「他人事ではない」老老相続、あるご相談者の遺言作成から始まった物語
近年、「老老相続」という言葉を耳にする機会が増えました。これは、亡くなられた方だけでなく、財産を受け継ぐ相続人の方もご高齢であるケースを指します。配偶者を亡くされた場合や、ご兄弟間の相続などでよく見られますが、この老老相続には特有の難しさがあります。
今日は、当事務所で実際に経験したある出来事を通して、老老相続で起こりうる課題についてお話ししたいと思います。
その方からのご相談は、最初「遺言書を作りたい」というものでした。お子さんがいらっしゃらず、特に親しくしている甥御さんに全財産を遺したい、というご希望でした。早速、私は遺言書作成の準備として、財産に関する資料を一つひとつ整理し始めました。
ご自宅の不動産の登記情報を確認したとき、ふと手が止まりました。名義が、何年も前に亡くなられたご主人のままだったのです。遺言書を作る前に、まずはこの不動産の名義をご依頼者様に変更する「相続登記」を済ませた方が良いと判断しました。
ご主人の相続人は、ご依頼者様のほかに、ご主人のご兄弟姉妹がいらっしゃいました。戸籍をたどって皆様にご連絡し、相続登記へのご協力をお願いするお手紙をお送りしたところ、お一人に「成年後見人」がついていることが判明したのです。
成年後見人とは、判断能力が不十分な方の財産を守る立場の人です。相続する権利がある以上、その権利を無償で放棄するような遺産分割協議に同意することは、職務上とても難しいのです。
私自身も成年後見の業務に携わっているため、どのような形であれば合意に至れるか、おおよその見当はつきました。協議をまとめる上で良かったのは、ご自宅が地方で資産価値がそれほど高くなかったこと、そして後見人がついている方の相続分がごくわずかだったことです。
成年後見人は財産を守る立場ですが、必要以上に多くを取得しようとするわけではありません。法律で定められた分をきちんと確保できれば十分なのです。私は不動産の評価額からその方の法定相続分を計算し、その金額を「代償金」としてお支払いする形の代償分割を駆使した遺産分割を提案しました。この提案はスムーズに受け入れられ、無事に遺産分割協議書を取り交わし、登記を完了させることができました。
このケースが円滑に進んだのは、相手方にすでに司法書士である成年後見人がついていたから、という点が大きいでしょう。もし後見人がいなかったら、まず家庭裁判所に成年後見の申立てをお願いするところから始めなければならず、手続き完了までには少なくとも半年はかかっていたかもしれません。また、後見人が手続きに不慣れな方だった場合、さらに時間がかかった可能性もあります。そもそも、成年後見人の申し立てをしてくれず、止まってしまう可能性もあったのです。
ごく一般的な遺言作成のご相談から始まったこの一件は、老老相続に潜む複雑さと難しさを改めて私に教えてくれました。これは、決して特別な話ではないのです。
老老相続で誰もが直面する「3つの壁」とは?
