成年後見人の方へ|本人が施設移転を拒否…費用不足時の対処法

はじめに:後見人のプレッシャー、痛いほどわかります

成年後見人として、「施設への移転をご本人が拒否している」「このままでは費用が足りなくなってしまう」という、二つの大きな壁に挟まれ、押しつぶされそうなプレッシャーを感じているのではないでしょうか。

子として親の希望をできるだけかなえたいという気持ち、他のご兄弟やまわりの人からの視線、そして日に日に減っていく預貯金の残高…。私も司法書士として多くの成年後見業務に携わっていますが、ご本人の収支が赤字で、蓄えも心許ないという状況は、専門家であっても本当に胃が痛くなるものです。

ましてや、ご家族であるあなたが親族後見人としてその重責を担っているのなら、そのプレッシャーはいかばかりかとお察しします。

この記事は、そんな八方塞がりの状況で孤独に戦っているあなたのためのものです。法的な手続き論だけでなく、ご本人の気持ち、そして何よりあなた自身の心の負担を軽くするために、一緒に解決の糸口を探していきたいと思います。

まず、一番にお伝えしたいことがあります。それは、今まさに当事者として悩み、汗を流しているのは、他の誰でもない「あなた」だということです。周りは好き勝手なことを言うかもしれません。しかし、評論家でいることと、実際に当事者として責任を負うことの間には、比べようもないほどの隔たりがあります。本当に、毎日お疲れ様です。

その上で、具体的な一歩を踏み出すために、まずは落ち着いて現状を整理することから始めていきましょう。一人で判断せず、もし後見監督人がいる場合は、必ず監督人に相談し、「財産状況を考えると、施設移転はやむを得ない」という専門的な視点からの後押しを得ることも大切です。

まず現状を整理しましょう。あなたの法的立ち位置と財産状況

混乱し、心が疲れ切っている時こそ、一度感情を脇に置いて、客観的な事実だけを見つめる時間が必要です。成年後見人としての「できること・すべきこと」と、目の前にある「経済的な現実」。この二つを整理することで、進むべき道が少しずつ見えてくるはずです。

成年後見人の権限:「住む場所を決める」は誰の権利?

多くの方が誤解されがちなのですが、成年後見人には、ご本人の住む場所を一方的に決める「居所指定権」という権限はありません。法律は、どこに住むかを決めるのは、あくまでご本人自身の権利であると定めています。後見人の役割は、ご本人の意思を尊重し、その希望が実現できるよう支援することなのです。

しかし、問題は、ご本人の「ここにいたい」という希望が、経済的な現実と大きくかけ離れてしまっている場合です。この状況で、後見人に課せられているもう一つの重要な義務、「身上保護義務(ご本人の生活や健康を守る義務)」をどう果たせばよいのでしょうか。

この「本人の意思尊重」と「身上保護義務」の板挟みこそが、あなたの苦しみの根源かもしれません。法的な限界と義務を正しく理解することは、あなたが背負いすぎている責任感を少し軽くするための第一歩になります。ご本人の意思を無視するのではなく、守るべき生活の基盤が崩れかけているという現実から、どうご本人を守るか、という視点で考えていく必要があります。

財産の現実:収支の赤字と向き合う

「お金」という現実と正面から向き合わなければならないのが、成年後見人として一番プレッシャーを感じる部分ではないでしょうか。。

頭の中でばかり考えているとどんどん不安が広がってしまうので、冷静に書き出してみましょう。

  • 毎月の収入:年金などの合計額
  • 毎月の支出:現在の施設費用、医療費、その他雑費の合計額
  • 毎月の赤字額:(支出)-(収入)
  • 現在の預貯金残高

そして、(現在の預貯金残高)÷(毎月の赤字額)を計算してみてください。何ヶ月後に資金が底をついてしまうか、具体的な数字が見えてきたはずです。

成年後見における財産状況の計算方法を示した図解。預貯金残高を毎月の赤字額で割ることで、資金が尽きるまでの残り月数がわかることを示している。

この「あと〇ヶ月」という客観的な事実こそが、あなたを感情的な迷いから救い出し、ご本人や周囲と話し合うための最も強力な材料となります。この作業は精神的に辛いものですが、ご本人の生活を守るために不可欠なステップです。ご自身の財産管理の責任を果たす上でも、この現状把握は避けて通れません。

このテーマの全体像については、法定後見・任意後見で体系的に解説しています。

本人が「動きたくない」と拒否。どう対応すべきか?

