「契約は済んだのに…」不動産売却、決済直前の落とし穴
ご高齢の親御様が所有する不動産の売却。長い時間をかけて買主様を見つけ、無事に売買契約を締結し、あとは数か月後の決済(残代金の受領と物件の引渡し)を待つばかり…。「これで一安心」と胸をなでおろしたのも束の間、順調に進んでいたはずの計画が、ある日突然、暗礁に乗り上げてしまうことがあります。
その最大の原因の一つが、「売主様の判断能力の問題」です。
特に、売買契約が終わってから決済日までの間に、司法書士による本人確認などをきっかけにこの問題が発覚するケースは少なくありません。契約書に署名・捺印が済んでいるから大丈夫、というわけではないのです。
もし決済直前に「売主様は、ご自身の意思で不動産を売却することを本当に理解していますか?」という問いが突き付けられたらどうしますか? これは、決して他人事ではありません。大切な資産を守り、円満な取引を実現するために、すべての関係者が知っておくべき、不動産売却に潜む重大な落とし穴について解説します。
【実例】決済直前に司法書士から「診断書を」と言われたら
これは、当事務所が実際に経験したご相談です。(プライバシー保護のため事例は内容を一部変更・匿名化しています)この事例ほど、不動産売却における売主様の判断能力の重要性を痛感させられた案件はありませんでした。
司法書士が見た、ある不動産売却の舞台裏
ご相談者は、高齢のお父様が所有する不動産の売却を進めていたお子様でした。お父様は施設に入居されており、外出が難しいため、売却活動から買主様との契約まで、すべてお子様が代理人として進めてこられました。
滞りなく売買契約は完了。あとは2か月後の決済を待つだけという、まさに最終段階でした。
ところが、決済を目前に控えたある日、事態は急変します。決済時の登記手続きを担当する司法書士が、お父様の本人確認のために施設を訪れた後、不動産会社の担当者を通じてこう告げたのです。
「お父様の診断書を取得してください」
このまま淡々と決済手続きに向かうと思っていたご親族と不動産会社はかなり違和感を感じたようです。診断書取得の前に、同じ司法書士である私、竹内のもとへご相談が寄せられたのです。
この「診断書を」という言葉の裏にある本当の意味を、私は理解しました。これは、単なる確認書類の依頼ではありません。おそらく、「このままでは決済はできません。成年後見制度を利用しなければ、登記手続きは進められない」という意味です。
裁判所が成年後見の必要性を判断する際に参考とする医師の診断書(家庭裁判所所定様式の意見書)が重要な役割を果たします。診断書には医師の所見が記載され、必要に応じて認知機能検査の結果(MMSE・HDS‑R等)が添付されることがありますが、必ずしも特定の“計算問題”形式に限定されるわけではありません。ご高齢の方がこれを受けて「判断能力に全く問題なし」という結果を得るのは、かなり難しいように思えました。
状況を正確に把握するため、私もご本人様との面談をセッティングしていただきました。施設でお会いしたお父様は、残念ながらご自身の住所はおろか、お名前さえもはっきりとおっしゃることができない状態でした。診断書を取るまでもなく、ご自身の財産を売却するという重大な判断ができる状態ではないことは明らかでした。
最初の司法書士さんは、買主側の不動産会社が依頼した先生だったようです。おそらく、普段から付き合いのある買主様の手前、「決済は不可能です」と断言することができず、遠回しな表現になったのでしょう。
私はご家族に状況をありのままに説明しました。そしてご家族からの要請を受けて成年後見に就任し、裁判所との調整の上無事に売却を完了させました。
結果としては無事に売却できましたが、当初の決済予定日は数か月も後ろ倒しになりました。買主様のご理解があったからこそ契約解除には至りませんでしたが、一歩間違えれば、すべてが白紙に戻り、多額の違約金が発生していたかもしれないのです。
この一件は、売買契約を結ぶ「前」に、売主様の判断能力の状態を専門家が確認することの重要さを、改めて浮き彫りにした事例でした。

なぜ契約が無効に?不動産売買と「意思能力」の重要性
先の事例で、なぜ決済直前に手続きがストップしてしまったのでしょうか。それは、法律行為が有効に成立するための大前提である「意思能力」が関係しています。
意思能力とは、かんたんに言えば「自分が行う行為の結果を正しく理解し、判断できる能力」のことです。不動産売却でいえば、「この不動産を、いくらで、誰に売るのか。その結果、自分は所有権を失い、代わりに代金を受け取る」という契約内容を、きちんと理解している状態を指します。