ご高齢になってからの相続は、若い頃とは違う、いくつもの困難が待ち受けています。漠然とした不安の正体を、ここでは「3つの壁」として整理してみましょう。多くの方が「そうそう、これが大変なんだ」と頷かれるのではないでしょうか。このテーマの全体像については、相続手続きの負担を減らすポイントでも体系的に解説しています。
【手続きの壁】複雑な書類と度重なる役所通いの負担
相続手続きには、膨大な時間と労力がかかります。亡くなった方の出生から死亡までの戸籍謄本を集め、相続人を確定させるだけでも一苦労です。さらに、預貯金や不動産、有価証券など全ての財産をリストアップした財産目録を作り、遺産の分け方を記した遺産分割協議書を作成し、各金融機関や法務局で手続きを行う…この一連の流れは、心身ともに健康な若い世代であっても大変な作業です。
ご高齢の方にとっては、役所の窓口まで何度も足を運ぶ体力的な負担、細かい文字で書かれた書類を読み解く精神的な負担は計り知れません。特に2024年4月1日から相続登記義務化の概要と対応されたことで、手続きを放置しておくことのリスクは以前よりも格段に高まっています。ご自身ですべてを抱え込むことの難しさは、想像に難くないでしょう。

【判断能力の壁】相続人の認知症が手続きを止めてしまう
老老相続において、最も深刻で避けて通れないのがこの「判断能力の壁」です。もし相続人の中に一人でも認知症などで判断能力が不十分な方がいると、相続手続きは完全にストップしてしまいます。
なぜなら、遺産分割協議は相続人全員の合意が必要な「契約」の一種だからです。契約内容を正しく理解できない状態の方が関与した合意は、法的に無効となる場合や、後から取り消される可能性があるのです。銀行の預金解約も、不動産の名義変更も、一切進めることができません。
「では、どうすれば…?」と途方に暮れてしまいますよね。このような八方塞がりの状況を打開するために国が用意した制度が、次に詳しくご説明する「成年後見制度」なのです。この制度は、任意後見や家族信託といった他の制度と比較して、ご自身の状況に合ったものを選択することが重要になります。
【心の壁】長年の感情が絡む高齢者同士の話し合い
手続きや法律の問題だけでなく、ご高齢の兄弟姉妹間の話し合いには、長年積み重なってきた複雑な感情が絡み合います。
「昔、親の面倒を一番見たのは私だった」「長男なのだから、実家は継ぐべきだ」「あいつは昔から親に金銭的な援助をしてもらっていた」…。
何十年という家族の歴史の中で生まれた、言葉にならない思いや不満が、相続をきっかけに一気に噴出することがあります。お互いに記憶が曖昧になっていたり、思い込みがあったりすることで、話し合いは平行線をたどり、感情的な対立に発展してしまうことも少なくありません。
私自身、心理カウンセラーの資格を持つ司法書士として、このような相続における感情のもつれが、いかに冷静な判断を難しくするかを数多く見てきました。当事者同士で解決しようとすると、かえって溝が深まってしまう。そんな時こそ、第三者である専門家が間に入ることで、客観的な視点から建設的な話し合いの場を作ることができるのです。
【利用ケース解説】老老相続で成年後見制度が必要になるとき
相続人の一人の判断能力が低下している場合、遺産分割協議を進めるためには「成年後見制度」の利用が不可欠となります。これは、家庭裁判所がご本人のために「後見人」を選び、その後見人がご本人に代わって財産管理や法的な手続きを行う制度です。
具体的にどのような状況で利用するのか、代表的なケースを見ていきましょう。制度を利用するには、家庭裁判所に申立てを行う必要があります。
参照:裁判所ウェブサイト 後見開始の申立書
ケース1:遺産分割協議を進めるために後見人を選任
これは最も典型的な利用ケースです。相続人であるお兄様が認知症で、遺産分割協議の内容を理解したり、書類に署名・捺印したりすることができない。このままでは、亡くなったお父様の預貯金の解約も、不動産の名義変更もできません。
この場合、他のご兄弟などが家庭裁判所に成年後見人選任の申立てを行います。裁判所での審理を経て、ご本人のために後見人が選ばれると、その後見人がご本人に代わって遺産分割協議に参加します。協議がまとまれば、後見人が遺産分割協議書に署名・捺印することで、ようやく相続手続きを進めることができるようになります。
ただし、この申立てから後見人が選任されるまでには、数ヶ月単位の時間がかかるのが一般的です。また、ご家族間の利害が対立する可能性があるため、弁護士や司法書士といった専門家が後見人に選ばれることが多くなっています。後見人の仕事を監督する後見監督人が選任されるケースもありますので、より詳しい手順については、そちらの記事をご覧ください。

