状況の変化に応じた支援体制をあらかじめ整えておくことで、ご本人とご家族の不安を軽減しやすくなります。
元気な今だからこそ、家族と話しませんか?
任意後見や任意代理の話は、どこか縁起でもない、考えたくないテーマかもしれません。
しかし、心理カウンセラーの資格を持つ司法書士として、私はこの契約が単なる法律手続きではないと感じています。これは、ご自身の「最期まで自分らしく生きたい」という希望を実現しやすくし、大切なお子さんたちの心配や手続き上の負担を軽減するための備えです。
「まだ早い」のではありません。「元気で、ご自身の想いをはっきりと伝えられる今だからこそ」が、話し合うべき絶好のタイミングです。
この記事をきっかけに、ぜひ一度、ご家族と将来についてお話しする機会を持ってみてはいかがでしょうか。
「もしお母さんが入院したら、銀行の手続きはどうしようか?」
「将来、判断に迷うようになったら、どんな風に生活したい?」
そんな何気ない会話からで構いません。もし、何から話せばいいか分からない、専門的なアドバイスが欲しいと感じたら、いつでも私たちにご相談ください。当事務所では、無料法律相談を通じて、皆様の心に寄り添いながら、最適な備えを一緒に考えさせていただきます。
下北沢司法書士事務所 竹内友章

東京都世田谷区北沢にある下北沢司法書士事務所は、相続手続き、遺言作成、相続放棄、会社設立、不動産売却など、幅広い法務サービスを提供しています。代表の竹内友章は、不動産業界での経験を持ち、宅地建物取引士や管理業務主任者の資格を活かし、丁寧で分かりやすいサポートを心掛けています。下北沢駅から徒歩3分の便利な立地で、土日も対応可能です。お気軽にご相談ください。