民法第3条の2は、法律行為の当事者が意思表示をした時に意思能力を有しなかったときはその法律行為は無効になると定めています(令和2年改正民法で明文化された規定です)。たとえ売買契約書に本人の署名や実印の押印があったとしても、契約時に意思能力がなければ、その契約は法的に効力を持ちません。
この「契約無効」のリスクは、売主様だけでなく、買主様や取引に関わるすべての人にとって、極めて深刻な問題を引き起こします。
司法書士が必ず行う「本人確認・意思確認」とは
不動産取引の最終段階である決済時には、必ず司法書士が立ち会います。司法書士の重要な役割の一つが、所有権移転登記の申請代理です。この登記を行うにあたり、司法書士には売主様ご本人の「本人確認」と「登記原因(売却の事実)の確認」、そして「売却する意思の確認」を行う法的義務があります。
たとえご家族が代理で手続きを進めていても、最終的には司法書士が売主様ご本人と直接面談し、「この不動産をご自身の意思で売却することに間違いありませんね?」と確認しなければなりません。この確認が取れない限り、司法書士は怖くて登記申請の委任を受けることができないのです。
先の事例で、買主側の司法書士が「診断書を」と要求したのは、この意思確認の過程で「ご本人に有効な売却の意思(意思能力)があるとは断定できない」と判断したためです。これは、司法書士としての当然の職責なのです。
「認知症=即、契約無効」ではないが…潜むリスク
ここで注意が必要なのは、「認知症っぽいからといって、即座にすべての契約が無効になる」というわけではない、という点です。認知症の症状には波があり、軽度であれば契約内容を十分に理解できる方もいらっしゃいます。
しかし、問題なのは、その判断が非常に難しいということです。契約時点での意思能力の有無は、後になってから他の親族などが「あの時の契約は無効だ」と裁判で争う火種になり得ます。
買主様からすれば、代金を支払ったのに、後から契約の無効を主張されて所有権を失うかもしれない、という大きなリスクを抱えることになります。このような不確実性がある以上、少しでも意思能力に疑いがあれば、専門家は手続きを進めることに慎重にならざるを得ません。安易な自己判断は、関係者全員を大きなトラブルに巻き込む危険性をはらんでいるのです。

対応が遅れた場合の最悪のシナリオ
「少し様子を見よう」「なんとかなるだろう」といった対応の遅れは、取り返しのつかない事態を招く可能性があります。具体的にどのようなリスクが考えられるのか、それぞれの立場から見ていきましょう。
買主への違約金発生と信頼失墜
売主側の事情で定められた決済日に物件を引き渡せない場合、契約違反となります。これにより、売買契約書に基づき、買主様に対して違約金を支払う義務が生じる可能性があります。違約金は契約書で個別に定められるため金額はケースバイケースですが、実務上、契約書で売買価格の10%~20%程度に設定されることもあり、例えば3,000万円の物件であれば300万円から600万円もの高額な金銭的負担が発生しかねません。
さらに、買主様が住宅ローンを利用する場合、金融機関との金銭消費貸借契約にも影響が及びます。決済の遅延は、買主様の人生設計を大きく狂わせ、売主様は社会的な信用を失うことにも繋がります。
売却機会の損失と資産価値の下落
一度契約が白紙に戻ってしまうと、同じ条件で新たな買主様を見つけるのは容易ではありません。不動産業界では情報が広まりやすく、「何か問題があった物件(訳あり物件)」というレッテルを貼られてしまう恐れがあります。
その結果、次の買主様が見つかりにくくなったり、売却価格を大幅に下げざるを得なくなったりするケースも少なくありません。対応が遅れるほど、大切な資産の価値が目減りしていくという、まさに「時間との勝負」になるのです。
家族・親族間のトラブルへの発展
不動産という高額な資産が絡む問題は、家族や親族の関係に深刻な亀裂を生じさせることがあります。判断能力の問題が発覚すると、「なぜもっと早く気づかなかったのか」「対応が悪いからこうなった」といった責任のなすり合いが始まることがあります。
また、売却手続きを進めていなかった他のご兄弟などから、「親の判断能力がないのに勝手に話を進めたのではないか」と疑念を抱かれ、関係が悪化することも考えられます。法律問題が、解決の難しい感情的なしこりを残してしまうのです。心理カウンセラーの視点からも、このようなご家族の精神的負担は計り知れないものがあると実感しています。