経済的な現実が明らかになっても、ご本人の「嫌だ」という一言が、最も大きな壁として立ちはだかります。無理やり進めようとすれば関係が悪化し、あなた自身も深く傷つくことになるでしょう。ここでは、対立ではなく対話で進むための具体的なステップをご紹介します。

ステップ1:まずは気持ちを受け止める「なぜ嫌なのか」

後見人としての責任感から、「説得しなければ」と焦る気持ちを、ぐっとこらえてください。最初に行うべきは、説得ではなく「傾聴」です。

「施設移転は嫌だ」「ここから動きたくない」

その言葉の裏には、どんな気持ちが隠れているのでしょうか。住み慣れた場所や、顔なじみのスタッフとの関係への愛着かもしれません。あるいは、新しい環境への漠然とした不安、自分の人生を自分で決められないことへの怒りや悲しみかもしれません。

まずは、「そうだよね、嫌だよね」「ここがいいんだよね」と、ご本人の気持ちを100%肯定し、受け止めてあげてください。あなたの意見を言うのは、その後で十分です。ご本人が「この人は自分の気持ちをわかってくれる」と感じて初めて、対話の扉が開かれます。

ステップ2:客観的な事実を伝える「お金の話」

ご本人の気持ちを受け止め、少し落ち着いて話ができるようになったら、先ほど整理した「財産の現実」を伝えます。感情的にならず、あくまで冷静に、客観的な事実として話すことが大切です。

通帳のコピーなど、具体的な数字がわかるものを見せながら、「見ての通り、このままだと来年の今頃にはお金がなくなってしまうんだ。私も本当はここに居させてあげたいんだけど…」と伝えてみましょう。

ここでのポイントは、あなたが本人を責めるのではなく、「お金がない」という共通の問題に「一緒に」向き合うスタンスを示すことです。「どうしようか、一緒に考えよう」と、ご本人を問題解決のパートナーとして扱うことで、一方的な説得ではなく、協力関係を築きやすくなります。

ステップ3:家庭裁判所やケアマネージャーに相談する

それでもご本人の拒否が強く、話し合いが平行線をたどる場合は、決して一人で抱え込まないでください。第三者の力を借りることが、事態を動かすきっかけになることは少なくありません。

まずは、後見人を監督する立場にある家庭裁判所に、現状を正直に報告し、指示を仰ぎましょう。「財産状況から施設移転が必要と考えているが、本人の拒否が強く進められない」と相談することで、あなたの対応が法的に正当なものであるというお墨付きを得られ、精神的な負担が軽くなります。場合によっては、後見監督人の選任を申し立てることも一つの手です。

また、日頃からご本人と接しているケアマネージャーや施設の相談員に協力を仰ぐのも非常に有効です。専門的な立場から、あるいはご本人との信頼関係の中から、あなたとは違う言葉で伝えてもらうことで、ご本人がすんなりと受け入れてくれるケースもあります。チームでこの問題にあたるという視点が、あなたの孤立感を和らげてくれるでしょう。

費用不足への具体的解決策:使える制度をすべて検討する

ご本人との対話と並行して、費用不足という根本的な問題を解決するための具体的な選択肢を検討していきましょう。打つ手は一つではありません。あらゆる可能性を探ることが、後見人としての重要な役割です。

選択肢1:より安価な施設を探す(特養など)

最も現実的な解決策は、現在の施設よりも費用を抑えられる場所へ移ることです。具体的には、以下のような施設が考えられます。

  • 特別養護老人ホーム(特養):公的な施設であり、所得に応じた負担軽減措置があるため、費用を大幅に抑えられる可能性があります。ただし、入居待機者が多いのが実情です。
  • ケアハウス(軽費老人ホーム):比較的低額な料金で、食事や生活支援サービスを受けられます。
  • サービス付き高齢者向け住宅(サ高住):施設によって費用は様々ですが、現在の施設より安価な物件が見つかる可能性もあります。

施設探しは、ご本人の財産を守り、安定した生活を継続させるための、後見人の重要な「身上保護」業務の一環です。地域包括支援センターなどに相談しながら、早めに情報収集と申し込みを進めましょう。場合によっては、ご自宅などの不動産を売却して施設費用に充てるという判断が必要になることもあります。

より具体的な手順については、後見人による不動産売却(家庭裁判所の許可)をご覧ください。

選択肢2:公的な費用助成制度を利用する

施設を移る・移らないにかかわらず、現在の負担を少しでも軽減できる制度がないか確認しましょう。見落としがちな公的支援は意外と多いものです。

  • 高額介護サービス費制度:1ヶ月の介護保険サービスの自己負担額が上限を超えた場合に、超えた分が払い戻される制度です。
  • 負担限度額認定:所得や資産が一定以下の人を対象に、施設での食費や居住費の負担を軽減する制度です。
  • 自治体独自の助成制度:お住まいの市区町村が独自に行っている助成金やサービスがあるかもしれません。

