相続した借地権建物の売却まで|管理費用の分担と覚書の作り方

相続した借地権付き建物、売却までの「管理」が盲点に

ご親族が亡くなり、借地権付きの建物を相続された場合、多くの方がまず考えるのは「この建物をどう分けるか」「どうやって売却するか」といった遺産分割や売却手続きそのものでしょう。しかし、そこには見過ごされがちな、「盲点」が存在します。この盲点を細かいことだと思って見逃すと思わぬ行き違いにつながることがあります。

それは、遺産分割が成立するまで、または遺産分割後も共有のまま売却する方針をとった場合に、実際に買主が見つかり引き渡しが完了するまでの「管理期間」の問題です。

この期間、建物は(遺産分割前であれば)共同相続人の共有(遺産共有)となり、(共有で売却する場合は)相続人らの共有財産として管理が必要になります。短ければ数ヶ月、長ければ1年以上にも及ぶこの期間中も、建物は存在し続けるわけですから、当然ながら維持管理費用が発生します。毎月の地代、毎年課される固定資産税、そしてある日突然必要になるかもしれない給湯器の交換や雨漏りの修繕費…。

これらの費用を誰が、いつ、どのように負担するのか。このルールを曖昧にしたまま「売却代金で清算すればいいだろう」と安易に考えてしまうと、相続人間での不公平感や疑念が生まれ、深刻なトラブルに発展しかねません。

相続手続きにおいて、円満な解決を目指すのであれば、財産の分け方だけでなく、売却が完了するまでの「管理」というプロセスにも、注意を払う必要があるのです。この記事では、相続人間の無用な争いを未然に防ぎ、スムーズな売却を実現するための具体的な方策について、専門家の視点から詳しく解説していきます。このテーマの全体像については、相続不動産を売却する際の進め方で体系的に解説しています。

売却完了までに発生する建物の管理費用とは?

では、具体的にどのような費用を想定しておくべきなのでしょうか。漠然と「維持費」と捉えるのではなく、その内訳を正しく理解することが、適切なルール作りの第一歩となります。管理費用は、大きく分けて「定期的に発生するもの」と「突発的に発生するもの」の2種類があります。

定期的に発生する費用(地代・固定資産税など)

これらは、売却期間中、継続的に支払いが求められる予測可能な費用です。

  • 地代: 借地権である以上、土地の所有者(地主)へ毎月または毎年、地代を支払う義務があります。相続によって借地権者の地位は相続人に引き継がれるため、支払いを滞納することはできません。
  • 固定資産税・都市計画税: 毎年1月1日時点の所有者に対して課税されます。納税通知書は通常、相続人の代表者一名に送付されますが、納税義務は共有者全員が連帯して負うことになります。
  • 管理費・共益費: 建物がマンションの一室である場合などは、管理組合への支払いも継続して必要です。
  • 光熱費・水道代: 空き家であっても、建物の維持管理(通水や換気など)のために最低限の契約を残しておく場合、基本料金が発生します。

実務上、これらの支払いは相続人の代表者が一旦立て替えるケースが多く見られます。しかし、立て替えが長期化するとその人の負担が大きくなるだけでなく、「本当に支払っているのか」「金額は正しいのか」といった不信感を生む原因にもなりかねません。特に固定資産税の納税義務は法的に連帯しているため、誰かが支払わなければ全員にリスクが及ぶことを認識しておく必要があります。

相続した借地権付き建物を売却するまでに発生する管理費用の内訳を図解したインフォグラフィック。定期的費用と突発的費用に分けて解説。

突発的に発生する費用(修繕費・火災保険料など)

次に、予測が難しく、かつ相続人間の意見が分かれやすいのが、突発的な出費です。

  • 修繕費: 相続した建物が古い場合、給湯器の故障、雨漏り、配管のトラブルなどがいつ発生してもおかしくありません。台風や地震など自然災害による破損も考えられます。数万円程度の小規模な修繕であっても、「誰が費用を出すのか」「そもそも修理は必要なのか」といった点で合意形成が難航しがちです。
  • 火災保険料: 相続した建物に火災保険がかけられているかを確認し、もし契約期間が切れるようであれば更新が必要です。空き家は放火などのリスクも高まるため、万が一の事態に備えることは重要です。保険料を誰が負担するのかも決めておくべきでしょう。
  • その他維持管理費: 庭の植木の手入れ(剪定費用)、浄化槽の点検費用、害虫駆除の費用など、建物の状況に応じて様々な費用が発生する可能性があります。特に、空き家を放置していると、近隣からクレームが入り対応を迫られるケースもあります。

これらの突発的な費用は、金額の大小にかかわらず、相続人間の関係を悪化させる大きな要因となり得ます。だからこそ、事前にルールを決めておくことが不可欠なのです。

相続人間のトラブルを防ぐ「管理費用分担の覚書」を作成しよう

それでは、どうすればこれらの費用に関するトラブルを防げるのでしょうか。当事務所でおすすめすることが多いのが、「管理費用分担に関する覚書」を相続人全員で作成することです。