唯一の解決策「成年後見制度」の利用と専門家の役割
では、売主様の意思能力が不十分だと判断された場合、不動産売却を諦めるしかないのでしょうか。いいえ、そうではありません。
このような状況で、法的に正しく、安全に不動産売却を進めるためのほぼ唯一の手段が「成年後見制度」の利用です。
成年後見制度とは、判断能力が不十分な方に代わって財産を管理したり、契約などの法律行為を行ったりする「成年後見人」を、家庭裁判所が選任する制度です。ご親族または司法書士などの専門家が後見人となり、ご本人の利益を守るために活動します。
自宅不動産を売却する場合は、後見人が単独で判断するのではなく、「居住用不動産処分許可」を家庭裁判所に申し立て、その許可を得る必要があります。裁判所が「ご本人のために売却が必要である」と判断して初めて、後見人は本人に代わって買主様と売買契約を結び、決済手続きを進めることができるのです。
この一連の手続きは、専門的な知識と多くの書類作成が必要となるため、司法書士のような専門家のサポートが不可欠です。専門家が関与することで、法的に保護された安全な取引を実現し、買主様や関係者にも安心して手続きを進めてもらうことができます。
手遅れになる前に。判断能力の確認は「契約前」が鉄則
ここまで解説してきたように、判断能力の問題は、発覚するタイミングが遅れれば遅れるほど、関係者全員に大きな負担と損害を与えます。
このトラブルを未然に防ぐために最も重要なことは、たった一つです。
それは、不動産会社と媒介契約を結ぶ前、あるいは売買契約を締結する「前」の段階で、売主様の判断能力について専門家による客観的な確認を行うことです。というよりも、売却活動の初動から判断能力を確認しながら進めるべきです。
「うちの親はまだ大丈夫だろう」「家族がしっかりしているから問題ない」といった希望的観測は禁物です。少しでもご不安な点があれば、売却活動を本格的に開始する前に、一度司法書士にご相談ください。
事前に成年後見制度の利用が必要だと分かっていれば、売却活動のスケジュールもそれに合わせて組むことができます。買主様にも事情を説明した上で契約に臨めるため、決済直前になって慌てることも、契約が破談になるリスクもありません。結果として、それが時間と費用、そして何よりご家族の精神的な平穏を守るための、最も確実な近道となるのです。
不動産売却の判断能力でお悩みなら当事務所へご相談を
高齢の親御様の不動産売却は、法律や税金の手続きだけでなく、ご本人の意思やご家族のお気持ちなど、非常にデリケートな問題が絡み合います。
「親の判断能力について、誰に相談すればいいか分からない」
「不動産会社から、後見制度の利用を勧められたが、どうすれば…」
「契約を控えているが、このまま進めて良いのか不安だ」
このようなお悩みを抱えていらっしゃるなら、ぜひ一度、下北沢司法書士事務所にご相談ください。
当事務所の代表司法書士は、不動産会社での勤務経験があり、法律だけでなく不動産取引の実務にも精通しています。机上の空論ではない、現場の実情を踏まえた具体的なアドバイスが可能です。
また、司法書士だけでなく上級心理カウンセラー資格を有しており、法律的な問題解決と同時に、ご家族が抱える不安やストレスに寄り添い、心に優しいサポートを提供することを目指しています。成年後見制度を利用すべきか迷われている段階でも構いません。ご家族にとって最善の道は何かを「一緒に考え、提案する」パートナーになります。
初回のご相談は無料です(要予約)。土日祝日のご相談も承っておりますので、まずはお気軽にお気持ちをお聞かせください。専門家として、事案に応じた適切な対応を一緒に検討させていただきます。エリアも東京23区や狛江市、稲城市などの東京都下、首都圏(千葉・神奈川・埼玉・茨城など)のご相談に対応しています。
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下北沢司法書士事務所 竹内友章

東京都世田谷区北沢にある下北沢司法書士事務所は、相続手続き、遺言作成、相続放棄、会社設立、不動産売却など、幅広い法務サービスを提供しています。代表の竹内友章は、不動産業界での経験を持ち、宅地建物取引士や管理業務主任者の資格を活かし、丁寧で分かりやすいサポートを心掛けています。下北沢駅から徒歩3分の便利な立地で、土日も対応可能です。お気軽にご相談ください。

