家族信託はなぜ失敗?令和3年判例に学ぶ意思確認の重要性

「形だけ」の家族信託で生じるリスクとは?

「手続きさえ済ませれば安心」「費用は安いに越したことはない」。親の将来を想い、家族信託を検討する中で、ついそう考えてしまうことがあるかもしれません。しかし、その安易な考えが、将来ご家族の間でトラブルが生じる可能性があります。

認知症の進行で判断能力が低下した親の財産を守るはずだったのに、肝心の預金が引き出せず、不動産も売却できない。それどころか、手続きの不備をきっかけに親族間で「あの契約は無効だ」という訴訟にまで発展してしまう。そんな悲劇的なケースは、決して他人事ではありません。

これらの失敗には、共通して見落とされやすい点があります。それは、家族信託という契約の土台となるべき「ご本人の真の意思」の確認が、あまりにも軽視されているという現実です。

この記事では、なぜ「形だけ」の家族信託が失敗するのか、その問題を浮き彫りにした司法の判断を深く掘り下げ、本当に家族を守るための、実務上安定して運用しやすい信託を設計するための要点をお伝えします。認知症による資産凍結への備えには、任意後見や法定後見といった制度もありますが、家族信託を選ぶのであれば、その本質を正しく理解することが不可欠です。

東京地裁令和3年9月17日判決から見る実務上の注意点

家族信託の実務に大きな影響を与えた、一つの判決があります。それが「東京地方裁判所令和3年9月17日判決」です。

この事案の概要は、家族信託支援業務を依頼して信託契約公正証書を作成したものの、予定していた金融機関で信託口口座を開設できなかったことなどを理由に、依頼者が支援業務を行った司法書士に対して損害賠償を請求した、というものです。

注目すべきは、この契約が「公正証書」で作成されていた点です。通常、公正証書は公証人が本人の意思を確認して作成するため、高い証明力を持つとされています。しかし、裁判所は、依頼者が望んだ信託の実現に向けた専門職の支援業務の在り方を問題視し、司法書士に対する損害賠償請求を認めました。

  • 依頼者が望んだ内容で信託口口座を開設できる信託設計・契約書作成が実現できなかったこと。
  • 信託契約公正証書の作成手続において、委託者本人ではなく代理人による嘱託が行われ、そのことが信託口口座開設の支障となったこと。
  • 予定していた金融機関で信託口口座を開設できず、依頼者が意図した信託の運用を開始できなかったこと。

この判決からは、公正証書という形式を整えるだけでは、実務上の目的を達成できない場合があることが分かります。この判決は、公正証書を作成するだけでなく、依頼者が望む信託の運用が実際に可能か、金融機関での信託口口座開設を含めて事前に確認・調整することの重要性を示しています。これは、遺言が無効になるケースと同様に、本人の意思能力が法的な効力の根幹をなすことを示しています。

この司法判断は、簡易な手続きだけを強調するサービスのリスクを示すとともに、専門家にも丁寧で慎重な本人意思の確認と、そのプロセスの記録化が求められることを示しています。

家族信託の成功例と失敗例を比較する図解。失敗例は本人の意思確認不足により契約無効やトラブルに至る流れを、成功例は丁寧な手続きを経て円満な財産管理に至る流れを示している。

なぜ金融機関は信託口口座の開設を拒むのか?

令和3年の判決が示した法的なリスクは、実務の現場、特に金融機関での「信託口口座」の開設手続きにおいて、非常に高いハードルとなって現れています。

家族信託では、委託者(親など)の財産を管理するために、受託者(子など)の名義で専用の「信託口口座」を開設するのが一般的です。しかし、信託契約書を金融機関に提出しても、「この契約書では口座は開設できません」と拒否されるケースが後を絶ちません。

なぜ金融機関はこれほどまでに慎重なのでしょうか。それは、金融機関自身が将来の紛争に巻き込まれるリスクを恐れているからです。

もし、意思能力が不確かな状態で結ばれた信託契約に基づいて口座を開設し、その口座から金銭が動かされた後で契約が無効だと判断されたらどうなるでしょう。他の相続人から「銀行にも責任がある」と損害賠償を請求されるかもしれません。このような事態を避けるため、金融機関は契約の有効性、特に「本人の意思確認が適切に行われたか」を厳しく審査するのです。たとえそれが銀行自身が提供する信託サービスとは異なる、個人間の契約であればなおさらです。

