「私の個人資産も責任を負う?」受託者の不安にお答えします
「先生、叔父から家族信託の受託者を頼まれたのですが、率直に言ってリスクはありますか?」
先日、当事務所にご相談に来られた杉並区在住のAさんは、会社役員を務めておられる方で、物事の本質を的確に捉える力をお持ちでした。多くのご説明を重ねるよりも、この核心的な問いに誠実にお答えすることが最善だと感じました。
「はい。実は信託法上、受託者はご自身の個人資産も、ある意味で担保に入れているのと同じような状態になる可能性があります。」
Aさんの表情が曇ります。
「えっ、どういうことですか?」
「家族信託の受託者となると、信託財産から生じた借金などの債務について、信託財産だけで返済しきれない場合、ご自身の個人財産(固有財産)で支払う責任を負うのが原則なのです。」
「えっ…。」
この信託法の規定は、正直なところ、受託者にとって非常に厳しいものだと私も感じています。しかし、これが法律上の現実です。ただ、Aさんにはこう続けました。
「でも、ご安心ください。今回の信託契約を設計するにあたり、私も専門家として叔父様の生活状況や財産状況を詳しく確認しました。信託の内容と照らし合わせても、信託財産で返済しきれないほどの大きな債務を第三者に負うことは、まず考えられません。万が一、今予想できない事態が発生して信託財産の状況が悪化した際には、すぐに私にご相談ください。一緒に対応策を考えましょう。」
そして、最も重要なことをお伝えしました。
「今はまず、『原則として、受託者個人の財産も責任の範囲に含まれる』という事実を知っておくことが何より大切です。私のような専門家は、まさにこの『信託財産責任負担債務』のような法律の規定と、お客様の実際の財産状況を照らし合わせ、将来問題が起きないような信託を設計することに全力を注いでいます。Aさんのように、事前にリスクを理解しようとすることは、ご自身を守る上で非常に重要な一歩です。」
家族信託の受託者という大役は、時に連帯保証人になることと同じような責任を伴う場面があり得ます。この記事では、受託者の責任範囲を定めた「信託法21条」の内容を確認し、個人資産への影響を抑えるための具体的な知識と対策を、専門家の視点から解説します。
受託者の責任範囲を定める「信託法21条」とは
家族信託の受託者になるにあたり、避けては通れないのが「信託法」という法律です。その中でも、ご自身の財産への影響を理解するうえで重要なのが信託法第21条です。
この条文は、一言でいえば「受託者がどのような債務に対して、どの財産の範囲で責任を負うかを定めた法律」です。難しく聞こえるかもしれませんが、これは受託者の責任範囲を明確にすることで、信託に関わる人々(お金を貸した債権者や、利益を受け取る受益者など)を保護し、信託制度が円滑に機能するための重要な規定です。
信託法21条を正しく理解すること。それが、漠然とした不安を解消し、ご自身の資産を守るための確かな第一歩となります。
なぜ受託者の個人資産が関係するのか?法律の考え方
ここで多くの方が、「なぜ信託財産を管理するだけなのに、自分の個人資産まで関係してくるのか?」という疑問を抱くことでしょう。その理由は、信託の仕組みにあります。
信託が始まると、例えば不動産は委託者(親など)から受託者(子など)へ名義が変更されます。より詳しい手順については、信託不動産の登記手続をご覧ください。
対外的に見ると、その不動産の所有者は受託者個人です。そのため、受託者は信託されたアパートの修繕工事を発注したり、管理費を支払ったりと、自らの名で様々な契約や取引を行います。もし、これらの取引で生じた支払いが滞った場合、取引の相手方(工事業者など)は、契約者である受託者個人に支払いを請求することになります。
法律は、このように取引の安全性を確保し、相手方を保護するために、まず受託者個人が責任を負うことを原則としているのです。受託者は単なる「管理人」ではなく、信託財産に関する対外的な「責任主体」である、とご理解ください。
責任の範囲を分ける2つのキーワード「受益債権」と「信託財産責任負担債務」

信託法21条を理解する上で、絶対に押さえておきたい2つの重要なキーワードがあります。それが「受益債権」と「信託財産責任負担債務」です。この2つの違いを把握することで、受託者の責任範囲を整理しやすくなります。
- 受益債権(じゅえきさいけん)
- 誰が誰に主張する?:受益者(親など)が、受託者(子など)に対して主張する権利です。
- どんな関係?:信託の「内部」に関する権利関係です。