口約束は、後になって「言った」「言わない」の水掛け論になりがちです。書面で明確なルールを定めておくことは、合意内容に応じて法的な効力を持ち得るだけでなく、お互いの信頼関係を守り、円満な売却を実現するための「保険」となります。

参照: 法務省「共有制度の見直し (共有物の管理に関する行為を定める際の …」

なぜ覚書が必要なのか?遺産分割協議書との違い

「遺産分割協議書で合意したのだから、それで十分ではないか?」と思われるかもしれません。しかし、両者の役割は根本的に異なります。

  • 遺産分割協議書: 故人の財産について、「誰が、どの財産を、どれだけの割合で取得するか」を確定させるための書類です。例えば、「建物は長男と次男が2分の1ずつ相続する」といった内容を定めます。これはあくまで「財産の分け方」を決めるものです。
  • 管理費用の覚書: 遺産分割協議で共有となった財産を、「売却が完了するまでの間、どのように管理し、費用をどう負担するか」という具体的なルールを定めるための書類です。

遺産分割協議が成立しても、売却が完了するまでは共有状態が続きます。その間の運営ルールを遺産分割協議書とは別に定めることで、より詳細で実用的な取り決めが可能になり、将来の紛争を効果的に予防できるのです。

覚書に盛り込むべき必須7項目【ひな形付き】

実際に覚書を作成する際には、主に次の7つの項目が書くべき事項になってくることが多いt思います。各項目のポイントと合わせて、シンプルなひな形をご紹介します。

建物管理に関する覚書(ひな形)

相続人 甲(氏名)、乙(氏名)、丙(氏名)は、以下の不動産(以下「本物件」という。)の売却完了までの管理に関し、次のとおり合意した。

第1条(対象物件)
所在:東京都世田谷区北沢〇丁目〇番〇号
家屋番号:〇番〇
種類:居宅
構造:木造瓦葺2階建
床面積:1階 〇〇.〇〇平方メートル、2階 〇〇.〇〇平方メートル

第2条(管理担当者)
本物件の管理に関する連絡窓口及び費用の支払担当者は、甲とする。

第3条(費用分担の割合)
本物件の管理に要する費用は、甲、乙、丙が、各自の相続分(各3分の1)に応じて均等に負担する。

第4条(費用の範囲)
本覚書における費用とは、次に掲げるものをいう。
(1) 地代
(2) 公租公課(固定資産税・都市計画税)
(3) 火災保険料
(4) 建物の維持修繕費
(5) その他、本物件の管理に必要と認められる一切の費用

第5条(立て替えと精算)
管理担当者である甲は、第4条に定める費用を立て替えて支払い、その領収書等を保管する。立て替えた費用は、本物件の売却代金から、売却に要した諸経費(仲介手数料等)を控除した残額より、優先して甲に支払うものとする。

第6条(意思決定)
1. 1回の支出が金5万円未満の修繕については、管理担当者の判断で実施できるものとする。
2. 1回の支出が金5万円以上の修繕については、事前に相続人全員の合意を得るものとする。

第7条(有効期間)
本覚書の有効期間は、本日から本物件の所有権移転登記が完了する日までとする。

上記合意の証として、本覚書を3通作成し、各自署名押印の上、各1通を保有する。

令和〇年〇月〇日

(甲)住所:
氏名:        実印

(乙)住所:
氏名:        実印

(丙)住所:
氏名:        実印

このひな形をベースに、ご自身の状況に合わせて内容を調整してください。例えば、遺産分割協議書が複数枚にわたる場合と同様に、対象物件を正確に特定することが重要です。

司法書士が相続人である兄弟に建物管理の覚書について説明している様子。円満な解決に向けた話し合いのイメージ。

【司法書士の視点】覚書作成時の3つの注意点

ひな形を参考に作成する際、専門家として特に注意していただきたい点が3つあります。これらを押さえることで、覚書の信頼性と実効性が格段に高まります。

  1. 形式を整え、証拠能力を高める
    覚書は相続人全員が内容に合意した証です。全員が署名し、実印で押印しましょう。そして、それぞれの印鑑証明書を添付することで、本人の意思で作成されたことを証明でき、法的な証拠能力が高まります。作成した日付も忘れずに記載してください。
  2. 「曖昧な表現」を最大限排除する
    「費用については、別途協議の上決定する」といった曖昧な表現は、将来の紛争の火種になります。例えば修繕費については、「5万円未満は管理担当者の判断、5万円以上は全員の合意」のように、具体的な金額で判断基準を設けることが重要です。管理担当者の権限の範囲を明確にすることで、スムーズな意思決定が可能になります。
  3. ケースによっては、売却活動への「協力義務」も明記する
    管理費用の分担だけでなく、「不動産業者の選定や売却価格の決定にあたっては、誠実に協議し協力する」といった一文を加えることも有効です。これにより、一部の相続人が非協力的になることを防ぎ、売却活動全体を円滑に進める効果が期待できます。将来の約束事の有効性については、相続前の念書とは異なり、相続発生後の当事者間の合意は原則として有効です。