ケース2:相続した不動産を売却して介護費用に充てる
「相続した実家が空き家になったので、売却して認知症の母の施設入居費用に充てたい」といった切実なご相談も多く寄せられます。この場合も、まずはお母様のために成年後見人を選任する必要があります。
しかし、話はそれだけでは終わりません。ご本人が住んでいた家を売却するには、後見人が選ばれた後、さらに「居住用不動産処分許可」を家庭裁判所に申し立て、許可を得なければならないのです。これは、ご本人の生活基盤を失わせることのないよう、裁判所がその必要性を慎重に審査するための手続きです。
つまり、「後見人の選任」と「不動産処分の許可」という、二段階の手続きが必要になるわけです。この複雑さを知らずにご自身で進めようとすると、途中で頓挫してしまう可能性も少なくありません。より具体的な手順については、成年後見での不動産売却|家庭裁判所の許可を得るポイントをご覧ください。
知っておくべき注意点:後見人は「本人の財産を守る」のが仕事
成年後見制度を利用する上で、非常に重要な注意点があります。それは、後見人の仕事はあくまで「ご本人の財産を保護・管理すること」であり、他のご家族の都合のために財産を使うことはできない、という点です。
例えば、「相続税対策のために生前贈与をしたい」「アパート経営をして資産を増やしたい」といった、ご本人の財産を減らすリスクのある行為や、積極的な資産活用は原則として認められません。後見人は家庭裁判所に定期的に財産状況を報告する義務があり、財産の使い道は厳しくチェックされます。
この制度は、ご本人の財産を守るという点では非常に強力ですが、ご家族が望むような柔軟な財産管理ができなくなるという側面も持ち合わせています。安易な利用はかえって不利益につながる可能性もあるため、成年後見人の財産管理の範囲を理解し、本当に利用すべきかどうか、事前に専門家へ相談することが不可欠です。場合によっては、家族信託などの他の制度が適していることもあります。
【トラブル事例】高齢者同士の遺産分割で起こりがちなこと
老老相続では、これまで見てきた手続きや判断能力の問題に加え、ご高齢者ならではの様々なトラブルが起こりがちです。ここでは、特に多い3つの事例をご紹介します。これらの事例を知ることで、事前対策の重要性を感じていただけるはずです。
事例1:「親の介護をしたのだから」寄与分をめぐる対立
「私は長年、実家で親の介護をしてきた。だから、他の兄弟よりも多く財産をもらう権利があるはずだ」。これは、遺産分割で非常によく聞かれる主張です。これを法律上「寄与分」と言います。
しかし、他のご兄弟からすれば、「自分たちだって、金銭的な援助はしてきた」「たまに帰省して手伝っていた」といった反論が出てくるでしょう。お互いの言い分が食い違い、感情的な水掛け論に発展しがちです。
法律で寄与分が認められるためには、「被相続人の財産の維持または増加に特別の貢献をした」という厳格な要件を満たす必要があり、単に身の回りのお世話をしていただけでは認められないケースがほとんどです。感情論だけでは解決が難しく、客観的な証拠に基づいた冷静な話し合いが求められます。このような相続分の計算には、専門的な知識が必要不可欠です。また計算したところで相手が納得してくれるとは限らず、解決が困難になることも考えられます。
事例2:遺産分割協議中に相続人が亡くなる「二次相続」の発生
老老相続では、相続人ご自身もご高齢であるため、遺産分割協議が長引いている間に、その相続人が亡くなってしまうというリスクが常に伴います。これを「二次相続」と呼びます。
例えば、兄弟3人で遺産分割を話し合っている最中に、長男が亡くなったとします。すると、長男が受け取るはずだった相続分は、長男の妻や子供たちが引き継ぐことになります。これまで3人だった相続人が、一気に5人、6人に増えてしまうのです。
亡くなったお父様から見れば孫や甥・姪にあたる世代は、関係性も疎遠なことが多く、話し合いはさらに困難を極めます。このように数次相続が発生すると、関係者がネズミ算式に増え、解決は絶望的に難しくなります。相続手続きを先延ばしにすることのリスクは、計り知れません。
事例3:遺言書の内容が実態と異なり、新たな火種に
「遺言書があるから大丈夫」と安心している方も多いかもしれませんが、その遺言書がかえってトラブルの火種になることもあります。
例えば、10年前に「全財産を長男に相続させる」というお父様の遺言書が作成されていたとします。しかし、その後の10年間、実際にお父様の介護を一身に引き受けていたのは次男だった、というケースです。