- 具体例:信託されたアパートの家賃収入を、受益者である親に渡すよう請求する権利など。
- 信託財産責任負担債務(しんたくざいさんせきにんふたんさいむ)
- 誰が誰に主張する?:第三者(金融機関、工事業者、固定資産税を課す自治体など)が、受託者(子など)に対して主張する権利です。
- どんな関係?:信託の「外部」との取引に関する債務です。
- 具体例:信託されたアパートの修繕費用の支払いや、固定資産税の納税義務など。
このように、誰との間で発生する権利・義務なのかによって、その性質は大きく異なります。そして、この違いが、受託者の責任が個人資産に及ぶかどうかの分かれ道になるのです。ちなみに、委託者と受益者が同一人物である信託形態を自益信託と呼びます。
【ケース別】あなたの個人資産に影響する債務・しない債務
それでは、前のセクションで解説した2つのキーワードを基に、具体的にどのような債務が受託者の個人資産に影響し、どのような債務が影響しないのかを詳しく見ていきましょう。ここが、あなたの不安を解消するための最も重要な部分です。
原則、信託財産のみで責任を負う「受益債権」とは?
まず、受託者にとって比較的リスクの低い「受益債権」から解説します。
受益債権とは、受益者が「信託契約に基づいて、信託財産から利益を受け取る権利」のことです。これは、あくまで信託の当事者である受益者と受託者の間の権利関係です。
具体的には、以下のようなものが挙げられます。
- 信託されたアパートの家賃収入を受益者に渡す義務
- 信託された金銭を、受益者の生活費や医療費として渡す義務
- 信託契約が終了した際に、残った信託財産を受益者(または契約で定められた帰属権利者)に引き渡す義務
これらの義務について、信託法21条2項1号では、受託者は「信託財産に属する財産のみをもって」履行する責任を負うと定められています。つまり、万が一信託財産が目減りしてしまい、契約通りの金額を支払えなくなったとしても、受託者は自身の個人資産から補填してまで支払う必要はない、ということです。責任の範囲が信託財産に限定されているため、「有限責任」と考えることができます。これは、成年後見制度との違いの一つでもあります。
要注意!個人資産も責任範囲となる「信託財産責任負担債務」の具体例
一方、受託者が最も注意しなければならないのが「信託財産責任負担債務」です。これは、信託財産の管理や運用に関連して、受託者が第三者に対して負うことになる債務全般を指します。
信託法21条1項では、どのような債務が「信託財産責任負担債務」に当たるかが定められています。また、同条2項では、受益債権など一定の債務については、受託者が信託財産に属する財産のみをもって履行責任を負うとされています。したがって、同項により責任が限定される場合や、信託債権者との間で責任限定の合意がある場合などを除き、受託者の固有財産が問題となるリスクがあります。
具体的にどのようなものが該当するのか、代表的なケースを見ていきましょう。
- 信託財産に関する管理費
例:信託不動産にかかるマンションの管理費・修繕積立金など。 - 受託者が信託事務のために行った借入れ
例:信託アパートの大規模修繕を行うために、受託者名義で金融機関から借り入れた費用。 - 信託事務処理で第三者に与えた損害
例:信託アパートの壁が崩落して通行人にケガをさせてしまった場合の損害賠償責任。
これらの支払いが信託財産から捻出できない場合、責任限定の合意がある場合などを除き、債権者が受託者の個人資産に対して請求や強制執行(差し押さえなど)を行うリスクがあります。だからこそ、受託者になる前に、信託財産にどのような債務やリスクが潜んでいるかを把握することが極めて重要なのです。。
司法書士が解説|受託者として個人資産を守るための3つのポイント

ここまで受託者の責任範囲とリスクについて解説してきましたが、過度に恐れる必要はありません。法律はリスクを定めるだけでなく、それを適切に管理し、回避するための方法も用意しています。ここでは、司法書士として、個人資産への影響を抑えるために確認しておきたい3つのポイントをお伝えします。これらを実践することが、家族信託の失敗を防ぐことにも繋がります。
ポイント1:契約前の財産調査とリスクの洗い出しを行う
受託者の個人資産への影響を抑えるためには、信託契約を締結する前の確認が重要です。安易に引き受けるのではなく、専門家と共に信託財産の内容を徹底的に調査することが不可欠です。収益青アートなら、
- 将来的に大規模な修繕費用など、高額な支出が発生する可能性はないか?