【事例紹介】覚書で円満に売却まで進められたAさんのケース

ここで、当事務所が実際にサポートさせていただいた事例をご紹介します。この事例は、まさに「覚書」が円満な相続の鍵となったケースでした。

中野区の借地権付き建物を複数の相続人で相続されたA様ご兄弟。誰もその家に住む予定はなく、売却して代金を相続分に応じて分けることで合意されていました。

私は遺産分割協議書の作成と並行して、A様たちにこうご提案しました。

「相続した不動産が売却できるまでには、少し時間がかかることが予想されます。その間の管理について、今のうちに皆様でルールを決めておきませんか?トラブルを未然に防ぐために、遺産分割協議書とは別に『覚書』を交わしておきましょう

当初、A様たちは「兄弟なのだから、そこまでしなくても…」という雰囲気でした。しかし、私が「地代の支払いは必ず生じますし、全員からちょっとずつ振り込むわけにもいかないので立て替えが生じます。売却がしばらく先になると金額もかさばりますし、作っておいた方がいいと思いますよ」とお話しすると、その必要性を実感されたご様子でした。

遺産分割協議書に管理について書き込むことも可能ですが、財産の分け方と管理のルールが混在すると、書面が複雑で分かりにくくなります。そこで、あえて別の書面として作成することにしたのです。

作成した覚書には、

  • 管理の連絡・支払担当者をA様お一人に統一すること
  • 地代や庭の剪定費用など、管理にかかった費用は相続分に応じて負担すること
  • 最終的には売却代金から清算すること

などを明確に盛り込みました。このように、将来トラブルになりそうな芽を先回りして摘み取り、具体的な解決策をご提案するのが、当事務所の相続サポートの特徴です。

結果、売却活動中に実際に小規模な修繕が必要になりましたが、覚書のルールに従ってA様がスムーズに対応。他のご兄弟も何ら不満を抱くことはありませんでした。そして先日、無事に売却が完了し、私が作成した清算表に基づいて売却代金から管理費用を差し引き、各相続人にご納得いただいた上で分配を行い、すべての手続きが円満に完了したのです。

売却代金から管理費用を清算する具体的な方法

無事に売却が完了したら、最後の大切な手続きが「清算」です。覚書に基づき、立て替えていた管理費用を売却代金から精算し、残額を相続人で分配します。このプロセスを透明性をもって行うことが、最後の最後まで良好な関係を保つ秘訣です。

ステップ1:清算表の作成
管理担当者は、立て替えた費用の全記録をまとめた「清算表」を作成します。日付、費用の内容(例:令和〇年〇月分地代、〇〇修繕費)、金額、そして支払いを証明する領収書の有無などを一覧にします。

ステップ2:費用の合計額を確定
清算表に基づき、立て替えた管理費用の総額を計算します。

ステップ3:分配可能額の計算
売却代金から、不動産会社への仲介手数料や登記費用といった売却諸経費を差し引きます。そこからさらに、ステップ2で確定した管理費用総額を差し引きます。これが最終的に相続人で分配する金額となります。

計算式:
(売却代金 - 売却諸経費 - 管理費用立替総額) = 相続人への分配可能額

ステップ4:最終的な分配
分配可能額を、遺産分割協議で定めた相続分(または覚書で定めた割合)に応じて各相続人に分配します。この際、作成した清算表と領収書のコピーを全員に共有し、内容を確認・承認してもらうことが重要です。これにより、全員が納得の上で手続きを終えることができます。多数の相続人がいる不動産の売却では、この透明性が特に重要となります。

まとめ:売却までの管理ルールこそ、円満な相続の鍵

相続した借地権付き建物の売却は、単に買主を見つければ終わり、というわけではありません。遺産分割協議が成立してから売却が完了するまでの、一見すると「何もない」期間のマネジメントが、相続を成功に導くか、それともトラブルに発展させるかの分水嶺になることもあります。

特に、兄弟姉妹など複数の相続人がいる場合、地代や固定資産税、突発的な修繕費といった費用負担の問題は、避けては通れません。この問題を解決するために有効な手段の一つが、事前に「管理費用分担の覚書」を作成しておくことです。

明確なルールを書面で定めておくことは、互いの負担を公平にし、不要な疑念や感情的な対立を防ぐための、いわば「転ばぬ先の杖」です。それは、ご家族の関係性を守り、故人が遺してくれた大切な財産を円満に次のステップへ繋ぐための、賢明な一手と言えるでしょう。

もし、覚書の作成や相続不動産の売却手続きにご不安を感じるようでしたら、ぜひ一度、当事務所にご相談ください。法律と不動産実務、そしてご家族の心情にも配慮しながら、皆様にとって最善の解決策を一緒に考え、スムーズな手続きの実現をサポートいたします。

下北沢司法書士事務所 竹内友章

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