これらの制度については、市区町村の高齢福祉課や地域包括支援センターが相談窓口になります。使えるものはすべて使うという姿勢で、積極的に情報を集めてみてください。

高額介護サービス費制度については、厚生労働省の資料も参考になります。

参照:高額介護サービス費の負担限度額が見直されます(PDF)

最終手段:生活保護の申請を検討する

預貯金が尽き、年金収入だけではどうしても費用が賄えない場合、最後のセーフティネットとして「生活保護」の申請を検討することも、後見人の重要な責務です。

「生活保護」という言葉に抵抗を感じる方もいらっしゃるかもしれませんが、これはご本人の生存権を守るための正当な権利です。成年被後見人であっても、要件を満たせばもちろん利用できます。

生活保護が適用されると、不足する生活費は生活扶助などで補われ、介護保険サービスの自己負担分は介護扶助の対象となります。施設入所中の費用の扱いは状況により異なるため、具体的には福祉事務所に確認してください。これは、ご本人の最低限度の生活を保障するための、国が定めた制度なのです。

福祉事務所で生活保護の相談をしている成年後見人のイラスト。専門家が親身に話を聞いており、公的支援の重要性を示唆している。

決して恥ずかしいことではありません。後見人として、ご本人の財産が枯渇する前に、福祉事務所へ相談に行くという選択肢を必ず頭に入れておいてください。過去のお金の使い方が直ちに問題視されるとは限りませんが、状況によっては使途の説明や資料の提示を求められることがあります。

生活保護制度の詳しい内容については、厚生労働省のウェブサイトで確認できます。

参照:厚生労働省 生活保護制度

それでも心が折れそうなあなたへ:司法書士としての経験談

ここまで様々な法的手段や制度についてお話ししてきましたが、理屈通りに進まないのが、人と人との関係です。特に、親子であればなおさらでしょう。

現実には教科書通りの対応だけでは難しい場面もありますが、できる限りご本人の意思を尊重しつつ、不安を和らげる声かけや段階的な説明など「伝え方の工夫」で前に進めることが大切だと私は考えています。

私が後見人を務めていたAさんも、そんなケースでした。Aさんは非常にプライドの高い方で、かつては相当な資産家だったのでしょう、とても高級な老人ホームに入居されていました。しかし、私が就任した時には預貯金はかなり減っており、あと2年ほどで底をつく状況でした。

ご親族と相談し、幸いにも費用を抑えられる特別養護老人ホームに空きが見つかりました。しかし、ご本人がどうしても納得しません。「お金は十分にある!」「私を騙そうとしているのね!」と、ご親族がどれだけ一生懸命説得しても、聞く耳を持たなかったのです。

万策尽きたご親族は、ある日、Aさんに「今日は少し外に出て、これからの暮らし方を一緒に見学しに行こう」と声をかけ、介護タクシーで新しい施設の見学に同行しました。

後ろめたい気持ちもあったでしょう。しかし、移転後のAさんは、以前よりもずっと穏やかな表情になり、カリカリした様子もなくなりました。前の施設では入居者同士のプライドの張り合いが激しかったようで、そうしたストレスから解放されたのかもしれません。

ご本人の叶えられない希望と、後見人としての責任との間で苦しんでいるあなたに、少しでも心が楽になる視点をお伝えしたくて、このお話をさせていただきました。完璧な後見人など存在しません。あなたなりの誠意を尽くしていれば、それで十分なのです。

まとめ:あなたは一人ではありません。専門家と一緒に考えましょう

本人の拒否と費用不足。この二重の苦しみの中で、あなたは本当に良くやっています。もう一度、これからのステップを整理しましょう。

  1. 現状の整理:法的な権限と、数字で見た経済的な現実を客観的に把握する。
  2. 本人との対話:説得ではなく、気持ちを受け止め、共通の問題として一緒に考える姿勢で臨む。
  3. 専門機関への相談:家庭裁判所、ケアマネージャー、役所の福祉課など、頼れる第三者に助けを求める。

そして何より、忘れないでください。あなたは一人ではありません。

この問題は、あなた一人が背負うにはあまりにも重すぎます。私たち司法書士は、法的な手続きの専門家であると同時に、あなたのようにお困りの方の話をお聞きし、心の重荷を少しでも軽くするお手伝いをしたいと願っています。

どうすればいいか分からない、誰に相談していいか分からない。そう感じたら、どうか一人で抱え込まずに、私たち専門家を頼ってください。一緒に考え、あなたとご本人にとって最善の道を探すお手伝いをさせていただければ幸いです。

ひとりで悩まず、まずは無料相談をご利用ください

下北沢司法書士事務所 竹内友章

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