この金融機関の姿勢が、特に「代理人による契約」という問題点を浮き彫りにします。

「代理人作成の公正証書」が通用しない現実

信託で時折あるご質問が「代理人で作成したい」とか「公正証書にしないで作成したい」というお問合せです。特に「代理人で作成したい」というお問合せをする方には、「実は公正証書は代理人により作成できることもある」という知識がある方が多いです。しかしこの点に関して令和3年9月17日の判例が出てから、そもそも代理人による信託公正証書作成を受け付けないところが多いと思います。しかし公証役場では代理人による公正証書作成をする場合があるのに、なぜ信託でこれをやるとトラブルになりやすかったり、そもそも公正証書そのものを作ってくれないのでしょうか。この点を考えるために、「代理人による公正証書作成をする場合はどういう場合か?」を考えてみたいと思います。私も、以前に業務の一環で、代理人による公正証書作成の場面に立ち会った時がありました。それは「マンションの敷地に関する借地権契約」の場面です。そのマンションは、敷地を使う権利が所有する形ではなく「借地」つまり土地の所有者法人から借りる形でした。土地を借りるのですから当然契約が要りますし、貸し手の法人は重大な契約なので公正証書で作成したいと考えました。ところが、マンションですから借りる人はたくさんいます。1人1人と個別に1つずつ公正証書を作成していては切りがありません。そこで借りる人は1名の代理人に代理してもらうことで、法人としては事務のやりとりをする相手をしぼったのです。このように代理人方式が適しているのは大量に形式的な契約を締結する場合です。家族信託のように、1つ1つの家の事情に合わせてオーダーメイドで契約書を作成する業務には到底向きません。オーダーメイドの内容なので、本当にこの内容で良いのか委託者(財産の運用を任せる立場の方)の意思確認が重要になり、この点がしっかりしていることが金融機関での口座開設においても重視される点になります。なので、代理人方式では口座開設が認められないといった事態がおきてしまうのです。特に借地権のように権利関係が複雑な財産を含む信託であれば、より慎重な判断が求められます。

金融機関との事前打ち合わせが重要になる理由

では、どうすればスムーズに信託口口座を開設し、家族信託をスタートさせることができるのでしょうか。その答えは、「信託契約書を作成する前に、金融機関と綿密な事前打ち合わせを行うこと」に尽きます。

司法書士と相談する夫婦。専門家から家族信託に関する説明を受け、安心した表情で話を聞いている様子。

「契約書が完成してから銀行に持っていけば良い」と考えるのは大きな間違いです。各金融機関は、信託契約書に含めるべき条項について、それぞれ独自の内部ルールや審査基準を持っています。完成した契約書がその基準を満たしていなければ、修正のために再び公証役場で手続きをやり直すことになり、時間も費用も余計にかかってしまいます。

私たち司法書士は、こうした事態を避けるため、以下のようなプロセスで金融機関との調整を行います。

  1. 金融機関の選定と事前相談:お客様の取引状況やご希望を伺い、信託に対応している金融機関の候補を選定。窓口で信託口口座開設の要件をヒアリングします。
  2. 契約書ドラフトの作成と提出:ヒアリング内容に基づき、信託契約書の原案(ドラフト)を作成し、金融機関の法務・コンプライアンス部門に提出して事前レビューを依頼します。
  3. 修正と最終調整:金融機関からの指摘や要望(例えば、受託者の権限をより明確にする条項の追加など)を契約書に反映させ、最終的な合意形成を図ります。

このプロセスを経て、金融機関から「この内容であれば口座開設は可能です」という事実上の内諾を得てから、公証役場での手続きに進むのです。このような専門家による関係各所との調整作業こそが、家族信託を成功に導くための見えない、しかし最も重要な鍵となります。

失敗しない家族信託のために、今すぐやるべきこと

これまでの解説で、家族信託が単に契約書を作成して終わり、という単純な手続きではないことをご理解いただけたかと思います。将来の紛争を避け、本当に家族を守るための信託を実現するために、今すぐ取り組むべきことが二つあります。

第一に、ご家族で話し合うことです。
なぜ信託を組むのか、誰に財産管理を託すのか、そして最終的に財産をどうしたいのか。その目的と内容について、委託者となる親御さんを中心に、関係するご家族全員で情報を共有し、意思を一つにしておくことが不可欠です。このプロセスは、将来の「こんなはずではなかった」という誤解や対立を防ぐための重要な手順です。

第二に、信頼できる専門家を見極めることです。
家族信託は、法律や税務の知識はもちろん、判例の動向や金融機関の実務にも精通している必要があります。専門家を選ぶ際には、以下の点を確認すると良いでしょう。

  • 契約内容やリスクについて、専門用語を避け、分かりやすく説明してくれるか。
  • ご本人の意思を、時間をかけて丁寧にヒアリングしてくれるか。
  • 金融機関との事前調整の経験が豊富か。
  • メリットだけでなく、デメリットや潜在的なリスクについても正直に話してくれるか。

安易な選択を避け、経験のある専門家と連携して進めることが、大切な家族と財産を将来のトラブルから守るための有効な方法の一つです。当事務所では、お客様の不安に寄り添い、信頼関係を築くことを何よりも大切にしています。

まとめ|司法書士があなたの家族信託を徹底サポートします

家族信託は、ご本人の希望を財産管理の仕組みに反映し、認知症による資産凍結などのリスクに備えるための法的手段の一つです。一方で、本人の明確な意思確認が不十分な場合、契約の有効性や実務上の運用に問題が生じるおそれがあります。

令和3年の東京地裁判決は、この点を実務上の注意点として示したものといえます。

下北沢司法書士事務所では、この判決が示す教訓を真摯に受け止めています。私たちは、単に法的な形式を整えるだけでなく、お客様一人ひとりの「真の意思」はどこにあるのかを、対話を重ねる中で丁寧に汲み取ります。そして、その想いを法的に整理した契約書の形に反映し、金融機関とも密に連携を取りながら、将来の運用を見据えた信託設計をサポートします。

家族信託を検討する際は、早い段階で制度の内容や実務上の注意点を確認することが大切です。少しでもご不安な点があれば、どうぞお気軽にご相談ください。法律と心理の両面から、あなたの家族に寄り添い、最適な解決策を一緒に考えさせていただきます。また、家族信託は予期せぬ詐欺被害から親を守るという副次的な効果も期待できます。ぜひ一度、当事務所の無料相談をご利用ください。

下北沢司法書士事務所 竹内友章

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