次男からすれば、この遺言書の内容は到底納得できるものではありません。このような場合、法律は他の相続人に「遺留分」という、最低限の遺産を受け取る権利を保障しています。遺言書は法的に有効ですが、次男は長男に対して遺留分に相当する金銭を請求することができるのです。
遺言書があっても、その内容次第では遺留分をめぐる争いに発展する可能性があるのです。生前のうちに専門家へ相談し、将来のトラブルを見越した遺言書を作成しておくことが、いかに重要かお分かりいただけるでしょう。
複雑な老老相続こそ司法書士へ。相談する3つのメリット
ここまで見てきたように、老老相続は手続き、判断能力、感情という様々な問題が複雑に絡み合っています。ご自身たちだけで解決しようとすると、心身ともに疲弊し、ご家族の関係まで壊れてしまいかねません。そんな時こそ、私たち司法書士のような専門家を頼ってください。相続を専門とする司法書士に相談することで、多くのメリットが得られます。
もし少しでもお悩みでしたら、まずはお問い合わせください。
メリット1:絡まった糸を解きほぐす「課題の整理」
「何から手をつけていいか分からない」「問題が多すぎて頭が混乱している」。そんな時、私たち司法書士が最初に行うのは、お話をじっくりお伺いし、絡まった糸を一本一本解きほぐす「交通整理」です。
法的な観点から、今何が一番の問題なのか、どのような解決策の選択肢があるのか、そしてどの順番で進めていくべきなのかを明確に整理し、進むべき道を分かりやすくお示しします。最初の電話やメール一本で、目の前がパッと明るくなることも少なくありません。司法書士が課題を整理するだけで、皆様の負担は格段に軽くなるはずです。
メリット2:円満な話し合いを導く「中立的な調整役」
当事者同士では感情的になりがちな遺産分割協議も、法律の専門家である司法書士が中立的な第三者として間に入ることで、冷静な話し合いが可能になります。それぞれの相続人の方のお考えを丁寧にお伺いし、直接話さずとも互いの考えを伝えられることで、感情的な対立を避けることで対立を予防できます。
特に、当事務所の代表は心理カウンセラーの資格も有しております。単なる法律論だけでなく、お一人おひとりの感情にも寄り添いながら、皆様が納得できる合意形成をサポートできる点は、私たちの大きな強みです。時には、普段あまり連絡を取らない疎遠な相続人との間に立ち、対立を避けるための橋渡し役も担います。
メリット3:複雑な手続きをまとめて代行「ワンストップ対応」
司法書士にご依頼いただければ、皆様を悩ませる複雑で面倒な手続きを、必要な範囲でまとめてサポートすることが可能です。
戸籍謄本の収集から、遺産分割協議書の作成、不動産の相続登記まで一連の流れをサポートします。成年後見の申立てについても、申立書類の作成支援などを行い、必要に応じて関係機関への手続きもご案内します。
また、相続税の申告が必要な場合は税理士を、万が一訴訟に発展してしまった場合は弁護士を、といったように、他の専門家との連携もスムーズに行います。相談の窓口を当事務所に一本化できるため、あちこちに連絡する手間が省け、安心して手続きの完了を待つことができます。こうした他士業との連携により、あらゆる問題にワンストップで対応できるのが司法書士の強みです。
まとめ:一人で抱え込まず、まずは専門家にご相談ください
老老相続は、今や誰の身にも起こりうる、とても身近な問題です。しかし、この記事で見てきたように、その手続きはあまりに複雑で、ご高齢の方が一人で、あるいはご家族だけで抱え込むには心身への負担が大きすぎます。
どうか、一人で悩まないでください。私たち司法書士は、法律手続きの専門家であると同時に、皆様の不安や悩みに寄り添うパートナーでもあります。
下北沢司法書士事務所は、「心に優しく、多角的に丁寧に課題と向き合う」ことを理念としています。まずはお話をお伺いし、何が問題で、どうすれば解決できるのかを一緒に考えさせてください。その一本のお電話やメールが、きっと解決への大きな一歩となるはずです。エリアも東京23区だけでなく東京都下や首都圏の方からご依頼をいただいております。どうぞお気軽にご相談ください。

東京都世田谷区北沢にある下北沢司法書士事務所は、相続手続き、遺言作成、相続放棄、会社設立、不動産売却など、幅広い法務サービスを提供しています。代表の竹内友章は、不動産業界での経験を持ち、宅地建物取引士や管理業務主任者の資格を活かし、丁寧で分かりやすいサポートを心掛けています。下北沢駅から徒歩3分の便利な立地で、土日も対応可能です。お気軽にご相談ください。