- 収益物件であれば、安定した収益が見込めるか?空室リスクはどの程度か?
- 孤独死のリスクのある居住者はいるのか(物件の価値が下がってしまうリスク要因はあるのか?)
こうした事前のデューデリジェンス(資産調査)を行うことで、「信託財産責任負担債務」がどの程度発生しうるかを予測し、対策を立てることが可能になります。例えば、財産目録を作成し、プラスの財産とマイナスの財産を一覧化することは非常に有効です。
ポイント2:大きな現状変更、多額のお金が必要な作業は慎重に
例えば賃貸アパート。入居者が退去した後の室内のクリーニングなど必要最低限な作業だけでなく、大規模なリノベーションなど収益不動産としての価値を上げるような投資も受託者の権限としてできるようにすることもできます。こういうことができるのが成年後見制度では実現不可能な、信託のメリットでもあります。しかし、負うべき責任を考えるとこういう大きなお金を支出する行為は慎重に考えた方が良いでしょう。
ポイント3:信託財産の分別管理と定期的な報告を行う
受託者に就任した後の実務においても、ご自身を守るために重要な義務があります。それは「分別管理義務(信託法34条)」と「報告義務(信託法37条)」です。
- 分別管理義務:信託財産は、受託者自身の個人資産とは明確に分けて管理しなければなりません。信託専用の銀行口座(信託口口座)を開設し、入出金をすべてそこで行うことが基本です。個人の財産と混同しないよう、明確に区分して管理する必要があります。
- 報告義務:年に一度など、定期的に信託財産の状況(収支や資産内容)を帳簿や報告書にまとめ、受益者や他の親族に共有することが求められます。
こうした地道な財産管理と報告は、親族からの信頼を維持するだけでなく、万が一トラブルが発生した際に、受託者として誠実に任務を果たしていたことを示す重要な資料になります。
まとめ:正しい知識があなたと家族の財産を守ります
この記事では、家族信託の受託者が負う責任の範囲、特に信託法21条が定める内容と、ご自身の個人資産を守るための対策について解説しました。
重要なポイントを振り返りましょう。
- 受託者の責任には、信託財産のみで責任を負う「受益債権」と、個人資産も範囲となる「信託財産責任負担債務」の2種類がある。
- 特に注意すべきは後者であり、信託財産に関する税金や借入れ、損害賠償などが該当する。
- しかし、①契約前の徹底した財産調査、②責任限定特約の活用、③就任後の分別管理と報告、という3つの鉄則を守ることで、リスクは適切にコントロールできる。
家族信託は、認知症対策や円滑な資産承継に非常に有効な制度ですが、受託者となる方への配慮を欠いた設計は、かえって家族に新たな負担を強いることになりかねません。
下北沢司法書士事務所では、単に法律の条文を当てはめるだけでなく、受託者候補の方の不安や懸念にも真摯に耳を傾け、法律と心理の両面から、ご家族全員が安心して未来を託せる信託契約の設計をサポートいたします。受託者を引き受けることに少しでも不安を感じたら、どうぞお気軽にご相談ください。正しい知識に基づいて、あなたとご家族の財産を守るための方法を一緒に検討していきましょう。
下北沢司法書士事務所 竹内友章

東京都世田谷区北沢にある下北沢司法書士事務所は、相続手続き、遺言作成、相続放棄、会社設立、不動産売却など、幅広い法務サービスを提供しています。代表の竹内友章は、不動産業界での経験を持ち、宅地建物取引士や管理業務主任者の資格を活かし、丁寧で分かりやすいサポートを心掛けています。下北沢駅から徒歩3分の便利な立地で、土日も対応可能です。お気軽にご相談ください。

